第22話 第三話「美しく閃く心 ティアキャンデラ誕生!」②
Side:◯◯◯◯◯
昼休み。
科学研究部の部室で、私は先日、偶然捕獲した新種生物の観察をしていた。
「ふうむ。やはり何度見ても何の仲間か分からないね。ウサギのようにも見えるが骨格は猿に近い」
まるでぬいぐるみのような姿形をした生物を、私はスカートがはだけないよう気をつけつつ、檻越しにスケッチブック片手に描写していく。
「リンリンは光の国の精霊だリリ。動物じゃないリリ」
見た目も珍妙だが、その上時折喋る。ますます興味深い生体だ。
「声真似ができるのなら、以前飼い主がいたということになるね。密猟かな?」
「リンリンは光の勇士リリ。使命を果たさないといけないリリ。早くここから出してほしいリリ」
「まるで本当に喋っているようだ!」
「本当に喋ってるリリ! 話を聞くリリ!」
言葉を覚える生物は多々いるが、ここまで流暢に喋れる種はそうはいないだろう。知能面で見ても、やはり霊長類の仲間なのだろうか。
私は考察しつつも、ある程度スケッチが進んだ段階で観察を止めた。
あまり熱中して午後の授業に遅れたら、また父に怒られてしまうからだ。スケッチは放課後に再開しよう。
部室を出る前に、珍妙生物に昼のご飯を与える。持ってきておいたコッペパンと葉野菜、果物、水道の水を皿に注いで、檻の中に入れる。よし。
「噛まないでくれよ、噛まないでくれよ」
「噛まないリリよ。いい加減慣れるリリ」
腰が引けながらも、そーっと檻にご飯を滑り込ませる。よし、成功した。
珍妙生物が何か言っていたような気がするが、ご飯を入れることに集中していて聞き逃してしまった。
「まあ鳴き声だろう。気にするほどでもないか」
ひと仕事終えた充足感に浸りつつも、私はスケッチブックやクレヨンをカバンに戻し、身支度を整えてから部室を退出した。
鍵を閉めて、自身が所属するクラスを目指して歩を進める。
……本当はスケッチ以外の検査してみたいが、機器がないし、加えて希少生物の可能性もある。
下手なことをして身体に異常をきたし、弱ってしまっては困る。
「密猟の可能性もあるし、そろそろ動物園か保健所に連絡しないといけないね」
しばらく歩いて渡り廊下に差し掛かった時、私は珍しい組み合わせの人物を見かけた。
思わず歩を止め、声をかける。
「おや珍しいね。生徒会長とスポーツクラブのエースじゃないか」
私の目の前にいたのは生徒会長の日森葵と乙女川アカリだった。私の記憶では、彼女たちが学校で一緒にいたシーンはほぼなかったはずだが。
「あら、光ヶ丘さん。こんにちは」
「アンナさんでしたよね。こんにちわ!」
挨拶を返し、私は疑問に思ったことをそのまま伝える。
「2人の仲が良かったとは驚きだね。それとも会長君に人生相談かい?」
「そんなところかしら。少し話し合いをしていたの」
「多忙の上、人の人生相談とは。あまり無理をしては身体に障るよ? 私のように気楽に過ごすことをお勧めする」
あなたは気を抜きすぎよ、と葵君は苦笑した。
「また部室に入り浸っていたのでしょう? 生徒会長として、あなたにはもう少し授業に身を入れてほしいわ」
葵君の諫言に今度は私が苦笑する。
「ああ、今度サボったら父に部室を取り上げると言われてしまってね。午後の授業も真面目に出るさ」
私が軽口を返していると、横にいたアカリ君が口を開いた。
「アンナさんって、よく部室にいるって聞いてますけど、いつも何をしてるんですか?」
「特定の何かをしているわけではないね。ただその時興味があることを調べたりしているだけさ。今は新種の生物を捕獲したので、その観察をしていたところさ」
新種ですか、とアカリ君は眉をひそめた。昆虫か何かだと勘違いしたのだろう。新種といえば虫だからね。
「ははは、虫ではないから安心したまえ。丁度スケッチを持っている。見せてあげよう」
私は鞄からスケッチブックを取り出して、2人に見せた。私の会心の出来の絵を見た2人は、
「なかなか、斬新な絵ね」
「そ、そうですね。はい、なんかこう、あの、すごいですね!」
「お世辞はいいよ。昔から絵心はなかったからね」
これでも写実性は多少改善したのだ。
「見た目はウサギに近いが骨格が猿のようでね。調べた限りでは新種だ。密猟の可能性もあるから、そろそろ保健所か動物園に連絡するつもりなんだ」
