オカンの説教と剥がれたステータス偽装
オカンの説教と剥がれたステータス偽装
「おお、偉大なる大宇宙の波動よ……! どうか私に、毎日三食ルナミスキングの特上ロックバイソンステーキを食べられるだけの不労所得をコミットしてくださいませ……!」
「神話級のオーラよ……! 次のピックアップガチャで、すり抜けなしの単発SSR確定排出というソリューションを私に与えたまえ……!」
ポポロ村の村長公邸。その広々としたリビングのど真ん中で、異様なカルト儀式が執り行われていた。
ダイニングテーブルの上に、座布団を敷いて恭しく鎮座させられているのは、黄金に輝く『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』。
そしてその前で、芋ジャージの人魚姫リーザと、エンジ色ジャージの駄女神ルチアナが、額を床に擦りつけるほどの勢いで土下座をし、ブツブツと欲望にまみれた祈りを捧げていた。
詐欺師コンビの鮫島と火原から、トイチ(十日で一割)という極悪非道なローンを組んで買わされた、見た目だけは一千万円クラスの国宝。
二人はすっかり鮫島の『情報商材屋特有の横文字』に洗脳され、己の明るい未来を疑っていなかった。
「ふふふっ、感じますわルチアナ! 壺から溢れ出すメタ思考なエネルギーを! これで私たちは完全なる勝ち組ですの!」
「ええ! マインドセットを切り替えれば、貧乏神なんて怖くないわ!」
ガチャリ。
二人が悦に浸っていたその時、リビングのドアが開き、タローマートの特売日帰りである加藤真守が、両手にネギや卵の入ったエコバッグを提げて帰還した。
「ただいま。キャベツのタイムセールで危うく主婦の群れに圧殺されるところだっ……」
マモルの言葉は、リビングの異様な光景を前にピタリと止まった。
テーブルの中央で異様な存在感を放つ、成金趣味の極みのような黄金の壺。
その前で平伏している、アホな居候二人。
一秒。二秒。三秒。
マモルの伊達メガネの奥の瞳がスッと細められ、即座に『嫌な予感』のフラグが臨界点を突破した。
「……お前ら」
地獄の底から響くような、絶対零度のオカンの声だった。
「その、いかにも胡散臭い霊感商法のテンプレみたいな壺は、一体なんだ」
「ひっ! マ、マモルP!」
「ち、違うのよ! これは霊感商法なんかじゃないわ! 最先端の冒険者起業コンサルから買った、究極のソリューションなのよ!」
ルチアナが慌てて立ち上がり、見よう見まねの横文字を並べ立てる。
しかし、マモルの目はすでにテーブルの端に無造作に置かれていた一枚の『羊皮紙(契約書)』を捉えていた。
マモルは無言でエコバッグを床に置き、契約書を手に取った。
そこには『販売価格:金貨五十枚』『特別分割プラン:十日で一割の手数料』『※封を開けた瞬間に波動が定着するため、返品・クーリングオフ不可』という、消費者センターが見たら泡を吹いて卒倒するレベルの極悪条項がズラリと並んでいた。
「…………」
マモルは静かに契約書をテーブルに戻すと、傍らに置いてあった『ルナミス新聞(朝刊)』を手に取り、無言のまま、熟練の職人のような手つきでガチガチの筒状に丸め始めた。
「マ、マモルP? なぜ新聞を丸めて……」
「お前らぁぁぁぁっ!!!」
スパーーーーーーンッ!!
スパーーーーーーンッ!!
「あべぼぁッ!?」
「ぐはぶぅッ!?」
マモルの怒りのフルスイングが、リーザとルチアナの後頭部にリズミカルに炸裂した。
二人の顔面がダイニングテーブルにめり込む。
「金貨五十枚!? トイチの借金!? クーリングオフ不可の特約!? お前らのコンプライアンス意識と金銭感覚は、一体どうなってるんだ!!」
マモルが丸めた新聞紙でテーブルをバンバンと叩きながら、オカンの大説教を開始した。
「前回の五円玉詐欺から何も学んでいないじゃないか! 『ソリューション』だの『マインドセット』だの、意味も分かっていない横文字ビジネス用語に踊らされて、ホイホイと闇金の契約書にサインするバカがどこにいる!!」
「い、痛いですわーっ! 暴力反対ですの! でも、これは本当に凄い壺なんですのよ!」
リーザが涙目で抗議する。
「そうだわ! マモル、これを見なさい! 鑑定水晶が嘘をつくはずないでしょ!」
ルチアナが懐から安物の鑑定水晶を取り出し、黄金の壺にかざした。
空中にホログラムのステータスウィンドウが浮かび上がる。
【名称】大宇宙開運厄除けの聖なる壺
【レアリティ】SSR(神話級)
【効果】所持者の金運+50000。ガチャ排出率+300%。
【耐久度】不壊(竜のブレスでも傷つかない)
「ほら見なさい! SSR神話級よ! 金運プラス五万よ! この圧倒的なエビデンスの前には、マモルの小言も無力でしてよ!」
ルチアナがドヤ顔で胸を張る。
だが、その『圧倒的なエビデンス』を見たマモルの反応は、二人の予想とは全く異なるものだった。
彼は驚くどころか、深々と、呆れ果てたような長いため息をついたのだ。
「……お前ら、本当に騙されやすい情弱の才能があるな」
「な、なんですって!?」
「いいか? よく見ろ。このステータスウィンドウを」
