悪魔の錬金術と善意の偽金
悪魔の錬金術と善意の偽金
「ひゃははははっ! 見たかよ鮫島! あのアホなジャージ女ども、トイチのローン契約に何の疑いもなくサインしやがったぜ!」
「当然っスよ火原さん! 俺の『ステータス偽装』と横文字トークの前に、異世界の情弱はひれ伏す運命なんスから!」
ポポロ村から隣町へと続く、のどかな街道の道端。
まんまとリーザとルチアナから『金貨五十枚+月利20%』という暴利の契約をもぎ取った詐欺師コンビは、お互いの背中をバシバシと叩き合いながら下劣な笑い声を上げていた。
「いやぁ、最高の気分だぜ! これで今月のノルマはクリアだ! 早速、隣町の歓楽街に行って、キャバクラでドンペリのタワーでも作ろうぜ!」
「火原さん、甘いっスよ。俺たちのマインドセットは常に上を目指さなきゃ! 金貨五十枚じゃ、一番安い嬢を呼んで一晩で終わりっス。ムーンキャピタルの最高級ラウンジでVIPルームを貸し切るには、あと金貨五百枚は必要っスよ!」
「なるほどな。じゃあ、あと十人くらいカモを見つけて、この『泥団子』を売りつけるとするか」
火原が、道端の土を掬い上げ、ユニークスキル『粗悪複製』を使ってパパッと黄金の壺をもう一つ錬成した。
見た目だけは数千万円の国宝。中身はただの泥。それを鮫島が『ステータス偽装』でSSRにするという、悪魔の錬金術(詐欺)である。
「おっ。火原さん、見てくださいよ。最高の『ネギを背負ったカモ』が歩いてきますよ」
鮫島が、テカテカの青スーツの袖で前方を指差した。
街道の向こうから、一人の少女がトボトボと歩いてくるのが見えた。
透き通るような銀糸の髪に、エルフ特有の長い耳。そして何より目を引くのは、彼女が身に纏っている『純白のドレス』だった。
最高級の絹と、神聖な魔力で織り上げられたそのドレスは、素人目に見ても「超」がつくほどの金持ちのお嬢様であることを物語っている。
「(おい鮫島、見ろよあのフリフリの服! 歩く金庫じゃねぇか!)」
「(しかも、キョロキョロして完全に道に迷ってるっスね! あの世間知らずな顔……俺たちの商材を売りつけるには最高のターゲットっス!)」
二人が目をつけたその少女――ルナ・シンフォニアは、ポポロ村に向かう途中で安定の『壊滅的方向音痴』を発揮し、完全に迷子になっていた。
「あらあら……キャルル様たちとルナキン(ファミレス)で待ち合わせをしていましたのに、ここはどこかしら? 植物さんたちに道を聞いても、みんな『日差しが気持ちいい』としか教えてくれませんの……」
ルナが困ったようにふんわりと微笑みながら、小首を傾げている。
「お困りのようですな、美しいお嬢さん!」
鮫島が、胡散臭い営業スマイルを顔に貼り付けてルナの前に飛び出した。
「俺は冒険者起業コンサルの鮫島っス! 迷子スか? そんな貴女に、運命を切り開く最高のソリューションをご提案したい!」
「ソリュー……しょん?」
ルナが、純真無垢な瞳で鮫島を見つめる。
「そうです! 貴女のように高貴な方にこそふさわしい、大宇宙の波動を秘めた『開運厄除けの聖なる壺』! これさえあれば、迷子も解決、金運も爆発、人生が劇的に変わるメタ思考の……」
「…………」
鮫島がペラペラと横文字を並べ立てる中、ルナの瞳は、火原が恭しく掲げている『黄金の壺』へと注がれていた。
ルナは、世界樹から神託を受けた次期女王候補にして、自然界の魔力を極めたエルフである。
火原のコピースキルや、鮫島のステータス偽装などという『人間の小賢しい表面上の魔法』など、彼女の目を通せば、透き通るガラスのように一瞬で見透かせてしまうのだ。
(……まぁ。なんてことでしょう)
ルナは、両手を口元に当てて、ハッと息を呑んだ。
(あの壺……表面に薄っぺらい金色の幻影を被せているだけで、中身はただの『泥』ですわ。しかも、お二人ともこんなテカテカの安っぽい服を着て、無理して笑って……)
ルナの中で、世界最凶の『善意』がフルスロットルで稼働し始めた。
(きっと、本当は食べるものにも困るほど貧しくて、あんな泥の塊を『宝物』だと言い張って、日銭を稼ぐしかないのね……! なんてお可哀想な人間さんたちなのかしら。私、見過ごせませんわ!)
「あの、お嬢さん? 聞いてます?」
ポカンとしているルナに、鮫島が顔を近づける。
「今なら特別に、金貨百枚のところを金貨五十枚で……」
「いいえ。そんなの、あんまりにも悲しすぎますわ」
ルナは、ふんわりとした天使のような微笑みを浮かべ、火原の持っていた『泥の壺』に、両手でそっと触れた。
「え?」
詐欺師二人が、ルナの突拍子もない行動に目を丸くする。
「お二人とも、強がらなくてもよろしいんですのよ。本当はお金に困って、こんな脆い泥の塊を売るしかないほど、苦しい生活をしているのでしょう?」
「はぁ!? ち、違げぇよ! これは古代魔導帝国の国宝で……!」
図星を突かれた火原がムキになって反論しようとした。
「大丈夫ですわ。私、植物さんやお土さんとお友達ですから。貴方たちの悲しみ、私が『本当の輝き』に変えて差し上げますわね♡」
ルナが慈愛に満ちた声で囁いた瞬間。
彼女の白く細い手から、世界樹の純粋にして圧倒的な魔力が、淡い緑色の光となって壺を包み込んだ。
シュァァァァァァッ!!
