第19話 疾走する女幹部
2026/10/19 新たなシーンを付け加えました。
Side:ルナーラ
住宅街の路地裏。
狼の姿のまま、私はイエチェーを咥えて人気のない道を選んで走っていく。
「ウゥ、熱いよぉ……」
イエチェーが、苦しそうに声を漏らす。
『1人で行くからだよ。帰ったらお説教です』
「いやだあ。おせっきょーはいやだあ」
この期に及んで怒られるのは嫌らしい。
……まったく。
急いで助けに入った身にもなってほしい。
間一髪で間に合ったから良かったものの、あと少し遅ければイエチェーはフォトンレイの餌食になっていた。そうなれば、今頃お説教とか言っている場合ではなくなっていたはずだ。
……お説教くらい甘んじて受けてほしいよ。
しかし、このタイミングで2人目のラブティアが現れるとは。予想通りでもあるし予想外でもある。そのうち3人目も現れるのだろうか。現れるんだろうなぁ。
……勘弁してほしいよ。
おいそれとバイトにも行けない。イエチェーたちの、活躍したいという気持ちも理解できるけど、もう少し考えて行動してほしい。5歳の子どもに言っても仕方ないのだろうけど、ね。
「……いたい」
しかし、まずはイエチェーの治療だ。急がないと。早く帰ろう。
『速度を上げるよ』
アジトに向けて私は足に力を込めて跳んだ。
◯◯◯
屋敷の塀を飛び越えて、玄関前から私はウーヤとオッソを呼んだ。
2人はすぐ出てきた。待っていたようだ。
「負けたみたいだな」
「ええ、イエチェーも負けてもうたん?」
「うるせぇ……」
ウーヤとオッソの言葉にイエチェーは拗ねて顔を背ける。おいおい、ここで口喧嘩はやめてくれ。
私はため息を吐きたい気持ちを一旦こらえる。お説教と治療の前に、先にやらないといけないことがあるのだ。
天に向かって、私は吠える。
『――ホワイトホール!!』
私の口先から、闇の奔流が飛び出す。
闇の力は、轟々と天を穿つかのように一直線に流れ出ていく。これはダークネスホールで吸収したラブティアの力の一部だ。
イエチェーを守るために、ラブティアたちが放ったフォトンレイを私はダークネスホールで吸収していた。イエチェーを咥えていたせいでずっと出すのを我慢していたのだ。ほんと、喉が焼けるかと思った。
昔、悪ノリで飲んだウォッカを思い出す。
光から闇に変換したエネルギーを全て吐き出した私は、やっと一息ついてケモミミ人間に戻る。すると、
『―――』
愕然とした表情で、子どもたちが固まっていた。
どうしたんだろう、と私が疑問に思うよりも早く、前にいたイエチェーが半泣きになりながら口を開いた。
「う、ごめんなさーいッ!!」
突然の謝罪。ほとんど号泣だった。
思わず面食らってしまうけど、よくよく見れば、ウーヤとオッソも気まずそうに怒られ待ちの姿勢になっている。
……ああ、なるほど。そういうことね。
私が急にホワイトホールであんなことをしたものだから、イエチェーたちは私がガチギレしたと早合点したのだ。
怒ってはいる。けど、別にキレている訳ではない。まあ、そこら辺の違いは、子どもには少し難しいか。
「謝るってことは、いけないことはしたって自覚してるの?」
コクリ、とイエチェーが頷く。
「いけないと分かっていけないことをするのは、もっといけないことなんだよ?」
「……ごめんなさい」
スンスンと鼻をすすり、イエチェーは謝る。
「ウーヤも無闇に人を煽ったらダメだよ」
「わかった」
ウーヤも私の言葉に首肯する。
「ウーヤとイエチェーにはラブティアの力が分かったと思うから、これからは無闇矢鱈に行動しないでね。オッソはまだ戦ってないから分かんないかもだけど、今私が出したエネルギーくらいは躊躇なく打ち込んでくるから、そのつもりでいてね」
「はーい」
オッソは本当に分かっているのか怪しいが、ちゃんと返事したのは認めよう。いつも皆、このくらい素直でいてくれたらありがたいんだけど。
「よし。じゃあお話は終わりね。今日は夕飯の準備もできてないし、出前でもとろっか。みんなは何が食べたい?」
ぱん、と両の手を叩き、私は3人にたずねる。
「す、チャーハン」
「からあげとらーめん」
「ピザ」
イエチェーが炒飯でウーヤが唐揚げ、ラーメン、オッソがピザ。怒られた後なのに食欲だけは一丁前にあるらしい。
「OK。じゃあ、あとで注文するからウーヤとオッソは部屋で休んでて。イエチェーは怪我の手当てね」