マモルは、空中に浮かぶ文字を指差した。
「そもそも、アナステシア世界の正規の魔導鑑定システムにおいて、『ガチャ排出率』なんていう地球のソシャゲ固有の概念がステータスに表示されること自体が異常だ。これは、誰かが意図的に『文字の表記だけ』を書き換えたものだ」
「も、文字の表記だけを書き換える……?」
リーザが小首を傾げる。
「地球のIT用語で言えば『フロントエンドの偽装(UI改ざん)』だ」
マモルは伊達メガネをクイッと押し上げた。
「HTMLやCSS……つまり、外から見えるデザインのコードだけを書き換えて、あたかも凄い数値に見せかけているだけ。だが、バックエンド(実態)のシステムや材質は、1ミリも変わっていない。お前らが買ったのは、ただの『SSRと書かれたシールが貼られただけのゴミ』だ」
「そ、そんなはずありませんわ! 金運の波動が……メタ思考のエネルギーが溢れていますのよ!」
「なら、その『不壊(竜のブレスでも傷つかない)』という耐久度を、今ここで証明してやろう」
マモルは、特売で買ってきたばかりのエコバッグから、一本の『大根』を取り出した。
ポポロ村特産の、丸々と太った立派な月見大根である。
「竜のブレスにも耐える神話級の壺なら、大根で軽く叩いたくらいじゃ、傷一つ付かないはずだよな?」
「と、当然ですわ! マモルPのそんな大根アタック、神の波動で弾き返して……」
コンッ。
マモルが、大根の先で壺の側面を、本当に軽く小突いた。
衝撃など無に等しい。ただ触れただけの力加減。
ピシッ。
黄金の壺の表面に、亀裂が走った。
「え?」
ルチアナが間抜けな声を漏らした。
メリッ、メリメリメリメリッ……!!
亀裂は瞬く間に壺全体に広がり、表面の黄金のコーティングがボロボロと剥がれ落ちていく。
ガシャァァァァァンッ!!!
次の瞬間、金貨一千万円の価値がある(と偽装されていた)国宝級の壺は、大根の軽いワンタップによって、まるでビスケットのように呆気なく粉々に砕け散った。
ダイニングテーブルの上に散らばったのは、真っ黒な炭鉱の泥土の破片。
焼成された陶器の光沢など微塵もない、ただ泥を適当に固めて色を塗っただけの、百均の植木鉢にも劣る最底辺のハリボテだった。
「…………」
「…………」
リビングが、水を打ったような静寂に包まれた。
ピロリンッ。
壺が物理的に崩壊したことで、鮫島の『ステータス偽装』の魔法が耐えきれずにショートし、空中のステータスウィンドウがバグったようにノイズを走らせた。
そして、表示されていた文字が、本来の正しい『実態』へと書き換わる。
【名称】粗悪な泥の塊
【レアリティ】N
【効果】特になし。手が汚れる。
【耐久度】0/5(崩壊済み)
「あ……あぁ……」
リーザの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「私の……五十万円の壺が……ただの、ただの泥の塊に……っ」
ルチアナが、テーブルの上の泥の破片を両手ですくい上げながら、この世の終わりのような絶望の叫びを上げた。
「う、嘘でしょぉぉぉっ!? 五十万円の借金をして、トイチの契約書にサインしたのに! 残ったのは、テーブルの上の泥と借金だけってことぉぉ!?」
「その通りだ」
マモルが、冷酷な現実を突きつける。
「お前らは、情報商材屋のペラペラな横文字と、能力を偽装する詐欺師の悪魔のタッグに、まんまとハメられたんだよ。完全に、搾取される側の情弱の極みだ」
「いやあああぁぁぁっ! マモルP! 助けてくださいませーっ!」
「借金でマグローザ漁船にドナドナされちゃうぅぅっ!」
二人は床に崩れ落ち、マモルの両足にすがりついてワンワンと泣き喚いた。
マモルは深いため息をつき、頭を掻いた。
アホな居候たちの自業自得とはいえ、この村の平和なインフラに寄生し、他人の無知と欲望に付け込んで暴利を貪る詐欺師の存在は、オカン系教師としてのコンプライアンス精神がどうしても許さなかった。
「……泣くのは掃除を終わらせてからにしろ」
マモルは、足にすがりつく二人を剥がすと、自室のクローゼットへと向かった。
数分後。
リビングに戻ってきた彼の姿は、いつものワイシャツとエプロン姿ではなかった。
チャコールグレーの細身のスーツを隙なく着こなし、ネクタイをビシッと締め、伊達メガネの奥に鋭い光を宿す男。
手には分厚いバインダー(ルナミス帝国民法典)と、鈍い光を放つ三節棍。
詐欺師たちにとっての世界最悪の天敵、『消費者センター(物理)』の完全武装状態である。
「マ、マモル……その服は」
「決まっているだろう」
マモルは、ネクタイの結び目をクイッと締め直し、冷たく言い放った。
「悪質な情報商材屋と粗悪品の海賊版業者に、特定商取引法の重みと、クーリングオフ(物理)の鉄槌を下しに行く」
平和な村に蔓延る悪徳詐欺ビジネス。
その根源を絶つため、異世界の法務担当が、静かに、そして確実に動き出そうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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