第9話 憂いる少女ルナーラ 14歳
闇の国の荒廃は、もはや予断を許さない状況になりつつあった。
すでにクーちゃんの力で畑の地力を保持するのにも限界を迎えており、明日食べる物にすら苦慮するレベルに私たちは陥っていた。
森は枯れ、川は渇き、土は塵に。自然豊かだった闇の世界は、今や砂の大地と化している。
乾いたあぜ道を歩いて、私はタッソさんの家を目指していた。今日はこの後、村長たちとの会議があるのだが、その前にタッソさんに相談したいことがあったのだ。
相談内容は、クーちゃんの力の使い方だ。去年までは闇の国すべての畑にクーちゃんの力を注いでいた。それを今年は、まだ見込みのある畑に限定し、村全員で世話をする、というものだ。
……これなら、まだ少しだけ時間が稼げるはず。
タッソさんの畑に着いた私は、その中で呆然と立っている痩せた中年に声をかけた。
「タッソさん!」
「ルナーラか。会議まではまだ時間があったと思うが?」
昔はもっと恰幅が良かったタッソさんも、今では見る影もないほど痩せてしまい、生気すらも薄く感じるようになった。
「その前に少しお話したいことがあったので。大丈夫ですか?」
「ああ、どうせやることもろくにないしな。見てみろ」
タッソさんは顎で畑の苗を示した。茎も葉も薄い、萎びた苗がまばらに生えているだけだった。
「去年は俺とトキさんのところを他に融通して何とか食いつないだが、今年は無理かもしれない」
タッソさんからは以前の畑博士としての自負は薄れて、弱気な言葉が目立つようになってきている。
私は、こんな状況なのに苗を育てられるタッソさんは十分上手くやっていると思う。
「そのことで相談があったんです。今年はクーちゃんに手伝ってもらう畑を数軒に絞ろうかと思って。どう思います?」
「数を絞る、か。――まあそれなら、あと1年か2年なら、何とかなるかもしれないな」
タッソさんも私と同じ見立てをしたらしい。
そう、この方法ならば、他の畑が死ぬ代わりに収量はぎりぎり確保できると私は踏んだのだ。ただし、そこから先は、おそらく詰みでもある。
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タッソさんと意見交換した後、私たちは2人で村長の家に赴いた。
部屋に入ると、すでにフーシーさんをはじめとした上役の人たちが集まっていた。どうやら、すでに会議を始めていたらしい。
「タッソたちも来たか。今は光の国に使者を送るかで話をしておるところじゃ」
村長さんたちは光の国に援助を乞うか議論していたらしい。これは長くなりそうだ。
重要度で言えば低い私の案は、話すなら今なのだが、この会話を切って提案するのは憚られる。どうしようかと思っていると、横に座ったタッソさんが口を開いた。
「村長、すまないが先に提案したいことがある」
「ああ、答えをすぐ返せるかは内容によるが、言ってくれ」
「ルナーラと妖精が行なっている畑への祝福、あれを俺やトキ、他見込みのある畑だけに集中させたい。そうすればあと2年は持たせられるはずだ」
私の代わりにタッソさんが私の案を喋ってくれた。村長はこの案を聞いて、途端に顔を曇らせる。
「それは、他の畑は諦める、ということか?」
ああそうだ、とタッソさんが頷く。
その応えに村長さんは、小さくなった背中を丸めて考え込んでしまった。
元々華奢な村長の身体はまるで骸骨のように痩せており、肌は荒れ目も窪んだような有様で、極度のストレスからか死相すらも感じるほどやつれている。
その上、私の提案で、村長は重大な決断を迫られることになるのだ。心痛もさぞ大きいことだろう。捨てられる畑を持つ家はもはや自力で食う手段がなくなる。反発も大きいことだろう。
「何とかならんのか」
「無理だ、と言いたいくらい難しいだろう」
「そうか……」
消え入るような言葉を言った村長は、そこから更に一分ほど悩んだ末に、この件を承諾した。
「分かった。残す畑を決めたら、わしに先に教えてくれ。説得はわしがしよう。それまでは今のままでいてくれ。できるか?」
タッソさんは静かに首肯した。
本当は私が告白しないといけないことだったのに、2人に辛い役回りをさせてしまった。申し訳ない。
いっそう疲れた表情を浮かべる村長さんは、休む間もなく議題を元の使者派遣に戻した。
「光の国への使者だが、やはりわしが行こうと思う。これでも闇の国の長だ。向こうも多少は話を聞いてくれるはずじゃ」
「あの能天気な光の国の奴らがそんなことに気づくのかい?」
上役の1人であるゲパルト婆が声をあげる。私は光の国に行ったことも、そこの住人も見たことはないが、そんなにひどいのか。
「友好関係にあるわけでもないのですから、万が一もあります。ここは私に任せてください」
どうやら光の国へ使者を送ること自体は決まっているようだ。議論のほとんどは誰を送るかで紛糾していた。
「いっそのこと、くじで決めたらどうなんだ」
一向に結論の出ない会議に嫌気が差したのか、タッソさんがそんな提案をした。大事な話なのだし、そんな粗雑な決め方でいいのかと思うが、いつまでも先送りできる話でもない。
皆は口々では文句を言いつつも、くじ引きで使者を決めることになった。まだ子どもの私、畑の管理で忙しいタッソさんを除外した厳正なくじ引きの結果、使者は村長さんに決定した。
順当な結果ではあるが、これ以上村長さん1人に重荷を背負わせるのはどうなのだろうか。そう考えずにはいられない私だった。
ルナーラ「がんばれ村長さん!」
村長「わし、がんばる」




