第26話 家庭菜園する女幹部
早朝。東の空に太陽が見える頃。
私は、屋敷の裏にある家庭菜園用に自ら開墾した畑に来ていた。
「今日は間引きと、土の様子を見て施肥かな。お昼からは食堂のバイトの初出勤だし、遅れないようにしないと」
青々とした若株を前に私は声を漏らす。
この畑にメインで植えているのは大根とほうれん草、レタスだ。別でトマトの苗を種からポットで育てており、成長したら畑に植え替える予定である。
……大根の菜っ葉って結構美味しいんだよねえ。
今日するのは、まず間引きという作業だ。多めにまいた種から育った苗たちを、成長具合や株の間隔を見て間引いて調整していく作業である。これによって、より大きな苗に育つ環境を作るのだ。
間引いた小さな苗は、もちろん食べる。若い苗は苦みも少なく柔らかいため、子どもでも食べやすい美味しいお浸しになるのだ。
籠を提げて、私は間引く苗を見定める。間引く時は丁寧に行うのが肝要だ。単調な作業だが、残す苗を傷つけないよう集中してやる。
地球で畑仕事をするのは初めてではあるものの、やること自体は闇の国の時とさほどかわりはない。違いがあると言えば、日差しが暑いことくらいだ。
闇の国は夜に働いて、短い日中に寝ているから、暑さとは無縁だったのだ。
『くー』
「クーちゃんおはよ。まだ眠そうだね」
作業をしていると屋敷の方からクーちゃんがふらふらと飛んできた。闇の国からやってきた妖精クーちゃんは、まだ人間界での生活リズムに慣れていないようだ。
……私もウーヤたちも、最初はキツかったんだよねえ。
日本で暮らすなら、今後の動きやすさを考えて活動時間を昼にする必要があった。だけど、日本人の記憶がある私でも18年のブランクを埋めるのは、かなり大変だった。ウーヤたちやクーちゃんには、さぞ辛いことだろう。
クーちゃんは、闇の国時代から定位置だった私の頭に着地する。しかし、今の私は作業のために帽子を被っていて、寝心地は当然悪い。早々に離れて、畑の境目として置いてあるレンガの上に寝そべった。
『くー』zzz
クーちゃんは二度寝タイムに突入した。相変わらずのんびり屋さんだ。
「でも、まさかこっちでクーちゃんに会えるとは思ってなかったなあ」
苗を見ながら、私は独り言を呟く。
クーちゃんは数日前、突然私たちの前に現れた。ウーヤとイエチェーの説明を聞く限りでは、クーちゃんは私が帰ってくるのを待っていたように思える。運悪く、見付けたウーヤたちに捕まってしまったらしいが。
……ダークネスが闇の大妖精を探すために山狩をしたって聞いたし、居心地が悪くなって逃げてきたのかな?
なんで人間界に来たのかクーちゃんにたずねたところ、ものを投げたり壊したりする激しめのボディランゲージが返ってきたので、たぶんそうなんだろうと勝手に解釈している。
妖精なのだから、そのまま光の国に渡れば良かっただろうに、わざわざ人間界にいる私のところに来てくれたのだから、こそばゆいが素直に嬉しかった。
何はともあれ、しばらく会えないと思っていた友だちに会えたのだから、私としては大歓迎だ。
クーちゃんには、日頃溜まっている愚痴を、そのうちいっぱい聞いてもらおう。
「ふう。一旦籠の苗を移そうかな」
間引いた苗を入れる籠がいっぱいになってしまった。畑そばに置いておいたケースに籠の中身を移して、空になった籠を持って私は再度畑に入る。そうだ、愚痴と言えば、
「ダークネスから小言を言われないためにも、私もそろそろ動かないといけないかなあ」
オッソもやられて、3人目のラブティアも現れたことを報告したら、またくどいくらいにねちっこく成果を出せと言われてしまった。
やる気あんのかと遠回しになじられるのも、そろそろ飽きてきた。ダークネスの目的が本当に闇の国の復興かどうか分からない以上、安易に協力はしたくないが、結局妖精が必要であることにかわりはないのだ。
「こっちでの生活も安定してきたし、そろそろ本格的に動いてもよさそうかな?」
伝説で読んだラブティアたちは3人だった。そして、砂浜での戦いでその3人目も現れた。
「なりたてで戦闘も粗が目立つし、今のラブティアなら、たぶん私一人でもなんとかなるんだよね」
闇の聖者さまの伝説には、ラブティアは恐ろしく強く、闇の精鋭たちでも歯が立たなかったと記してあった。だから、もしもがあるかもと思って、私はラブティア全員の動きを見るまでは攻め手に回る気はなかった。
だが、その最後の1人であるティアキャンデラと軽く手合わせしたことで分かった。
ラブティアは、今はそこまで強くない。
無論、浄化技フォトンレイや今後の成長性を考えれば十分脅威だ。が、ただ打ち倒すという目的だけを完遂するなら、今日にでもできる。私の拳で一発だ。
「でも、それはダメなんだよねえ」
ラブティアには、できれば強くなってほしい。
「ラスボスっぽいダークネス倒せるのがラブティアだけだった時、詰んじゃうんだよねえ」
普通ラスボスを倒すのは主人公たちだ。この世界で主人公なのは、間違いなくラブティアたちであろう。だから、ラスボスであろうダークネスを確実に倒せるのもラブティアしかいないかもしれない。
私はそれを警戒している。
……ぜんぶ確証がないから、私は手探りでやるしかない。
ラスボスは、たぶんダークネス。
ラスボスを倒せそうな可能性を秘めているのは、たぶんラブティアたち。
ダークネスが妖精を求めている理由はまだ分からないから、最大限警戒する。
