鼻息の荒い竜人と、自警団の洗礼
鼻息の荒い竜人と、自警団の洗礼
ポポロ村の広場から少し離れた場所に、高い木の柵で囲まれた自警団の訓練所はあった。
木剣が打ち合う甲高い音や、気合いの入った掛け声が、砂埃と共に周囲に立ち込めている。
「暑苦しいですわね……。お肌が乾燥してしまいますわ」
「文句を言うなら家で留守番していればよかっただろ。誰も頼んでないぞ」
真守の背中に隠れるようにして日差しを避けるリーザに、ため息混じりに突っ込みながら、一行は訓練所の門をくぐった。
敷地内では、獣人や人間の若者たちが汗を流して訓練に励んでいた。三国が交差する国境の村だけあって、自警団とはいえその熱気はなかなかのものだ。
「あ、マンミアさん! お疲れ様!」
キャルルが大きく手を振ると、訓練所の中央で団員たちに指示出しをしていた人物が振り返った。
真守は、その姿を見てわずかに目を丸くした。
「お疲れ様です、キャルル様。視察ですか?」
凛とした声で歩み寄ってきたのは、上半身が美しい女性、下半身が筋骨隆々とした馬という『ケンタウロス種』の女騎士だった。
艶やかな長い髪を後ろで束ね、真面目さを絵に描いたような端正な顔立ち。傍らには、彼女の身の丈ほどもある巨大なパイルバンカー式シールドと、分銅付きの鎖が置かれている。
ポポロ村自警団のリーダー、マンミア(25歳・独身)である。
「いや、違うの。今日はマンミアさんに、どうしても紹介したい人がいて連れてきたんだ」
「紹介……ですか?」
マンミアの視線が、キャルルの隣に立つ真守へと向けられた。
彼女の研ぎ澄まされた騎士としての眼力が、真守を上から下まで値踏みする。
ワイシャツにスラックスという軽装。魔法のオーラ(魔力)も、獣人特有の闘気も一切感じられない。ただのひょろりとした人間の青年にしか見えなかった。
「初めまして。加藤真守だ。この村の学校で、数学の教師をやっている」
「……教師? ああ、あなたが最近赴任してきたという。私は自警団リーダーのマンミアです。キャルル様にはいつもお世話になっております」
マンミアは律儀に頭を下げた。だが、その瞳には明確な『戸惑い』が浮かんでいる。なぜ、村の治安を守るこのむさ苦しい訓練所に、戦いとは無縁の『先生』を連れてきたのか。
キャルルは、マンミアの疑問を晴らすように胸を張った。
「マモルさんはね、学校の先生だけじゃなくて、武術の腕前も凄いんだよ! だから、自警団の指南役……とまでは言わないけど、みんなの訓練にアドバイスをもらえないかと思って!」
「……指南役、ですか?」
マンミアは困惑したように眉をひそめた。
「キャルル様。お気持ちはありがたいですが、ここは実戦を想定した訓練の場です。子供たちに計算を教えるのとは訳が違います。闘気も持たない普通の人間に、血の気の多い彼らを指導するのは危険すぎます」
マンミアの懸念はもっともだった。
自警団のリーダーとして、彼女は常に現実を見ている。そして、自分が『25歳』というアナステシア世界ではすっかり行き遅れの年齢であることへの焦り……は今は関係ないが、とにかく真面目で責任感が強いのだ。
「そんなことないよ! マモルさんは本当に強いんだから!」
「おい、キャルル。俺はまだやるとは言ってないぞ。見学と助言だけだと言ったはずだが」
真守が横からたしなめようとした、その時だった。
「おいおい、冗談キツいぜ。キャルルのお頭」
ドスッ、ドスッ、と重い足音を響かせながら、一人の男が歩み出てきた。
いや、男ではない。赤い鱗に覆われた屈強な肉体、頭には鋭い二本の角、背中には折りたたまれた皮膜の翼。
両手には、常人なら持ち上げることも困難な巨大なバトルアクス(両手斧)を無造作に担いでいる。
竜人族の青年、イグニスである。
「マモルとか言ったか? あんた『先生』だろ? 悪いがな、ここにはお遊戯や算数を教わるガキは居ねぇんだ。怪我する前に、チョークでも握って大人しくお家に帰った帰った」
イグニスは、爬虫類特有の縦長の瞳孔で真守をねめつけ、鼻で笑った。