私の説明にアカリ君が声をあげようとする。が、それよりも早く、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴りはじめた。
「おや、もうそんな時間か。では、私はこれで失礼するよ。2人も授業に遅れないよう気をつけたまえ」
私はスケッチブックをしまい、少しばかり急ぎ足でその場を去った。
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Side:乙女川アカリ
颯爽と去っていった光ヶ丘アンナさんを見送った私は、横にいる葵さんに声をかける。
「葵さん、今の絵って、たぶんそうですよね?」
「ええ、たぶんそうだと思うわ。光ヶ丘さんの絵でも十分シルエットは分かったし、ランランの言っていた精霊かもしれないわ」
アンナさんが私たちに見せてくれたクレヨンのスケッチは、私たちがよく知る精霊の形によく似ていた。
「そうだったのかララ!? 鞄の中にいたせいで何も見えなかったララ! 今すぐに見に行くララよ!」
「駄目よランラン。授業が始まってしまうわ」
そんなあ、と悲痛な声を出すランラン。
「ごめんねランラン。一応放課後、アンナさんに見せてもらえないか頼んでみるから」
「光ヶ丘さんは毎日部室に通っているから、放課後もいるはずよ。危険な目に遭っているわけではないでしょうし、もう少し辛抱して」
ランランは私たちの説得に渋々承諾した。
「それとアカリさん。さっきも言ったけど、私は予定が詰まっていて十分に手伝えるか分からないわ。放課後もついていけないと思うから、今日は2人で頑張ってちょうだい。進展があればラブティアホンでメッセージをお願いね」
ごめんなさい、と葵さんは謝罪の言葉を口にしてから、自分のクラスに向かっていった。
……分かってはいたけど、もうちょっと一緒になって色々やりたかったのになあ。
私は肩を落とした。
◯◯◯
放課後、ランランにせがまれた私は授業が終わると同時に部活棟に行った。クラスメイトたちに別れを告げて、早歩きで向かう。
渡り廊下を通って部活棟に入ると、アンナさんらしき後ろ姿を見付けた。
色素の薄い茶髪を揺らして、廊下を歩いている。
「アンナさーん!」
遠くから声をかけると、アンナさんがこちらに振り返った。アイスブルーの瞳と目が合う。
「アンナさん、お昼ぶりです!」
駆け寄って、私は改めて喋りかけた。
「アカリ君か。どうしたんだい? こちらはスポーツ系の部室はないはずだが?」
「実はお昼に見せてもらった動物、見せてほしいなって思って。駄目ですか?」
ああ、とアンナさんは頷いた。
「それなら構わないよ。ただし触れるのはなしだ。遠目から眺めるだけ。それでいいかい?」
もちろんです、と返事して、私はアンナさんに部室に案内してもらった。
「この部室に他の生徒が入るのはいつぶりだろうね。ああ、荷物はその机あたりに置いてくれ」
アンナさんの指示に従って、私は鞄を置いた。小さく口を開けて、
「……ランラン、気づかれないようにチェックしてよね」
分かってるララ、と鞄の隙間から小声が帰ってくる。
「観察中はこの白衣を着てくれ。おや、――今何か喋っていたかい?」
「何も喋ってないですよ! この白衣ですね? 着ます着ます着させてください!」
万が一のことを考えて、ランランには先に確認をしてもらう手筈になっている。これでランランの仲間なら、アンナさんを説得とかするつもりだ。人違いなら、諦めて帰る。うん、完璧な作戦だね。
「捕獲した生物は隣の小部屋に隔離している。檻に入れているから大丈夫だと思うが、あまり興奮するようなことは控えてくれ」
「わかりました!」
どうやら、アンナさんの捕まえた生き物は隣の準備室で飼っているようだ。部屋同士がつながっているので、このまま移動できるらしい。
……ランランが覗きやすいよう扉は半開きにしておいたほうがいいかな?
ランランが見る瞬間はアンナさんの気も引かないといけないし、重大なミッションだ。
色々考えつつも、アンナさんの先導で私は隣の部屋に移った。
「なっ―――!?」
先に入ったアンナさんが、部屋の奥を見た途端、目を見開いて唖然とする。続けて入った私も、その光景に驚愕した。
「檻が、壊されてる!」
檻は無残に引き裂かれ、ひしゃげ、中にいたであろう生物の姿はどこにもいなかった。