光の国も妖精を独占していたので、光の国を無条件に信じることもできない。
とりあえずラブティアたちには私が制御できる範囲で強くなってほしい。
あわよくば、そのままダークネスをやっつけてほしい。
「でもって、妖精も闇の国が立ち直れるくらいの数を集める」
これが最も重要だ。妖精さえ集まれば、きっと闇の国は元の綺麗な場所に戻れるはずなのだ。元の、優しい皆に戻ってくれるはずなのだ。
私はそれを希望に今日まで、いや、これからも戦わないといけないのだ。
「―――」
息を吸って、ふっと吐き出す。
考え事をしながら間引きに集中していたせいか、畑の苗たちは随分と間隔も広くなって見栄えが良くなった。間引くのは、これくらいでいいだろう。
引いた若い苗たちを入れたケースを抱えて、私は炊事場の裏にある勝手口に向かった。外に設置された水道で、苗たちを洗うのだ。
バケツに水を入れながら、引いた苗を突っ込んで土汚れを落としていく。
「できたら、ウーヤたちにも妖精を一匹くらいはちゃんと捕まえさせてあげたいんだよね」
若い苗をいじりながら、私はそう呟く。
本当は、ウーヤたちに危険な真似なんかさせたくない。しかし、当のウーヤたちは妖精集めに本気で取り組んでいる。
やる気に満ちた子どもたちに、失敗だけを経験させて闇の国に帰ってほしくない。
……日本での生活は、闇の国では味わえない経験ばかりだから、きっとウーヤたちの一生に残る思い出になる。
だから、いい思い出を持って、闇の国に帰ってほしい。失敗ばかりの思い出なんて誰も喜ばない、嫌な思い出だ。
昔、まだ私が小さくて幼かった頃、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちと一緒に川でザリガニ釣りをした。私だけ捕れなくて、むくれて帰ったこともあったけど、次の日には大きなザリガニが釣れた。
あの経験だけで、あの日釣れなくてむくれて帰った思い出も、いい思い出に思えてくる。ザリガニ釣りが楽しかったと言えるのだ。だから、
「一匹だけでもいいから、ウーヤたちには妖精を捕まえさせてあげたい」
復興した闇の国で、大きくなったウーヤたちが、日本で生活した日々を、楽しかった思い出として思い出してほしい。
でも、それはウーヤたちが危険に晒されることでもある。どんなに私がサポートしても、ラブティアたちと対峙する可能性がある以上、危険をゼロにすることはできないのだ。
妖精集めが、クーちゃんを虫取り網で捕まえるくらいの難易度なら、私も穏やかに見守ってやれるのに。
そのあたりも、今後の課題だ。
「はあ、――よいしょっと」
苗の洗浄も終わった。私は立ち上がって、炊事場の勝手口を開ける。
洗った苗をシンクに突っ込んで、今日使う分と明日以降の分に分ける。今日使う分はボウルに入れて水につけておき、使わない分は古紙に包んで冷蔵庫にしまった。
外に戻って軽く片付けて、畑の施肥を行う。
「ここの地力も分からないし、今回は少なめでいいかな?」
今後の成長具合を見て、次の間引きの時にでも調整しよう。
私は畑に肥料をポツポツと撒き、表面が湿る程度の水やりをして作業を終了させた。
気付けばもう9時。2時間近く作業していた。そして、
「クーちゃんまだ寝てる」
私の友人は、どうやら二度寝からまだ戻ってきていないようだった。
仕方ないので私はため息交じりにクーちゃんを拾い上げ、私の自室に用意したクーちゃん用の座布団ベッドに入れてやった。
再び炊事場に戻って、私はウーヤたちのお昼ごはんの支度をしておく。今日はカレーだ。昨日の晩から寝かせた美味しさ増し増しのやつだ。
米を研ぎ、釜に入れて炊飯器の予約ボタンを押しておく。
「良し。これでいいかな?」
10時前。そろそろ出勤の準備をしないと。
私は軽く身支度を整え、ケモミミをしまい忘れていないか確認してから、ウーヤたちの部屋に向かった。
「ウーヤ、イエチェー、オッソ。私これからバイトだから、お昼は昨日のカレーを食べてね」
部屋の扉を開けると、子どもたちはベッドの上で二度寝をしていた。
お前らもか!
寝る子は育つというけど、自堕落なのは駄目だろう。
私は心を鬼にして、闇国真拳で子どもたちの経絡秘孔を突いた。眠気覚ましによく効くツボだ。立ちどころに睡魔が飛んで強制起床させる。
3人は悲鳴をあげながら飛び起き、私が改めてお昼ごはんのことを伝えると寝ぼけた表情で返事をした。
「用意したドリルも、私が帰ってくるまでにちゃんとやるように」
『……あい』
おかしいな。まだ眠そうだ。
もう一回突いておこうか。
『はい、やります!』
私が指を構えると、みんな元気に声をあげた。よろしい。
「じゃ、いってきます。夕方までには帰るからね」
私は子どもたちの部屋から出て、そのまま超乙女食堂へ出勤するため屋敷をあとにした。
「さあ、勤労勤労!」
そうだ。今日は帰ったら妖精集めで試したかったこともやろうっと。
――闇の戦士ルナーラ、動きます!
ルナーラ「いらっしゃいませ! 3名様ですね! 奥のテーブル席どうぞ!」
ルナーラ「はーい! 今行きまーす! 3番さん唐揚げセット2、ラーメンセット1、単品炒飯1です!」
ルナーラ「お待たせしました! あ、ありがとうございます! お会計ですね! 瑠璃子さんお願いします!」
超乙女食堂店主「……初日からこの動き! い、逸材だ!」




