魔導ホットプレートと平和の焼肉パーティー
魔導ホットプレートと平和の焼肉パーティー
胡散臭い霊感商法と粗悪な海賊版武器を村に持ち込んだ詐欺師・火原元が、マグローザ漁船へとドナドナされていった日の夜。
ポポロ村の治安と経済は守られ、加藤真守の三十五年ローン・マイホームには、再び騒がしくも平穏な日常が戻ってきていた。
南庭に面したウッドデッキ。
そこには、マモルがタローマン(ホームセンター)の特売で買ってきた巨大な『魔導ホットプレート』が鎮座し、その上ではジュージューと食欲を刺激する極上の音色が奏でられていた。
「さぁ、どんどん焼け! 今日は悪徳業者撃退と、村の平和維持を祝した特上焼肉パーティーだ!」
マモルが、いつものワイシャツ姿の上に『タローマン謹製・耐油エプロン』を身につけ、手にしたトングで分厚い肉を鮮やかに裏返した。
ホットプレートの上に並んでいるのは、ゴルド商会から奮発して仕入れた『最高級ロックバイソンの霜降りカルビ』、そして『シープピッグの厚切りロース』である。
特製の『タマンネギ(賢者モード)』をすりおろした醤油草ベースの甘辛い自家製ダレが焦げる香ばしい匂いが、夜風に乗って庭中に広がり、ヒロインたちの胃袋を猛烈に刺激していた。
「わぁぁっ……! お肉の焼ける匂い、最高だよぉマモルさん!」
ウサギの耳をピンと立てたキャルルが、割り箸を握りしめながら目をキラキラさせている。
「はいー、リスナーのみんな! 今日は事件解決の祝賀会、お庭で焼肉配信だよーっ! 飯テロの時間だぞ☆」
キュララが、空中に浮かべた魔導カメラに向かって、焼きたてのカルビをこれ見よがしに見せつける。
「よし、焼けたぞ。食え」
マモルの許可が出た瞬間、キャルルとキュララが猛烈な勢いで肉に飛びついた。
「んん〜っ! ロックバイソンのお肉、口の中でとろけちゃうぅぅ♡」
「特製ダレが絡んで、サンライス(白米)が無限にいけちゃうよぉ!」
二人の幸せそうな歓声が響き渡る。
そんな天国のような光景を、ウッドデッキの隅っこで、血の涙を流しながら見つめている二つの影があった。
芋ジャージの人魚・リーザと、エンジ色ジャージの駄女神・ルチアナである。
「……なんで、なんで私たちがこんな目に」
「……目の前で特上カルビが焼けているのに、なんで私たちは『パンの耳』なのよぉぉ……っ」
二人の手には、マモルの宣告通り『パンの耳』と『醤油草の塩もみ』が握られていた。
五十万円の詐欺事件の借金はチャラになったものの、「コンプライアンス意識が欠如している罰」として、彼女たちの夕飯メニューは据え置きにされたのだ。
「お前ら、文句を言うな」
マモルが、トングをカチカチと鳴らしながら二人を睨み下ろす。
「タダ飯を食わせてもらっている身分で、簡単にうまい話(詐欺)に乗った自業自得だ。そのパンの耳を齧りながら、資本主義の厳しさと契約の重みを胃袋に刻み込め」
「お、オカンのドケチィィィッ! 肉汁の一滴くらい舐めさせてくれたっていいじゃない!」
ルチアナがパンの耳を涙で濡らしながら抗議する。
「マモルPの意地悪! ……ルチアナ、こうなったら実力行使ですわ! マモルPがビールを飲んだ隙に、あのホットプレートから肉を強奪しますのよ!」
「乗ったわリーザ先輩! 神の動体視力(ドロボー技術)を見せてあげる!」
食欲に支配された底辺コンビは、マモルが冷えた缶ビール(地球産)のプルタブを開け、グイッと喉を鳴らして煽った一瞬の隙を見逃さなかった。
シュバッ!
二人は、野生動物のような驚異的なスピードでウッドデッキに飛び込み、それぞれのマイ・トングをホットプレート上の『一番大きな霜降りカルビ』へと突き出した。
ガキンッ!!
