情報商材屋とトイチの開運壺
情報商材屋とトイチの開運壺
「……ありませんわね。儲け話」
「……ないわね。落ちてる小銭すらないわ」
ポポロ村の中央広場。
活気あふれる商店街の真ん中を、リーザとルチアナの底辺ジャージコンビは、肩を落としてトボトボと歩いていた。
魔王ラスティアの『ヒレステーキ』に触発され、一攫千金を夢見てアパートを飛び出したのはいいものの、そう簡単にボロ儲けできるビジネスが道端に転がっているはずもない。
時給の安いアルバイトの求人の貼り紙はあるが、「肉体労働は嫌だ」「即金じゃないと意味がない」とワガママを言って全てスルーしているのだから当然である。
「やっぱり、マモルPのオカン管理の元で、一生もやし炒めを啜る運命なんですの……?」
リーザが絶望的な顔で空を仰いだ、その時だった。
「おや? そこの美しいお嬢さん方。もしかして、まだ『もやし炒め』なんかで消耗してるんスか?」
ふいに、ひどく軽薄で、胡散臭い声が二人の背後から掛けられた。
振り返ると、そこには二人の男が立っていた。
一人は、安っぽくテカテカと光るダブルのスーツを着た、無精髭のガテン系中年男。
そしてもう一人は、これまた無駄にテカる原色の青スーツを着こなし、手首には金メッキの安物腕時計をギラつかせ、髪をこれでもかとオールバックに撫で付けた若い男だった。
「な、なんですの、あなたたち。怪しいナンパならお断りですわよ。私たちのご飯を奢ってくれるというなら話は別ですけれど」
リーザが警戒しつつも、食欲だけはアピールする。
「ナンパ? ノンノン、違いますよ。俺は『サメジマ・アドベンチャー・サロン』を主宰している、冒険者起業コンサルの鮫島って言います。こっちはビジネスパートナーの火原さんス」
青スーツの男――鮫島が、ペラペラの名刺を差し出しながら、薄ら笑いを浮かべた。
「お二人のオーラを見て、直感的に『もったいない!』って思っちゃいましてね。ポテンシャルは最高なのに、旧態依然とした労働モデルに縛られてる。そんなの、タイムパフォーマンスが最悪じゃないスか」
「たいむ……ぱふぉーまんす?」
ルチアナが目をパチクリとさせる。
「ええ! 今の時代、汗水流して働くなんてナンセンスっス! 大事なのは『マインドセット』と『メタ思考』! 俺のコンサル生は、誰もが初月から金貨百枚(百万円)の不労所得をコミットして、毎晩キャバクラでドンペリ入れてるんスよ!」
鮫島が、胡散臭い横文字ビジネス用語を機関銃のように連発する。
鮫島剛。
彼もまた、地球からやってきた転生者である。前世は口先だけの情報商材屋。
転生直後、「異世界は情弱ばかりだ!」と調子に乗り、ただの牛の魔獣の卵を『始祖竜の卵』と偽って貴族に売り飛ばした結果、詐欺がバレて魔獣コロシアムの奴隷へと転落。そこでスライムに腕を折られて号泣していたところを、犯罪組織『ナンバーズ』のスリーに拾われたという、底抜けの小物である。
「(オイ鮫島、何がコンサル生だ。お前の商材を買って借金漬けになったバカしかいねぇだろうが)」
隣に立つガテン系の男、火原が小声で突っ込む。
「(火原さんは黙ってて! こいつら完全に情弱の顔してるんだから、俺のマーケティングで一気に刈り取るんスよ!)」
鮫島は咳払いを一つし、わざとらしく嘆くようなポーズをとった。
「お嬢さん方。貧乏なのはあなたたちのせいじゃない。古いシステムが悪いんス! ですが、安心してください。今日、この瞬間に俺たちと出会えたあなたたちは、『勝ち組』への最短ルート(ソリューション)を手に入れたんですから!」
「か、勝ち組……っ!?」
リーザとルチアナの瞳が、『¥_¥』の形にカッと見開かれた。
「初月から金貨百枚の不労所得……! そ、それって、ルナミスキングの特上ロックバイソンステーキが、一生食べ放題ってことぉ!?」
「推しのウェディングSSRガチャが、天井まで回し放題ってことぉぉ!?」
「その通りっス! あなたたちの夢を叶える究極のソリューション、それが……これス!」
鮫島が指を鳴らすと、火原が持っていた風呂敷包みを恭しく広げた。
そこに鎮座していたのは、黄金の装飾と古代魔導文字がびっしりと刻まれた、神々しいほどに美しい『壺』だった。
(※火原が今朝、炭鉱の泥土をコピースキルで適当に固め、表面だけ金ピカに塗った100均以下のゴミである)
「おおおっ……!」
二人のアホから感嘆の声が漏れる。
「これこそ、古代魔導帝国から発掘された『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』! この壺を部屋に置き、マインドセットを切り替えて祈るだけで、宇宙のエネルギー(波動)が金運を爆発的に引き寄せるんス!」
「き、金運が爆発……!」
「……でも、それって本当に効果があるんですの? ただの綺麗な壺に見えますけれど……」
