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35年ローンの一戸建てごと異世界転移した元教師、合気道と現代インフラで無双する~タダ飯人魚やヤンデレ兎が入り浸る最強マイホーム~  作者: 月神世一


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教育的指導(物理)

教育的指導(物理)

 イグニスが大地を蹴った瞬間、訓練所の空気が爆発したかのように震えた。

 赤い鱗に包まれた巨躯が、闘気を纏って砲弾のように突進してくる。

 踏み込みによって分厚い土の地面が抉れ、砂埃が舞い上がった。

「死なねえ程度に手加減してやるよォ! 『先生』ェ!!」

 頭上高く振り上げられた巨大なバトルアクスが、空気を切り裂きながらマモルの脳天へと振り下ろされる。

 竜人族の膂力と、武器自体の途方もない重量、さらに落下時の重力加速度が乗った一撃。もし直撃すれば、人間の身体など縦真っ二つにされるか、あるいはトマトのように潰されるだろう。

 周囲で見ていた自警団の団員たちが、思わず悲鳴を上げて目を背ける。

 リーダーであるマンミアも「いけない!」と叫び、手にしたパイルバンカーに手を伸ばした。

 だが、対象であるマモルは、一歩も動いていなかった。

 恐怖で硬直しているわけではない。

 彼の極めて冷徹な数学的頭脳が、その一瞬の間に、すべての物理現象を演算していたのだ。

(斧の総重量はおよそ八十キロ。振り下ろしの初速、遠心力、そしてあいつ自身の体重と突進の慣性エネルギー。合計の破壊力は凄まじいが――)

 力任せの攻撃ほど、ベクトルは単純になる。

 合気道において、相手の力を真正面から受け止めることは愚の骨頂である。相手が出した力を、いかに効率よく別の方向へ流し、あるいは相手自身に還すか。

 それが、理合りあいというものだ。

(作用線は完全に一直線。ならば、軌道をわずかにズラすだけでいい)

 斧の刃がマモルの額に届く寸前、コンマ一秒の世界。

 マモルは、半身に構えていた身体を、スッとわずかに左へ開いた。

 転換。

 最小限の足捌き。マモルの身体が、斧の直撃軌道から数センチだけ外れる。

「なっ!?」

 渾身の力で振り下ろしたはずの斧が、何の手応えもなく空を切ったことに、イグニスは目を見開いた。

 自分の全体重を乗せた攻撃が外れれば、その反動は当然、自分自身に返ってくる。イグニスの身体が、斧の重みに引っ張られて前のめりに崩れかける。

 だが、マモルの真の狙いはそこからだった。

「……ッ!」

 空振りして地面に激突しようとする斧のに向けて、マモルは手にしていた三節棍を弾くように放った。

 カチャッ、と金属音が鳴る。

 三節棍の連結部分である鎖が、まるで生き物のように太い斧の柄に巻き付いた。

「なにィ!?」

 イグニスが驚愕の声を上げた時には、すでに遅かった。

 マモルは三節棍の端を握ったまま、イグニスの突進エネルギーと斧の遠心力を、自らの身体を軸とした円運動へと変換した。

 合気の『呼吸投げ』の要領である。相手が前に進もうとする力に、自分の引く力を同調させる。

 ベクトルが完全に反転し、増幅された。

「しまっ――!」

 スポーンッ!

 イグニスの分厚い掌から、巨大な両手斧がすっぽ抜けた。

 いや、むしり取られたのだ。

 マモルの三節棍に絡め取られたバトルアクスは、そのままの勢いで宙を舞い、訓練所の隅にある頑丈な木製の丸太標的にズドンッ! と深々と突き刺さった。

「あ……」

 最大の武器を失い、さらに重心が完全に前へ流れたイグニスは、無防備な体勢でつんのめった。

 そこへ、マモルの三節棍が容赦なく襲いかかる。

 奪い取ったのとは逆の端を振るい、イグニスの膝裏ひざうらの関節を的確に打ち据えた。

 骨を砕くような一撃ではない。だが、神経の束が集中する急所へのピンポイントな打撃は、竜人族の強靭な下半身から一瞬にして力を奪い去った。

「グワァッ!?」

 膝から崩れ落ちるイグニス。

 倒れ込む巨体に合わせ、マモルは流れるような動作で相手の背後へ回り込んだ。

 イグニスの右腕を捕らえ、手首をめ、そのまま肩、肘の関節を限界まで捻り上げる。そして、イグニスの背中に自分の膝を押し当て、完全に動きを封じた。

「イデデデデデデデッ!! 折れる! 折れるゥゥッ!」

 訓練所に、巨漢の竜人が発する情けない悲鳴が響き渡った。

 マモルは、汗一つかかずに、冷ややかな視線でイグニスを見下ろした。

 そして、あくまで淡々とした、教師特有のトーンで語りかける。

「痛いか?」

「い、痛ェよ! 腕が千切れるッ!」

「そうか。お前が力任せに振るった暴力は、それ以上に痛いものだ。だいたい、感情に任せて大振りの攻撃をするなど、隙だらけにもほどがある。もし実戦なら、今のでお前は死んでいたぞ」

