第2話 オオカミ少女ルナーラ 3歳
ウサ耳の老婆はトキという名前の人だった。
彼女は捨て子の私を自宅で保護した上、温かいミルクや着替えを用意してくれただけでなく、ルナーラという可愛い名前までくれた。
ルナーラとなった私は、そのままトキの家ですくすくと育った。1歳の頃には両足で立てるようになり、2歳の頃には喋れるように、3歳になる頃には自分でスプーンやフォークを使ってご飯を食べられるようになっていた。
そう、私はただの子犬ではなかった。狼の獣人だったのだ。驚きである。
……まあ拾われてしばらくしたら何となくわかったんだけどね。
トキもそうだが、この世界で私の前に現れる人間は全員獣人だった。トキやトキの家に訪れる客人も、赤子の私を見ては普通の赤ん坊をあやすように接してくるのだから、自分がペット枠ではないことは薄々感づいていた。
しかも皆普通に日本語を話してくれるおかげで、私の状況もよく分かって大変助かった。ただ所詮は村社会の会話なので、あまりこの世界のことは分からなかった。
遠出することもないので、こののどかな村だけの獣人社会なのか、世界すべてが獣人社会なのかは未だ判然としないけど、今はそんなことはどうでもいい。
何故なら、今日はルナーラである私の3歳を記念する誕生日だからだ。
トキ特製のケーキを前に、私は満面の笑みでお礼を言う。
「お母さんありがとう!」
本当の親ではないけど、私を拾ってここまで育ててくれたトキには感謝しかない。私は本当の親として、彼女を慕っている。間違いなくトキは私の母だ。
フォークでケーキを割き、目一杯口を開けてケーキを食べる。生クリームもみずみずしい果実も砂糖もそんなに入っていないケーキだが、とても心の温かくなる優しい味だった。
「ふふ、そんなに急いで食べなくても大丈夫だよ」
口元についたケーキのクズを母が優しく拭ってくれる。私は美味しいと連呼しながら、お腹がいっぱいになるまでケーキを食べた。
3歳の私には少し大きすぎたせいで全部は食べられなかったけど、私が残した分を、母は次の日の朝フレンチトースト風にしてくれた。とても美味しかった。
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3歳にもなれば、外で遊ぶことも多くなった。
近い年回りの子はいないが、年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちが私の世話を焼いて、一緒に遊んでくれる。
「こら、ルナーラ。また変なところに行くんじゃないぞ!」
どうやら私は手のかかる子認定をされてしまったようだ。
熊のお兄ちゃん。どうか許してほしい。日本の記憶を持つ私には、この異世界の自然が気になって仕方ないのだ。
闇の国クライデス。それが私の住んでいる村の名前だ。1日中夜みたいに薄暗く、お昼の時間は僅かで、住民たちの生活リズムは私の知るものと完全に真逆。夜に働いて、昼に眠る。森や植物もやけに黒光りしていて、闇の国という名前に偽りなしという感じだ。
……だからあっちこっち気になって仕方ないんだよ!
そして、気になるのは私含めた村人の見た目もだ。
私の体はまだかなり獣よりで、子犬が立っているだけに見える。年嵩の年長組の子たちはかなりフォル厶自体は人間に近づいているけど、体中がまだもふもふしており、小さい着ぐるみを着た人みたいに見える。
これが成人する頃には獣耳や角以外はほぼ人間になり、人によっては完全に人にもなれるらしい。でも獣耳の方が可愛いし、身体能力も断然つよいらしいから皆いつも獣耳スタイル。将来は私も獣耳美少女になれるかもしれないよ。やったね。
「おーいルナーラ! 川にザリガニ釣りに行くぞ。来ないのかー?」
「わー、今行くー!」
よちよち歩きで私はお兄ちゃんたちを追いかけた。
そして日暮れ前に帰宅する私は、自分だけザリガニを釣れなかったことに頬を膨らませながら帰っていた。全然悔しくないもん!
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もちろん、私は遊んでばかりいるわけではない。
ちゃんと母の畑仕事のお手伝いもする良い子ちゃんなのだ。大きいスキやクワは持てないけど、小さい手でちまちまと雑草を抜いていく。
「ルナーラが手伝ってくれたおかげで大助かりだよ」
「えへへ」
母がシワの入った手で優しく頭を撫でてくれる。きっとそんなに助かってはいないだろうけど、母に褒めてもらえただけでも嬉しい。
「ああ、そうだ。ルナーラ、タッソさんのところに苗と種を返しに行ってくれるかい? 去年分けてもらった分をまだ返していないんだ」
去年、母の畑は苗の成長が極端に悪く、村一番の畑博士のタッソさんから苗などを分けてもらっていたのだ。
「うん、分かった、行く!」
ルナーラちゃん、3歳にして初めてのお使いです。
小さい背中に籠を背負って、そこに母が種袋や苗を詰め込んでいく。結構な重量だ。母も途中で気付いたのか心配の声をかけてくるが、私はやせ我慢で大丈夫だといって、よろけながらも勇ましく足を進めた。
ワンちゃん体型のせいでうまく歩けない。4足歩行の方が絶対楽だけど、それをしたら籠の中身が全て落ちてしまう。
ファイト1発。私は20分ほどかけて、数百メートル先にある狸中年タッソさんの家に到着した。
……いない! 畑の方かな!
すでに身体中がプルプルしているが、私はもうひと踏ん張りして、裏の畑に移動した。
「タッソさん! 去年は苗をありがとうございました!」
「ん? ああトキ婆さんのとこの子か。大きくなったな」
ガッシリとした太めの体型タッソさんは子どもの私からしてみればかなり威圧感がある。無愛想なのもあって怖いけど悪い人ではない。頭をガシガシ撫でられて私の髪の毛はボサボサになる。やっぱり悪い人かも。
必死に手ぐしで直して、私は改めてタッソさんにお礼を言う。
「トキさんの畑はどうだ?」
「あんまり良くないって言ってました」
「そうか。なら今年はかまどの灰を少し多めに撒くといい。多少は良くなるだろう」
タッソさんは良い人だった。
私は挨拶もそこそこに、母にも早く教えてあげようと急いで帰った。
「お母さん! 畑には灰を撒くといいんだって!」
開口一番そう叫ぶ娘に、母は一瞬ポカンとする。
「おや、ルナーラ、どこでそんなことを聞いたんだい? 図書館に行ったわけでなしに。ああ、タッソさんに聞いたんだね」
納得する母に対して、私は逆に聞き捨てならない言葉を耳にしていた。
「お母さん! 図書館ってあるの!?」
「ああ、あるよ。村長さんのお家の奥に大きな木があるだろう。あそこに図書館があるんだ」
「行きたい!」
「行ってもルナーラが読めるような本はないよ? まだ字だって教えてないのに」
「ええ、やだあ! 行きたい!」
図書館ならこの世界のことがいっぱい書いてあるに違いない。のどかな村もいいが、図書館で知識欲も満たしたいのだ。いつになく強情な私に、母は早々に降参した。
「分かったよ。明日村長さんに聞いてみよう。でも、ダメだったら素直に諦めるんだよ?」
「うん、分かった!」
その日の夜、私はワクワクで中々寝付けなかった。
しかし、村長さんから返ってきた返事はノーだった。
ルナーラ「ひどいよ村長さん!」




