第五章 ヒレステーキと純金(偽)詐欺ショー
ヒレステーキと魔王の裏シノギ
「……シャキッ。シャキシャキッ」
「……モグ、モグモグ」
ポポロ村の格安独身アパート『ポポロ・コーポ』。
家賃三万円(光熱費込み)という破格の安さを誇るこの木造三階建てアパートの一階、住人たちが集う共同食堂には、ひたすらに虚無な咀嚼音だけが響き渡っていた。
「……ねぇ、リーザ先輩」
エンジ色のジャージに身を包んだ駄女神・ルチアナが、割り箸の先で力なく器の中身をつついた。
「この『もやしと醤油草の炒め物定食』……昨日も、一昨日も、その前の日も食べた気がするんだけど。私の気のせいかしら?」
「気のせいではありませんわ、ルチアナ」
向かいの席に座る人魚姫・リーザもまた、ルナミスデパートのワゴンセールで買った特売芋ジャージ姿のまま、死んだ魚のような目で白米をかき込んでいた。
「マモルPが『家計の引き締めだ』と言って、今週の食費を極限まで削っているんですの。お肉はおろか、魚の切れ端すら入っていませんわ。完全に塩と草の味しかしませんのよ」
二人は、深く、どこまでも深い絶望の溜め息をついた。
つい先日、悪徳霊感商法の詐欺にホイホイと引っかかり、マモルの消費者センターばりのコンプライアンス論破によって借金こそ帳消しになったものの、彼女たちの『タダ飯食らいの居候』という圧倒的底辺の立場が改善されたわけではない。
今日も今日とて、財布の中身は銅貨一枚すら入っていない完全なるゼロ。
スマホのガチャや、推しへのスーパーチャットに全財産を溶かす彼女たちにとって、この『もやし炒め定食(原価五円)』こそが、生き繋ぐための唯一の生命線であった。
「あぁ……お肉が食べたいわ。分厚くて、肉汁がジュワッと溢れ出すような、極上のお肉が……」
ルチアナが天井を見上げながら、ポロリと涙をこぼした、まさにその瞬間だった。
――ジュウゥゥゥゥゥゥッ!!
突如として、食堂の空気を完全に支配する、暴力的なまでの『極上の音と匂い』が炸裂した。
香ばしく焦げたニンニクの香り。
特製の甘辛いソースが熱せられた鉄板の上で弾け飛び、濃厚な肉の脂と混ざり合う、脳髄を直接殴りつけるような圧倒的な暴力の気配。
「な、なんですの、この神々しい香りは……!?」
「う、嘘でしょ……この匂い、まさか……!」
リーザとルチアナは弾かれたように顔を上げ、匂いの発生源である隣のテーブルへと首をギギギと向けた。
そこには、一人の美少女が優雅に足を組み、ナイフとフォークを構えて座っていた。
アバロン魔皇国の頂点に君臨する女帝にして、永遠の17歳(自称)こと、魔王ラスティアである。
彼女の目の前には、熱々に熱せられた分厚い黒鉄のステーキ皿が鎮座している。
そしてその上には、厚さ優に五センチはあろうかという**『ロックバイソンの特上ヒレステーキ』**が、黄金色のフライドポテトと艶やかなブロッコリーを従えて、王者のような威厳を放ちながら鎮座していたのである。
「ふふっ。焼き加減は完璧なミディアムレア。ガーリックと醤油草をベースにした特製オニオンソースの焦げる香りが、食欲をそそるわね」
ラスティアは、艶やかな唇をペロリと舐めると、銀のナイフをヒレ肉にスッと滑らせた。
全く力を入れることなく、まるで柔らかなバターを切るかのように、極厚の肉が両断される。その美しい桜色の断面からは、キラキラと輝く肉汁が滝のように溢れ出し、鉄板の上でさらにジュワァァッと甲高い音を立てた。
「ゴクリッ……!」
リーザとルチアナの喉が、狂ったように大きく鳴った。
自分たちの目の前にある、パサパサのもやし炒め。
隣の席にある、溢れんばかりの肉汁を湛えた極厚ヒレステーキ。
同じポポロ・コーポの食堂にいながら、そこには天界と魔界ほどの、絶望的な経済格差が存在していた。
「あ、あんた……っ!」
たまらず、ルチアナが椅子から立ち上がり、ラスティアのテーブルへと身を乗り出した。
「随分と羽振りが良いじゃない! そのロックバイソンの特上ヒレステーキ定食、ルナキン(ファミレス)で頼んだら金貨一枚(一万円)は下らない超高級品よ!? なんでそんなもの、こんな安アパートの食堂で食べてるのよ!」
「ズルいですわ! 抜け駆けですの! 私たちには一口もくれないなんて、血も涙もない悪魔の所業ですわーっ!」
リーザもヨダレを滝のように流しながら、ラスティアの鉄板に手を伸ばそうとする。
「あら、はしたないわね。少し離れてちょうだい、お肉に貧乏神のオーラが移るじゃない」
ラスティアはフォークの背でリーザの額を軽く小突き、優雅にステーキを口へと運んだ。
「ん〜っ♡ 柔らかくて最高。お口の中でとろけちゃうわね。……どうして私がこんな高級品を食べているかって? そうねぇ……」
ラスティアは、グラスに注がれた高級な赤ワイン(のようなブドウジュース)を上品に傾けながら、ふふっと蠱惑的な笑みを浮かべた。
「偶々(たまたま)よ♡ ちょっとした臨時収入があっただけ。あなたたちみたいに、無計画にガチャに課金したり、怪しい詐欺に引っかかったりしてないもの」
表面上は、余裕たっぷりの美少女魔王の微笑み。
しかし、彼女の頭の中(裏垢)では、全く別のドス黒い計算式がカチャカチャと音を立てて弾き出されていた。
(――ふふん。臨時収入も何も、笑いが止まらないくらいにボロ儲けなのよねぇ!)