 マモルは手首の極めを、ほんの数ミリだけキツくした。

「ギブ! ギブギブギブ! 参ったああああ!」

 地面をバンバンと叩き、完全降伏のサインを出すイグニス。

 マモルはそれを見て、静かに極めを解き、スッと立ち上がった。

「……よし。これで補習は終わりだ。次からは、もう少し頭を使って戦うことだな」

 ワイシャツの埃をパンパンと払い、何事もなかったかのように三節棍を布袋にしまう。

 その背中は、凶悪な魔物を討伐した英雄のそれではなく、放課後の指導を終えて職員室に帰る教師の背中そのものだった。

   * * *

 訓練所は、水を打ったような静寂に包まれていた。

 誰もが、目の前で起きた出来事を理解できずに固まっている。

 あの、ポポロ村の自警団の中でも一、二を争う腕力を持つ竜人のイグニスが。

 魔法も、闘気も使えない、ただの細身の人間の青年に。

 一切のダメージを与えることもできず、それどころか相手に指一本触れることすら叶わず、一瞬で地面に組み伏せられたのだ。

「あ、あのイグニスが……一瞬で……?」

 マンミアが、信じられないものを見るような目でマモルを見つめていた。

 彼女には見えていた。マモルがイグニスを倒した際、そこには圧倒的な暴力の応酬など存在しなかった。ただ、イグニスの力を利用し、理詰めで制圧しただけだ。

 それは、実戦を生き抜いてきたマンミアから見ても、あまりにも洗練された、無駄のない技術の極致だった。

「やったああああっ♡ やっぱりマモルさんね♡ 信じてたよ!」

 静寂を破ったのは、キャルルの嬉しそうな歓声だった。

 彼女はウサギの耳をピンと立たせて跳ね回りながら、マモルの元へと駆け寄ってきた。

「マモルさん、カッコよかった! ほらね、私の言った通りでしょ!」

「おいおい、勝負は時の運だ。今回はたまたま、相手が熱くなって自滅しただけさ」

 マモルは苦笑しながら、謙遜してみせる。だが、その言葉が逆に彼の底知れなさを際立たせていた。

 一方、真守の足元には、いつの間にかリーザがスライディングで滑り込んできていた。

「マモルP……! なんという男らしさ……! やはり貴方様の財力と武力は、私を養うためにあるのですわね! 何処までも、何処までも養って貰いますぅぅぅ!」

「お前は本当にブレないな。足にしがみつくな、歩きにくいだろ」

 真守がリーザを引き剥がしていると、ようやく痛みが引いてきたイグニスが、ふらつきながら立ち上がった。

 彼は自分の両手をじっと見つめ、それからマモルの方を向いた。

「……あんた」

 イグニスの声には、先ほどまでの刺々しい反抗心は消え失せていた。

 代わりに宿っていたのは、純粋な強者に対する畏敬の念だった。

「あんた……一体何者なんだ? その細腕で、どうやって俺の斧を……」

「だから言っただろう。俺はただの数学の教師だ」

「教師がそんなことできるかよ……っ」

 イグニスは毒づいたが、その表情はどこか晴れやかだった。

 竜人族は、力こそすべての種族だ。自分を完膚なきまでに叩きのめした相手を、尊敬することはあっても憎むことはない。

 イグニスは、真っ直ぐにマモルの前に立つと、深く頭を下げた。

「……悪かった。俺が井の中の蛙だった。あんたの強さは本物だ」

「分かればいい。……怪我はないな?」

「ああ。不思議と、関節が痛かっただけで、折れちゃいねぇ。あんた、俺を殺そうと思えばいつでも殺せたんだろ?」

「教師が生徒を殺してどうする。それに、俺は無駄な殺生は嫌いなんだ」

 その言葉を聞いて、イグニスはフッと笑った。

「マモル先生……いや、『先生』と呼ばせてくれ。俺に、あんたのその技を教えてくれないか?」

 イグニスの言葉に、周囲の団員たちも次々と「俺にも!」「私にも教えてください!」と声を上げ始めた。

 先ほどまでの侮蔑の視線は、今や完全な尊敬と期待の眼差しへと変わっている。

「……やれやれ。まあ、俺にできる範囲の助言ならしてやるよ」

 マモルが肩をすくめてそう言うと、訓練所は割れんばかりの歓声に包まれた。

 こうして、地球のしがない数学教師は、異世界の血気盛んな若者たちを、一切の魔法もチートも使わずに、ただの物理法則と合気道だけで完璧に『わからせた』のである。

 それは、マモルという男の器の大きさを、ポポロ村の住民たちに深く刻み込んだ瞬間だった。

(しかし……これじゃあ、平穏なスローライフからはどんどん遠ざかっている気がするな)

 大はしゃぎするキャルルと、足にすがりつくリーザを引きずりながら、マモルは内心で深くため息をつくのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

「合気道と物理演算のカウンター、気持ちよすぎる!」

「イグニス、綺麗にわからされたな笑」

「マモル先生のオカン力と大人の余裕がカッコいい」

と少しでも楽しんでいただけましたら、

ぜひページ下部より【ブックマークに追加】と、

【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価ポイントを入れて応援していただけますと幸いです!

皆様の応援が、マモル先生の胃薬代(作者のモチベーション)になります!

次回、第10話「知略の鬼と秘伝書」!

マモル先生のウワサを聞きつけ、今度は知的な変異種(樹人)が家に押し入ってきます。お楽しみに!

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