リーザが、過去の五円玉詐欺の教訓を思い出したのか、珍しく僅かな疑いの目を向けた。
「ふっ……疑うのも無理はないっス。情報リテラシーが高い証拠ですね! では、論より証拠。鑑定水晶で、この壺の『真のステータス』をお見せしましょう!」
鮫島は懐から、冒険者ギルドで使われる『鑑定水晶』を取り出し、壺の上に掲げた。
――ピロリンッ☆
水晶の空中に、ホログラムのようなステータスウィンドウが浮かび上がった。
そこには、信じられない文字が並んでいた。
【名称】大宇宙開運厄除けの聖なる壺
【レアリティ】SSR(神話級)
【効果】所持者の金運+50000。ガチャ排出率(最高レア)+300%。
【耐久度】不壊(竜のブレスでも傷つかない)
「「えええええええええええっ!?」」
リーザとルチアナが、目をひん剥いて絶叫した。
「SSR神話級!? 金運プラス五万!? ガチャの最高レア確率が三百パーセントアップですのぉぉぉっ!?」
「……ひひっ」
鮫島は心の中で大爆笑していた。
これこそが、鮫島のユニークスキル『ステータス偽装』である。
鑑定結果の『文字表記』だけを、自分の都合の良いように自由に書き換える能力。実態は耐久度10の泥の塊でも、文字だけなら「神話級」にも「不壊」にもできるのだ。
ただし、この偽装のタイムリミットは『四十八時間』。時間が切れるか、あるいは壺に水を入れたり物理的衝撃を加えたりすれば、一瞬で泥土のゴミに戻るという致命的な欠陥を抱えていた。
「どうっスか!? この圧倒的なエビデンス! 俺のコンサル生は、みんなこの壺の力で、初日からステーキの特大サイズを三枚食いしてるんスよ!」
「す、すてぇき三枚……っ!」
リーザの口から、もはや隠しきれないヨダレがナイアガラの滝のように流れ落ちる。
「か、買いますわ! 私、買います!」
「私もよ! その壺、いくらなの!? 全財産出すわ!」
「本来なら、金貨一千枚(一千万円)は下らない国宝っス。ですが! 今日は特別に、俺のサロンに入会するという条件で……たったの『金貨五十枚(五十万円)』でお譲りしましょう!」
鮫島が、大げさに両手を広げる。
「しかも! 今の時代、初期投資がないのは当然! 我がサロン特製の『特別分割・幸福前借りプラン』をご用意してます!」
鮫島は、ビシッと一枚の羊皮紙(契約書)を取り出した。
「十日で一割の、ささやかなお布施(手数料)を乗せるだけで、今すぐこの壺はお二人のものっス! 壺の力で金運が爆発すれば、トイチの利息なんて一日で完済できる額! さぁ、ここにサインを!」
十日で一割。
月利に換算すればおよそ30%。現代日本の法定金利を遥かに超える、完全なる闇金(暴利)である。
しかも、その契約書の下部には、恐るべき一文が極小の文字で記されていた。
『※本製品は、封を開けた瞬間に波動が定着するため、いかなる理由があろうとも返品・返金・クーリングオフは不可とします』
完全に、特定商取引法と消費者契約法を舐め腐った、悪質な解約妨害のテンプレである。
「と、トイチ……? よく分からないけど、金運が五万も上がるなら関係ないわね!」
「そうですわ! もやし炒めからの脱却ですのーっ!」
もはや理性を完全に手放した底辺コンビは、契約書の極小文字を読むことも、利息の計算をすることもなく、火原から差し出された羽ペンで、勢いよくサラサラとサインをしてしまった。
「ひゃはははっ! まいどありっス! 最高のソリューションをご提供できて、俺も感無量っスよ!」
鮫島が契約書をひったくるように回収し、泥の壺をルチアナの腕に押し付けた。
「あ、言い忘れましたが。波動を定着させるために、四十八時間は絶対に壺を乱暴に扱ったりしないでくださいね! では、最高の不労所得ライフを!」
鮫島と火原は、足早にその場から立ち去っていった。
二人の顔には、獲物を完全に刈り取った詐欺師特有の下劣な笑みが張り付いていた。
「(おい鮫島、あのバカ女ども、トイチのローン契約にホイホイとサインしやがったぞ!)」
「(言ったでしょ火原さん、異世界は情弱の狩り放題だって! 偽装が解ける二日後には、俺たちは隣町で豪遊っスよ!)」
後ろから聞こえてくる「やったー! ステーキ! ガチャ!」というアホな歓喜の声に背を向け、悪魔のハリボテ詐欺コンビは路地裏へと消えていった。
一方、偽装された文字だけを信じ込み、金貨五十枚(五十万円)という莫大な借金を背負わされたリーザとルチアナ。
彼女たちはまだ知らない。
自分たちが抱きしめている神話級の壺が、ただの泥団子であることも。
そして、この壺を持ち帰った先にある『マイホーム』に、詐欺師にとって世界最悪の天敵――コンプライアンスと物理を極めた異世界のオカン(法務担当)が、買い出しから帰ってくるという恐ろしい事実を。
読んでいただきありがとうございます。
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