第15話 報告する女幹部
アジトである屋敷の地下。
薄暗い地下室で、私は大きな姿見の前に立った。
私の全身を映してもまだ余りがあるその鏡面は、時間になると渦を描くようにうねり始め、やがて別の光景を映し始めた。
鏡に映ったのは人間の魔女。ダークネスだった。
魔女は冷たい瞳で私を捉える。
『随分と手ひどくやられたようですね、戦士ルナーラ。悠長なあなたの報告を心待ちにしていましたよ』
午後3時。闇の国との定時連絡のために、私は魔法の鏡を用いて交信を行なっている。
……コフレのことはまだ報告してないはずなんだけどなぁ。
ダークネスはすでにコフレとラブティアの件を知っているようだ。いったいどこから監視していたのやら。
もしかしたら監視されてるかもとは思っていたけど、これは今後の行動の取り方も考えないといけないかも。
……でも、それなら定時連絡いらないじゃん。
毎度中途半端な時間に連絡する羽目になって予定が組みづらいのだ。子どもたちには荷が重いので私が仕方なくやっているけど、正直言ってめんどくさい。止めてしまいたい。
しかし、あえてダークネスと波風をここで立てる意味もない。今は諦めるしかないか。
私は頭の中で色々考えつつも、鏡に向かって殷勤に頭を下げる。
「特に問題はないと判断したまでです」
ほお、とダークネスの底冷えするような圧のある声色が耳に届く。
「所詮は入れ物。最終的に我々の手元にあればよいと考えております。それともコフレには何か特別な力でもあるのですか? それならば、今すぐにでも獲ってまいりますが?」
秘密にしていることがあるなら、さっさと教えてほしいところだけど、どう出てくるか。
私の台詞に、ダークネスは特に言葉を濁すこともなく答えた。
『力は特にないはずです。しかし、あれは光の大妖精から生まれたもの。用心は必要でしょう』
「光の大妖精、ですか?」
「決して闇に堕ちぬ妖精です。闇を光に転じさせる力を持つと聞きます」
なるほど。妖精が闇と光の世界を行き来する時、どうやってその性質を変えているのか謎だったが、そんな存在がいたのか。
「闇の大妖精もまた存在します。その妖精の助力を願いたいが今のところ行方は知れず。闇の国で最も妖精と親しかったというアナタなら、何か知っているのではなくて?」
ダークネスの冷たい眼差しが私を刺す。
彼女の言葉に、私はクーちゃんの姿を思い出すが、クーちゃんは大妖精というには、いささかのんびり屋さんすぎると思う。昼寝が趣味の、ただの可愛い妖精さんだ。
「申し訳ありません。所詮私もただの村娘、知らぬことのほうが多いので分かりかねます」
「それは残念です。ラオシューはアナタを勤勉で優秀だと言っていたのに、あれは嘘だったのですね」
ダークネスは突然あからさまに態度を変えた。
ラオシューとは村長さんのことだ。
そして、闇の国ではダークネスに嘘をついたものは鞭打ちと決まっている。今この魔女は、平然と村長を痛めつけると私を脅しているのだ。
「村長に過分な評価をいただき恐縮です。私は農業に関しては多少の心得や知識もありますが、あいにくそればかりにかまけていたもので、世情には疎くあります」
村長も私も嘘をついているわけではない、と私は弁明する。が、結局はダークネスの機嫌次第だ。
「――よろしいでしょう」
今回は許すらしい。相変わらず基準の分からない判定の仕方だ。私の警戒と緊張を察したのか、ダークネスはわずかに口角を上げた。
「そう身構えずともよろしいですよ、戦士ルナーラ。しかし、妖精やコフレはそうもいきません。悠長に過ごす暇はありませんよ?」
さっさと動けと言われる。
だが、こちらにも色々あるのだ。それこそ察しろと言いたいくらいだ。
ダークネスは戦闘に関する支援は潤沢だが、生活面の支援は全くない。おかげで私は、空いた時間を見つけては日雇いバイトで生活費を稼ぐ毎日を送っている。文句の1つでも言いたいところだが、
「無論、理解しています。丁度、イエチェーとオッソがやる気になって鍛錬に励んでおります。じきに成果をだしてくれるでしょう」
私は当たり障りのない回答を返す。
定時連絡の前、外を見たら2人で遊んでいるのが見えた。ウーヤを除け者にしていたのはいただけないが、怪我をしたばかりのウーヤと遊んでいても、それはそれで心配なので何も言わないであげた。
私の答えに満足したのか。ダークネスは交信を終える言葉を口にした。
「次は良い報告が聞けるのを楽しみにしています」
ダークネスの冷たい瞳が、再度私を捉える。私はそれを真正面から受け止め、そして頭を下げた。
数秒後、鏡が濁り、元の姿見に戻る。
ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと息を吐く。
やっと面倒な問答が終わって肩の荷が下りた気分だ。次の連絡の時がすでに億劫だが、今はこの開放感を喜ぶことにしよう。
……ダークネスの言うとおりに動くのは癪だけど、妖精を集めないといけないのは事実だからなぁ。
妖精がいなければ闇の国の荒廃は止められない。ダークネスの願いが本当に闇の国の復興なら良いのだが、そうは思えないからややこしい。
姿見に布をかけてから、私は地下室をあとにした。
窓越しでも太陽の光が眩しい。
私は一度両手をあげて大きく伸びをし、固くなった身体をほぐす。
とにもかくにも妖精集めなのだが、私はそうも言っていられないのが現状だ。日雇い仕事だけでは、子ども3人の食費を賄いきれていないのだ。
懐にしまっていた求人誌を取り出し、時給と勤務地を見比べていく。が、ふと視線を上げて外を見ると、庭にオッソとウーヤの姿だけが見えた。
「……2人だけ?」
嫌な予感がする。私は急いで2人のもとに向かった。
理由を聞くと、オッソは気まずそうに視線を反らしたが、ウーヤは自分は何も悪くないとばかりに答えてくれた。
「俺がイエチェーにラブティアは強かったぞって言ったら、俺のほうが強いって言って出ていった」
ウーヤの言葉に私は頭を抱える。
「それで1人で行かせたの? あれだけ単独行動はやめてって言ったのに!」
フォローするこっちの身にもなってよ。
大怪我でもしたら大変だ。私はすぐさまイエチェーの後を追うことにする。
オッソに求人誌を渡し、絶対に外に出ないよう言いつけてから、私は跳ぶように地面を蹴った。
走りながら、自分の中の獣性を強く呼び出す。
獣の姿へ、転変を行うのだ。
闇の国の住人は獣から人間までの間をある程度自由に生き来できる。上手い人なら完璧な人間にもなれる。そしてもちろん、獣の姿にも、だ。
ハイイロオオカミの姿になった私は門を飛び越え、そのまま路地に立ち、鼻先に意識を向ける。
『……イエチェーの匂いは、こっちね!』
イエチェーの匂いを嗅ぎ取った。
そばの家の上に跳び上がる。私は住宅街の屋根を伝って、最短距離でイエチェーを追った。
ルナーラ「わんわん、わおーん!」
ウーヤ「……」
オッソ「……」




