第20話 求職する女幹部
春の暖かな日差し。
昼下がりの公園。
若葉の香りが鼻を掠めるぽかぽかとした陽気の中で、私はベンチに腰を落として天を見上げた。
「ぐへー」
あまりの絶望感に、思わず声が漏れる。
「なぜだぁ」
現在、アルバイト面接5連敗中である。
「そんなにケータイ持ってないのがいけないのぉ?」
面接中は好印象なのに毎度連絡先がないといった瞬間、面接官の表情が曇るのだ。1度や2度ならまだしも、5回連続は流石に心に来る。
しかし、こればかりはどうしようもないことだった。闇の国出身の私では、携帯電話を契約するすべがないのだ。
それにぶっちゃけ電話代とか高いから、今のお財布事情では購入も契約も夢のまた夢である。
……やばいなあ。すぐにでも日雇いから脱却する予定だったのに。
これでは一向に生活費と妖精集めの問題が改善しない。
日雇いは給料はいいが、妙に拘束時間が長いせいで私生活の時間が削られる。長期雇用のアルバイトならシフトで調整できるので、私としてはそちらの方がありがたい。
子どもたちの面倒を見ながら、自分たちの生活費を稼ぎ、その上で私は妖精探しに精を出さねばならない。
「うーん、ぜつぼーてきだなあ」
ウーヤたちに関しては、この前しっかり目に怒ったおかげか多少大人しくなった。元気なのは相変わらずだけど、1人で勝手することは滅多になくなった。たまに抜け出して遊んでいるけど、まあ許容範囲だろう。
ちゃんとお留守番さえしてくれれば、私は心置きなくバイトに行けるのだ。そのバイトがあれば、だが。
「さっさとバイトを見つけて、闇の戦士として動ける時間を作りたいんだけどねえ」
いい加減、あのダークネスからのいつ動くんだというネチネチとした詰問地獄からも脱却したい。
私は無意識に空いた右手で頭のケモ耳を撫でようとする。だが、今は人間体になっていることを思い出して、気まずさに頭を掻くに留める。
……どうしたものか。
あまりアングラな働き方はしたくないし、ここは多少低めの時給のバイトも視野に入れて、虱潰しに就活するしかないか。
私が何度も読み返した求人誌をめくっていると、ふと正面から声をかけられた。
「困りごとかい、嬢ちゃん?」
男の声だった。
顔を上げると、そこにいたのは、白い作務衣を着た中年一歩手前の男。向かいのベンチに座って、したり顔で私を見ている。
「困ってるときはお互い様。相談に乗るぜ?」
「あー、間に合ってるんで大丈夫です」
取り敢えず断る。変な人に絡まれてしまった。平日の昼間から。
「それ、求人誌だろ? 嬢ちゃん、働くところを探してるならいい場所紹介できるぜ?」
髪を後ろに撫でつけた男性は、怪しさ満点の提案をしてくる。絶対ついて行っちゃ駄目なやつだ。私は慌てて求人誌を隠して誤魔化す。
「いえ、ほんと大丈夫なんで。これは暇つぶしに読んでただけなので」
「それにしては付箋とか色々貼ってたように見えたけどな?」
「………」
やんわり拒絶しているはずなのに、何故か全然引いてくれない。どうにかして逃げないと。
「実は近くで食堂をやっててね。よければそこで話をしようじゃないか。なんならご飯食べてくかい?」
1食分の食費が浮く。ちょっとなら良いかも。私は魅力的な提案に喉を鳴らした。
……いやいや。だめでしょ。しっかりしないと。
危ない。危うく不審者に釣られるところだった。やはり油断ならない相手だ。私は警戒心を強める。
「時給は1500円くらいかな」
「ほんとですか!?」
「やっぱり仕事探してるんじゃん」
「あ」
ハメられた!
