消えた詐欺師とスキルの穴
消えた詐欺師とスキルの穴
「おや、マモルさん。そのチャコールグレーのスーツ……まさか、また『消費者センター』の出動ですか?」
ポポロ村のメインストリート。
泥だらけの居候たちにリビングの掃除を命じ、一人で家を飛び出した加藤真守に声をかけたのは、月兎族の村長・キャルルだった。
彼女はラフなパーカー姿に、タローマン特注の安全靴(雷竜石内蔵)という動きやすい格好で、片手にニンジンスティックを持ちながらウサギの耳をピンと立てていた。
「ああ、キャルルか。村の治安維持にご苦労様だな」
マモルは歩みを止めず、バインダー(ルナミス帝国民法典)を小脇に抱えたまま答えた。
「村の平和なインフラに寄生するダニが二匹、入り込んだようだ。アホな人魚と女神が、トイチの違法ローンで五十万円の泥団子を買わされた。被害が拡大する前に、特定商取引法に基づく物理的クーリングオフを執行しに行く」
「ええっ!? またリーザちゃんたち、詐欺に引っかかったの!? しかもトイチって……完全な悪徳金融じゃないですか!」
キャルルが目を丸くする。
「私も村長として見過ごせません! 同行します、マモルさん!」
元レオンハート獣人王国の近衛騎士隊長候補であり、現在はポポロ村の村長を務めるキャルル。彼女の月兎族としての並外れた嗅覚と聴覚は、追跡においてこの上ない武器になる。
「助かる。まずは奴らが寝泊まりしているアジトを特定したい。連中の特徴は、テカテカの青スーツを着た若い男と、安物のダブルスーツを着たガテン系のオッサンだ」
「了解です! ちょっと待っててくださいね」
キャルルは目を閉じ、長く伸びたウサギの耳をピクピクと動かした。
そして、鼻をクンクンと鳴らし、村の空気の匂いを分析し始める。
「……あ、分かりました。村の外れにある、貸し出し用のボロ倉庫です。安物の香水の匂いと、炭鉱の泥みたいな臭いが混ざった足取りが、そこに向かってます」
「さすがだな。行くぞ」
二人は足早に村の外れへと向かい、目的のボロ倉庫の前に辿り着いた。
周囲には人気がなく、ひっそりと静まり返っている。
「……心音は聞こえません。中には誰もいないみたいです」
キャルルが耳を澄ませてから首を振る。
マモルは無言で倉庫の扉に手をかけ、押し開けた。鍵はかかっていなかった。
「……もぬけの殻か」
マモルが伊達メガネの奥で目を細める。
倉庫の中には、簡易的なベッド代わりの干し草と、テーブル代わりの木箱があるだけだった。
しかし、その木箱の上や床には、大量の『紙の束』や、泥土の残骸が散乱していた。奴らは、詐欺で得た現金だけを掻き集め、証拠品や在庫を放ったらかしにして、すでにポポロ村から逃亡した後だったのだ。
「逃げ足だけは一人前だな。だが、証拠隠滅が甘すぎる。典型的な素人の小悪党だ」
マモルは倉庫の中に足を踏み入れ、床に散らばっていた一枚の羊皮紙を拾い上げた。
「マモルさん、これ……」
キャルルも別のチラシを拾い上げ、眉をひそめた。
『サメジマ・アドベンチャー・サロン! 〜まだ命がけでゴブリン狩りして消耗してるの?〜』
『凡人でも初月から金貨百枚! 勝ち組冒険者になるためのメタ思考メソッド!』
『成功者のマインドセットで、今日から君もキャバクラでドンペリの嵐!』
「…………」
チラシに踊る、中身がスッカスカの横文字ビジネス用語のオンパレード。
マモルは額に青筋を浮かべ、チラシをクシャクシャに握り潰した。
「絵に描いたような『情報商材屋』のテンプレだな。地球の悪習をわざわざ異世界にまで持ち込みやがって……。こんなペラペラな紙切れで『起業コンサル』を名乗るとは、コンプライアンスの欠片もない」
「なんか、読んでるだけで頭が痛くなってくる文章ですね……。あ、こっちには手書きのノートが落ちてますよ!」
キャルルが、木箱の上に置かれていた雑な帳簿のようなものをマモルに手渡した。
マモルはバインダーにそのノートを挟み、パラパラとページをめくった。
そこには、奴らがこれまでに騙した相手の名前と、売りつけた『壺』や『偽装武器』の売上金額が雑にメモされていた。
しかし、マモルの目は、その売上記録の端に書かれた『ある不自然なメモ』に釘付けになった。
『×月〇日 東の村で聖剣(偽)販売。※クレーム対応不可。二日後に撤収済』
『×月△日 南の街で開運壺販売。※客がキレて殴り込み。四十八時間で完全トンズラ完了』
「……二日後。四十八時間」
マモルは、そのキーワードを口の中で反芻し、伊達メガネのブリッジを中指でクイッと押し上げた。