竜人族の里から「一旗揚げる」と豪語して飛び出したものの、人間社会の常識に馴染めず、色々な職を転々とした結果、この村の自警団に流れ着いた彼にとって、『ただの人間』に偉そうに指導されるなどプライドが許さなかったのだ。
「イグニス! あんた、マモルさんに向かってなんて言い草なの!」
キャルルが顔を真っ赤にして怒った。
「事実を言ったまでだぜ。俺たち竜人は生まれ持っての戦士だ。闘気も出せねえヒョロガリの『先生』に、斧の振り方一つ教わる筋合いはねえ」
「あんたねぇ! マモルさんは、あんたなんかより、ずっとず〜っと強いんだからね!」
売り言葉に買い言葉。キャルルが真守を庇うあまり、思い切りハードルをブチ上げてしまった。
「なんだと!?」
イグニスのこめかみに、青筋が浮かぶ。
「竜人の俺より、こんな人間の方が強いだと? 寝言は月が出てる時だけにしてくれよ、月兎族の村長さん」
「お、おい、キャルル」
流石に不味いと思った真守が止めに入るが、キャルルは引かない。
「良いんです! 本当の事なんですから! マモルさんは素手でレッドボアを一撃で倒したんだから!」
「へぇ……レッドボアをねぇ」
イグニスは、面白そうに舌舐めずりをした。
そして、担いでいた巨大な両手斧を、ズシンッ! と地面に突き立てた。地響きが鳴り、砂埃が舞い上がる。
周囲で訓練していた団員たちが、何事かと一斉に手を止め、ざわめきながら集まってきた。
「マンミアさん、止めてください! イグニス、相手は一般人ですよ!」
マンミアが慌てて割って入ろうとするが、イグニスはそれを片手で制した。
「おもしれぇ……。そこまで言うなら、証明してもらおうじゃねえか」
イグニスは、獰猛な笑みを浮かべて真守を指差した。
「じゃあよぉ、『先生』よぉ。俺を『教えて』くれよぉ。口先じゃなく、あんたのその自慢の腕でなぁ!」
バチバチと、イグニスの身体から赤い闘気が立ち上り始める。
竜人族特有の、圧倒的な暴力のプレッシャー。普通の人間なら、その気迫だけで腰を抜かしてもおかしくない状況だ。
(……やれやれ)
だが、真守の心は湖面のように凪いでいた。
彼の目には、凶暴な竜人の戦士ではなく、教室の片隅で机に足を乗せてイキっている『鼻息の荒い不良生徒』にしか見えていなかったのである。
「……マモルP、どうしますの? あんなのまともに食らったら、ペラペラのお肉になってしまいますわよ。いざとなったら、私がお賽銭箱型掃除機で身ぐるみ剥いで……」
背後でリーザが物騒な提案をしてくるが、真守は軽く手を上げてそれを制した。
「心配するな。俺のいた地球の道場や中学校にも、ああいう血に飢えた『鼻息の荒い奴』は定期的に湧いたもんだ」
真守は、ゆっくりとワイシャツの袖をまくり上げながら、イグニスの前へと進み出た。
「キャルル。さっき、俺の教え方が上手いと言ってくれたな」
「えっ? は、はいっ!」
「安心しろ。不良生徒の更生も、俺の得意分野だ」
真守は、腰に差していた黒い布袋から、使い慣れた樫の『三節棍』を静かに引き抜いた。
カチャリ、と金属の鎖が冷たく鳴る。
「ほう……変な棒っきれじゃねえか。そんなオモチャで俺の斧を受け止められると思ってんのか?」
「受け止める? 違うな」
真守は、三節棍をだらりと下げたまま、完全に脱力した自然体で構えた。
数学教師の冷徹な瞳が、竜人の重心、筋肉の収縮、そして斧の軌道を正確に測り始める。
「お前みたいな奴の鼻っ柱を、根元からへし折るのが、教師の役割だ」
「言ってろォォォォッ!!」
イグニスが咆哮を上げ、大地を蹴った。
爆発的な突進と共に、巨大な両手斧が真守の頭上高く振り上げられる。
血気盛んな異世界人に対する、現代数学と合気道による『教育的指導』が、今まさに始まろうとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「イグニス、完全にフラグを建築している笑」
「マモル先生、不良生徒を見る目線で草」
「いよいよ合気道×三節棍の実戦!」
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次回、第9話「教育的指導(物理)」!
マモル先生の圧倒的なカウンターが炸裂します! お楽しみに!