ラスティアが懐に忍ばせている『エンジェルすまーとふぉん』の裏口座には、つい先ほども莫大な額の金貨がチャリンチャリンと音を立てて振り込まれたばかりだった。
その資金源は、彼女が地球のアイドル『朝倉月人』の推し活(全国ツアー全通、限定グッズの無限回収、ソシャゲの完凸課金)をするために立ち上げた、極秘の裏ビジネス(シノギ)である。
アバロン魔皇国軍事技術局が開発した、危険指定の違法魔導アイテム――『魔獣カプセル』。
地面に叩きつけるだけで、BランクからAランクの凶悪な魔獣を強制的に召喚できるというこのヤバすぎる代物を、ラスティアは裏ルートを通じて、人間の犯罪組織やならず者たちに高値で横流ししていたのだ。
(犯罪組織『ナンバーズ』のスリーとかいう商人……あいつ、本当にいい上客だわ。末端の使い捨て詐欺師どもに持たせる『最終兵器』として、いくらでも高値で買い取ってくれるんだもの。……ま、そのカプセルを買ったアホな小悪党どもが、呼び出したキメラやデスクローに制御しきれずに追いかけ回されて死のうが、私には一切関係ないけどね!)
世界の破滅などどうでもいい。
魔王軍の悲願よりも、今はとにかく『愛しの月人くんの限定アクリルスタンド(等身大)』をコンプリートするための莫大な資金が必要なのだ。
そのためなら、愚かな詐欺師どもに危険物を売りつけて荒稼ぎすることなど、魔王としての特権(不労所得)に過ぎない。
「ん〜っ、やっぱり悪銭で食うステーキは格別ね♡」
ラスティアは内心のドス黒い闇を微塵も表に出さず、最後の一切れとなった分厚いヒレ肉を、これ見よがしにゆっくりと咀嚼した。
そして、鉄板の隅にちょこんと残っていた『付け合わせのニンジン』をフォークで突き刺すと、ポイッとリーザとルチアナの目の前の皿に放り投げた。
「ほら、おすそ分け。野菜もしっかり食べないと、お肌に悪いわよ?」
「き、きぃぃぃっ! 屈辱ですわ! こんなの、鳩に餌をやるのと同じ扱いですのよ!」
リーザが顔を真っ赤にして激怒する。
「こんなニンジン一切れで誤魔化されると思って……もぐもぐ。……くそっ、お肉の脂を吸ってて悔しいくらい美味しいじゃないのよぉぉっ!」
ルチアナは泣きながら、投げられたニンジンを瞬速で口に放り込み、その美味さにさらに惨めな涙を流した。
ラスティアは「ごちそうさま♡」と優雅に席を立ち、空になった鉄板を残して食堂を後にした。
残された底辺コンビは、もやし炒め定食と、鉄板から漂う残り香だけを嗅ぎながら、ワナワナと拳を握りしめていた。
「ルチアナ……私、決めましたわ」
リーザの瞳の奥に、ギラギラとした『強欲』の炎が燃え上がった。
「あんな性格の悪い魔王が、不労所得でヒレステーキを食べているんですのよ。私たちにだって、一攫千金のチャンスが転がっていないはずがありませんわ!」
「ええ! その通りよ先輩! もやし炒めはもうウンザリよ! マモルのオカン管理から抜け出して、私たちも何か『手っ取り早くボロ儲けできるビジネス』を見つけるのよ!」
「善は急げですの! 今すぐポポロ村の広場へ行って、儲け話を探しに行きますわよーっ!」
欲望に完全に理性を焼き切られた二人は、もやし炒めを三分で胃袋に流し込むと、勢いよくポポロ・コーポを飛び出していった。
彼女たちはまだ知らない。
「手っ取り早く儲けたい」と目を血走らせているその無防備な姿こそが、悪徳詐欺師たちにとって、最高に都合の良い『極上のカモ(ネギ背負い)』であるという冷酷な事実を。
かくして。
魔王の不労所得への嫉妬から端を発した、二人の底辺ヒロインによる『一攫千金探索の旅』は、最悪の詐欺師コンビとの運命的な(そして絶望的な)出会いへと、一直線に突き進んでいくのであった。
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