「キャルル。あいつらの能力の『正体』と『弱点』が完全に読めたぞ」
「えっ? もう分かったんですか?」
「ああ。リーザたちの証言によれば、ガテン系のオッサンの能力は『コピー』。そして青スーツの男の能力は『ステータス偽装』だ。鑑定水晶の表記を書き換えて、泥団子をSSR神話級に見せかけていた」
マモルは、足元に落ちていた泥の破片を革靴で軽く小突いた。
「もし、その偽装魔法が永続的なものなら、奴らはもっと堂々と大都市のオークションに出品して荒稼ぎしているはずだ。だが、ノートの記録を見ると、奴らは一つの街に『二日以上』滞在していない。そして必ず『四十八時間』というタイミングで、客からのクレームやトラブルが発生して逃亡している」
「あっ! ということは……!」
キャルルのウサギの耳がハッと跳ね上がる。
「その通りだ。青スーツの男の『ステータス偽装』には、明確なタイムリミットがある。その時間が『四十八時間』だ。魔法が切れると同時に、鑑定結果は本来のゴミに戻り、外見のコピー魔法も解けて自壊する仕組みなんだろう」
マモルは冷たく笑い、ノートを閉じた。
「自分たちの詐欺商品が四十八時間でポンコツに戻ると分かっているからこそ、奴らは『解約不可』の特約をつけ、手っ取り早く現金を回収して、クレームが来る前に次の街へと逃げる『ヒット・アンド・アウェイ』を繰り返しているんだ」
「なんて卑劣な……! でもマモルさん、奴らがもう村から逃げ出しちゃったなら、追いつくのは難しいんじゃ……」
「いや、慌てて追いかける必要はない」
マモルは、チャコールグレーのスーツのポケットから、黒く光る魔導通信石(スマートフォン型)を取り出した。
「こういう小悪党は、手元に思いがけない大金(あぶく銭)が入ると、気が大きくなって必ず『自滅』する。奴らのチラシに書いてあっただろう? 『キャバクラでドンペリ』とな」
「あ……! もしかして、散財しに行くってことですか?」
「そうだ。ポポロ村周辺で、あんなテカテカのスーツを着た男二人が豪遊できる場所は限られている。隣町の歓楽街か、ムーンキャピタルの高級キャバクラあたりだろうな」
マモルは通信石のダイヤルを回し、耳に当てた。
『……おお、マモルはんか。どないしたんや、こんな昼間から』
通信石の向こうから、コテコテの関西弁が聞こえてきた。ゴルド商会所属のゴールド商人にして、ポポロ村の財務担当、ニャングルである。
「ニャングル、頼みがある。ゴルド商会の情報網を使って、隣町の歓楽街とムーンキャピタルの夜の店に『手配書』を回してくれ。特徴は、青スーツと安物ダブルスーツの二人組だ。奴らは大量の現金か、あるいは『偽装された金品』を使って豪遊しようとするはずだ」
『ははぁん。なるほどな。アホな詐欺師が、うちのシマで派手に散財しよるかもしれんっちゅうわけやな? ええで、各店舗の黒服とキャストに目は光らせとくわ。もしアヤシイ金を使おうとしたら、即座に身柄を拘束たる』
「ああ、頼んだぞ。奴らの商品のメッキは『四十八時間』で剥がれる。泳がせておいて、化けの皮が剥がれた瞬間に、詐欺の現行犯で叩き潰す」
マモルは通信を切り、伊達メガネをキラリと光らせた。
「さぁ、これで包囲網は完成だ。奴らは今頃、完全犯罪を成し遂げたと勘違いして、有頂天で次の獲物を探すか、酒場に向かっているだろうが……」
マモルは、床に落ちていた『サメジマ・サロン』のチラシを革靴で踏み躙った。
「自分が『四十八時間の時限爆弾(不良債権)』を抱えて歩いていることにも気づかずにな。……コンプライアンスの網の目は、そう簡単には抜けられないと教えてやる」
「ふふっ、さすがマモルさん! 逃げた敵を足で追うより、法とネットワークで追い詰めるなんて、最高に村長代理してますね!」
キャルルがニンジンスティックを齧りながら、頼もしそうにマモルの背中を見つめた。
消えた詐欺師コンビ、鮫島と火原。
彼らはポポロ村から逃亡し、莫大な利益を手にして勝ち誇っていた。
だが、彼らはまだ知らない。
自分たちのチートスキルの致命的な『穴』がすでに見破られ、異世界の消費者センターによる、絶対脱出不可能な『包囲網』が敷かれたことを。
そして、この後。
調子に乗った彼らが逃亡先で出会うのが、マモル以上に厄介な『世界最凶の天然サイコパス』であることを、二人の詐欺師は知る由もなかったのである。
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