なんと狡猾な罠だろうか。人の弱みにつけ込んで。とんでもない卑劣漢だ。
「俺は善意で言ってるだけなんだけどなあ。そんな警戒されちゃうと、お兄さん傷ついちゃうぜ?」
お兄さんというには少し歳がいき過ぎている気がする。
「おいおい、俺はまだ33だぜ? お兄さんだよな? まだおじさんじゃないよね?」
地雷を踏んだのか、急に目が怖くなってきたおじさん。だが、唐突におじさんは後頭部を叩かれて態勢を崩した。
「買い出しほっぽり出してどこで油売ってるんだ!」
おじさんを張り手で一発かましたのは、髪を金髪に染めた妙齢のお姉さんだった。勝ち気な瞳でおじさんを睨みつける。
「瑠璃子さん!」
おじさんは瑠璃子と呼ばれたお姉さんの顔をみた瞬間笑顔になるが、明らかに怒り顔の彼女に気付いてすぐ小さくなる。
「晩の仕込みが残ってるのに何してたんだ?」
「あーいや、これはちょっと人助けをと思ってね。声をかけただけで、浮気とかじゃないから!」
「べ、別に浮気なんて疑ってないわよ!」
お姉さんは少し顔を赤らめて浮気を否定する。なんだこの夫婦喧嘩は。
一度咳込んで空気を改めた彼女が口を開く。
「どうせまた変なお節介をかけて相手に気を遣わせたんでしょ」
「そ、そんなことはないです! ――ないよね?」
夫婦漫談を観てた私に急に振ってくるおじさん。唐突すぎて私は生返事しかできなかったけど、2人は再びやいやいと言い合いを始めてしまった。
……帰っていいかな。
置いてけぼりを食らっているし。よし逃げよう。
私が逃げ出すために動き始めた直後、タイミングよく2人がこちらに顔を向けてきた。何故だ。
しかも、お姉さんの方も私の手にある求人誌に気付いたようで、声をかけてきた。
「なんだあんた。もしかして仕事探してるの?」
「ええ、まあ」
もはや誤魔化しようもないので肯定する。
「なら丁度いいわ。最近バイトでも入れようかって旦那と話してたんだよ。よし、ついてきな」
「あ、ちょっと」
有無を言わせず私の手を握ってくるお姉さん。
油断もあったけど、まさかこの私が一瞬で手をとられるとは。このお姉さん、見かけ以上にできる。
「ほんとごめんなさいね。うちの旦那昔から無駄にお節介で」
いえ、たぶんお姉さんも十分お節介です。
「諦めな嬢ちゃん。うちのカミさんは俺以上にお節介焼きだぜ?」
「そんなことないわよね?」
そんなことあると思います。
ぐいぐい引っ張られながら私は吐息を漏らす。
流れでついていくことになってしまった。食堂と言っていたけど、本当に食堂なのだろうか。
「あら、あんた意外と鍛えてるわね。これは期待できそうだわ!」
本当に私は何をさせられるんだ!
◯◯◯
数分後、私は1軒の食堂の前に立っていた。看板にはでかでかと“超乙女食堂”と書かれている。
「本当に食堂だ」
「ははは、なんだ嬢ちゃん。まだ疑っていたのか」
おじさんは笑いながら食堂の扉を開ける。
「ほら、遠慮せず入りな」
私はお姉さんに背中を押されて店内に入った。
名前の割に店内の内装は普通だった。
テーブル席とカウンター席が合わせて20と少し。綺麗に掃除はされているけど、長年の染み付いた油のせいか独特の匂いが食堂内を包んでいた。
私はお姉さんに押されるがままカウンター席に座らされる。おじさんの方はすでに厨房に入って冷蔵庫の中を物色し始めていた。
本当にご飯を作ってくれるようだ。そして、
「――間に合せだが、炒飯と野菜炒めだ」
10分とかからずに、おじさんは私の目の前に出来立ての料理を並べた。びっくりするくらい手際のよい鍋捌きだった。
「いただきます」
ここまでされて疑うのも失礼だ。私は、覚悟を決めて炒飯を一口食べる。
「お、美味しい!」
口の中に広がる豊かな味に目を見開く。
めちゃくちゃ激ウマの炒飯だった。野菜炒めも、食べ始めたら箸が止まらなくなるレベルで美味だ。
「どうだい? 美味しいだろ」
おじさんが自信満々の顔でたずねる。確かに美味しい。ドヤ顔をしたくなるレベルで美味しい。これは認めざるを得ない美味しさだった。
「すごくおいしいです!」
数分で完食してしまった。私が箸を置くと、カウンター越しに笑顔のおじさんが言う。
「喜んでくれたようで何よりだ。で、どうだい。うちで働く気にはなったかい?」
おじさんもお姉さんも良い人なのは分かった。雇ってもらえるのなら嬉しい。だが、
「そのことなんですけど、実は私、事情があって携帯電話とか連絡先になるものを持っていなくて―――」
私はご馳走になったお礼も兼ねて、連絡先がないせいでバイト先が見つからないことを打ち明けた。
「なるほどな。瑠璃子さんはどう思う?」
「あたしはいいわ。あんたが決めたらいいじゃない」
「よし。なら嬢ちゃん。うちで働きな」
随分と軽く決める。本当に良いのだろうか。
「いいんですか?」
「いいも何もここは俺の城だからな。連絡先がなくても決まったシフト通りに来てくれればそれで構わないさ」
おじさんは笑ってそう告げた。
奇妙な出会いから始まった話だったが、私は無事アルバイト先を見つけることに成功した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」
おじさん「そういや名前をまだ聞いてなかったな」
ルナーラ「ええと、――暗井月です」
おじさん「月ちゃんか、よろしくな。俺は乙女川慎太郎だ」
お姉さん「乙女川瑠璃子よ。よろしくね月ちゃん」