はーい、とウーヤとオッソは屋敷に戻っていった。今日は本当に素直で助かる。いつもこのくらいだったらいいのに。
「さてと。イエチェー、立てる?」
「おんぶがいい」
まったく、こういう時だけ甘えん坊なんだから。
私はイエチェーをおんぶして、治療箱を置いてある部屋に足を向けた。
「次は妖精とれるといいね」
「……ん」
◯◯◯
その日の晩。
私は地下室にやってきていた。
目的は、闇の国への報告だ。
昼間に悠長だなんだと釘を刺されたばかりだし、一報くらいは入れておいたほうがいいだろうと判断したのだ。
姿見に被せた布を剥ぎ取り、私は闇の国へ交信を求める信号を送る。こちらから交信を願うのは初めてだから、間違っていないか緊張する。ちゃんと届いていれば、返事が返ってくるはずだ。
一度、息を吸って、吐く。
信号が返ってきた。
闇の国との通信が始まる。姿見の鏡面がうねって、その景色が変わっていく。数秒で、馴染みのある顔が見えた。
『こんな時間に緊急の通信とはなにごとじゃ』
しわがれた声。通信に出てきたのは村長さんだった。
鏡に映る村長さんの顔を見る。
村長さんは以前の、痩せたままの姿だった。食料事情が改善しても体形は戻らず、顔はコケたまま。しかし、くぼんだ瞳の奥は常にギラギラとしていて、少し怖い。
……ダークネスじゃないんだ。
絶対にダークネスと連絡しなければならないわけではないが、この状況は少し意外だった。
定時連絡の時は、いつもダークネスだったからだ。図書館を根城にしているあの魔女は、玉座の前に姿見をおいていつもそこに陣取っている。緊急連絡とはいえ、玉座にすらいないのは驚きだ。
「至急、連絡したいことがありましたので、連絡しました。ダークネスさまは?」
「所用で出られておる。要件ならばわしが聞こう」
所用か。流石のダークネスでも、玉座に根が張っているわけではないらしい。
「イエチェーが妖精を発見して、それに伴ってラブティアと交戦しました」
「ほお! とうとう妖精を手に入れたのじゃな!」
私の報告を早とちりした村長さんが顔を歪めて笑う。
「いえ、交戦の結果、イエチェーは敗北。負傷しました。妖精の確保も先を越され、2人目のラブティアの出現を許すことになりました」
「なんじゃと―――」
私の報告を聞いた瞬間、村長さんは顔を歪めて怒った。
「――ルナーラ! 貴様、わしら闇の国がどれほど妖精を欲しているか、分かっておるのか!!」
痩せ細った身体から出たとは思えない声量で怒声をあげる村長さん。鏡越しのこちらにまで唾が飛んできそうだ。
以前の村長さんなら、妖精を残念に思うことはあっても、まずイエチェーの怪我の具合を心配していたはずなのに。今の村長さんには、そんな優しさは残っていないようだ。
「よく分かっています。イエチェーも頑張っていたのですが力及ばず。それをサポートできなかった私の力不足です」
「言葉では何とでも言える。くれぐれも、ダークネスさまの御心を傷つけるようなことだけはするでないぞ。妖精を必ずダークネスさまに捧げるのじゃ。村人たちも皆がそれを望んでおる。お前の母トキもだ。しかと心に留めておくように!」
狂気に満ちた目で睨みつけてくる村長さんに対して、私はただ頭を下げることしかできなかった。
やがて、息を切らしながらも平静を取り戻した村長さんが口を開く。
「報告はそれだけか?」
「はい。以上です」
「分かった。ダークネスさまに伝えておこう」
よろしくお願いします。と私は村長さんに応じつつも、交信を終えようと鏡に手を伸ばす。が、その前にふと気になったことを問いかけていた。
「そういえば、ダークネスさまはどちらに行かれたんですか?」
私の疑問の声に、村長さんは頷いた。
「ああ、闇の大妖精を探すために戦士を募り、山狩をおこなっている最中じゃ」
村長さんの言葉を聞いて、私はすぐ友だちのクーちゃんのことを思い浮かべた。
地球に渡ってから、しばらく会えていない友人。元気にしているだろうか。ダークネスに捕まって変なことをされないか、心配だ。
……また会えたらいいなあ。
私は内心を隠し、深く頭を下げて、闇の国との交信を終えた。
報告後。
ルナーラ「はあ。やろうと思ってたこと何もできなかったよ」
ルナーラ「バイトも探さないといけないのに……」
子どもたち「zzz」