「……あッ!? ちょっとルチアナ、私が先にこのカルビをロックオンしていましたわよ!」
「何言ってんのよ! 私のトングの方が〇・一秒早く肉に触れてるわ! 先輩なら後輩の成長のために譲りなさいよ!」
「後輩のくせに生意気ですの! これは私の命のお肉ですわーっ!」
またしても。
ほんの数時間前まで「借金帳消し同盟」として固い絆で結ばれていたはずの二人が、たった一切れの焼肉を巡って、トング同士を激しく交差させる醜いキャットファイトを開始した。
「あんたはパンの耳でも食ってなさいよ、この貧乏人魚!」
「駄女神は醤油草でも吸っていなさい!」
ジリジリとトングで肉を引っ張り合う二人。
「……お前らなぁ」
マモルのこめかみに、青筋がピキリと浮かび上がった。
「せっかくの特上カルビを、アホな綱引きでボロボロにするな。行儀が悪いぞ」
マモルが丸めたルナミス新聞に手を伸ばそうとした、その時である。
騒がしい食卓の横で、ニコニコと肉を見つめていたルナ・シンフォニアが、ふんわりと立ち上がった。
「まぁまぁ、お二人とも喧嘩はめっ、ですわ♡」
ルナが天使のような微笑みを浮かべ、両手を胸の前で合わせた。
「そんなに一つのお肉さんを奪い合わなくても……私がこのお肉さんに『世界樹の命の魔力』を注いで、もっと大きく、元気いっぱいのお肉さんに蘇らせて差し上げますわね♡」
ルナの指先から、淡い緑色の『莫大な生命エネルギー』が、ホットプレート上の死肉へと注ぎ込まれようとする。
もしそれが実行されれば、死んだロックバイソンの細胞が急激に再生・巨大化し、焼け焦げた肉塊がゾンビ牛のように暴れ出して、マイホームのウッドデッキを破壊し尽くすという、バイオハザードな地獄の焼肉パーティーが幕を開けてしまう。
スパーーーンッ!!
「あふんっ♡」
ルナの頭頂部に、マモルの『丸めたルナミス新聞』が、光の速さでクリーンヒットした。
「死肉に生命力を与えようとするな! 焼肉が暴れ出したら誰が掃除するんだ! 普通に焼け、普通に!」
「うぅっ……ごめんなさい、マモル様……。でも、みんなのお腹をいっぱいにしてあげたくて……」
「お前の『善意』が、一番この家を物理的に破壊しかねないんだよ! おとなしくサンライスでも食ってろ!」
ルナは、おでこを押さえながら「はぁい♡ 怒るマモル様も素敵ですわ♡」と頬を染めている。もはやツッコミが完全に愛のムチとして受容されており、天然サイコパスの学習能力は明後日の方向へと進化を続けていた。
「あーんっ! 私のカルビがちぎれたぁっ!」
「自業自得ですわ! 脂身しか残ってませんの!」
端っこでは、引っ張り合ったカルビがちぎれ、リーザとルチアナがタレの小皿に顔を突っ込んで泣いている。
「みんなー、今日もマモルお兄さんのお家は平和だよーっ!」
キュララが魔導カメラに向かってピースサインを決めている。
「……はぁ。本当に、どいつもこいつも」
マモルは、騒がしすぎる食卓を眺めながら、深く、深いため息をついた。
悪徳霊感商法の詐欺師を論破し、伝説のコピー武器を合気道と三節棍で粉砕するほどの男が、このアホな居候たちの世話(オカン業務)だけには、毎日手を焼かされている。
だが。
マモルはホットプレートの上に、冷蔵庫から出してきた『追加の肉』――少しグレードは落ちるが、大盛りのトライバード(鶏肉)のぶつ切りを、ザザッと流し込んだ。
「ほら、リーザ、ルチアナ。トングで遊んでないでさっさと食え。パンの耳の刑は終わりだ。ただし、自分の食べた分の皿洗いはキッチリやってもらうからな」
「えっ……!」
「マ、マモルP……!」
二人の顔が、パァッと輝いた。
「やったああぁぁっ! オカンの情けですわーっ!」
「お肉! お肉ぅぅっ! マモル、一生ついていくわ!」
二人は泣きながら、トライバードの肉に猛然と食らいついた。
缶ビールをグイッと煽り、冷たい麦酒を喉に流し込んだマモルの口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
(……まあ、色々と面倒だが。悪くない夜だ)
地球から異世界へと転移し、三十五年ローンのマイホームを背負わされた男、加藤真守。
彼の戦いは、詐欺師でも悪徳業者でもなく、このポンコツな同居人たちとの『日々の生活』そのものである。
静かすぎる家よりは、こうしてアホみたいに騒いで、美味い飯を食って、全力でツッコミを入れる方が、よっぽど彼には合っていた。
「おい、ルナ! 生肉を直箸で触るな! 食中毒になるぞ!」
「はぁい♡ マモル様が焼いてくださるのをお待ちしますわ♡」
「キャルル、焦げてるぞ! 火加減を調節しろ!」
「はーい!」
夜空には美しい星が輝き、ポポロ村の平和な夜風が吹き抜けていく。
異世界オカン系教師は、今日も丸めた新聞紙とトングを片手に、力強く生きていくのである。
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