「な、なんだぁっ!?」
突然のまばゆい光に、鮫島と火原が腕で顔を覆う。
「さぁ、受け取ってくださいな♡」
光が収まった後、ルナはにっこりと微笑んで壺から手を離した。
「ずしっ」
「おぐぉっ!?」
火原の腕に、先ほどまでとは比較にならない、凄まじい『重量』がのしかかった。
腕の骨がミシミシと鳴るほどの重さ。
火原はたまらず壺を地面に落としそうになり、慌てて両腕で抱え込んだ。
「お、おい鮫島! なんだこれ! 重てぇ! クソ重てぇぞ!?」
「ひ、火原さん、それ……!!」
鮫島が、目をひん剥いて壺を指差した。
火原の抱えている壺は、先ほどの『金ピカに塗られただけの泥団子』ではなかった。
魔力によるコーティングでも、ステータスの偽装でもない。
叩けば「キィンッ」と高く澄んだ音が鳴る、圧倒的な質量と密度。
「こ、これ……本物の『純金』じゃねぇかぁぁぁっ!?」
火原が、壺の縁をガリッと歯で噛んで確かめ、悲鳴のような歓声を上げた。
泥の塊だった壺が、ルナの『自然魔法(偽金錬金術)』によって、質量数十キログラムの『純金の壺』へと完全に物質変化していたのである。
「うふふっ。お土さんにお願いして、ちょっとだけ『純金さん』に変身してもらいましたの♡」
ルナが、両手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「これで、もう悲しい嘘をついて泥の塊を売らなくても済みますわね。その壺で美味しいものをたくさん食べて、平和に暮らしてくださいな♡」
「…………」
「…………」
鮫島と火原は、ルナの顔と、抱えている純金の壺を交互に見比べた。
数十キロの純金。
金貨五十枚(五十万円)の詐欺どころの騒ぎではない。これをそのまま闇市場の質屋に流せば、軽く数億円は下らない莫大な富になる。
「(お、おい鮫島ァ! なんだこの女! ただのアホかと思ったら、一瞬で泥を金に変えやがったぞ!)」
「(マジの錬金術師っスよ! ていうか、情弱を騙してチマチマ稼ぐより、これをそのまま売り飛ばした方が、手っ取り早く大富豪じゃないスか!)」
詐欺師たちの脳内で、一瞬にしてドス黒い算盤が弾かれた。
「あ、あの〜! お嬢さん!」
鮫島が、これ以上ないほどの下劣な笑みを浮かべてルナに頭を下げた。
「俺たちの貧しさを救ってくれて、マジで感謝っス! この『壺』、ありがたく頂戴しますね!」
「ええ! アンタのおかげで、俺たちは今夜からキャバクラでVIPルームだ! ありがとな、お嬢ちゃん!」
火原も純金の壺を大事そうに抱え込み、ガテン系の顔を歪ませて喜んでいる。
「うふふ、どういたしまして。お二人が幸せになってくれて、私も嬉しいですわ♡」
ルナは、心からの善意で二人に手を振った。
「それじゃ、俺たちはこれで! 行こうぜ火原さん! ムーンキャピタルの夜が俺たちを呼んでるっスよ!」
「おう! さらばだ、お人好しのエルフのネーチャン! ひゃははははっ!」
二人は、純金の壺という『数億円の現物』を手に入れた狂喜に酔いしれながら、ルナに背を向けて一目散に歓楽街の方向へと走り去っていった。
苦労して詐欺をする必要すらなくなった。俺たちは完全に勝ち組だ!
そう信じて疑わない彼らの後ろ姿は、欲望の権化そのものだった。
「……あ」
二人の姿が見えなくなった頃。
ルナは、ふと何かを思い出したように、ぽんと手を打った。
「そういえば、言い忘れてましたわ」
ルナは、誰に言うともなく、小鳥のさえずりのような声でポツリと呟いた。
「お土さんに無理を言って変身してもらった『偽物の純金さん』ですから……魔法が解ける『三日後』には、ただの石っころに戻ってしまいますのよね。まぁ、いっか♡ お二人ともすごく急いでいらしたし、三日もあれば美味しいご飯も食べられますわよね♡」
世界最凶の天然サイコパスが放った、恐るべき時限爆弾。
自分の『ステータス偽装』が四十八時間(二日)で切れることを隠して詐欺を働いていた鮫島たちが。
七十二時間(三日)で石に戻る『ルナの偽金(物理)』を大喜びで受け取り、それに気付かず意気揚々とキャバクラへ向かっていったという、あまりにも皮肉な構図。
「さて、私もルナキンに行きませんと。キャルル様たち、待っててくださるかしら♡」
ルナはご機嫌なハミングを歌いながら、再び明後日の方向へと歩き出した。
騙すつもりが、完全に騙された(※本人は騙したつもりゼロ)詐欺師コンビ。
彼らがこの後、歓楽街で『純金の壺(時限式の石)』を使って派手に豪遊し、支払いの段になって地獄を見ることになるのは、もはや確定事項であった。
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