不法侵入と極上オカン飯
不法侵入と極上オカン飯
すっかり日が落ち、ポポロ村は静寂に包まれていた。
キャルルとニャングルが帰った後、加藤真守は誰もいない広々としたリビングで大きく伸びをした。
「はぁ……色々とあったが、ようやく一人になれたな」
三十五年のローンという重圧はあるが、こうして自分の城にいると不思議と心が落ち着く。
真守はリビングの壁に設置された給湯器のコントロールパネルに向かい、『自動お湯張り』のボタンを押した。
『お風呂を、沸かします』
女性の無機質で穏やかな合成音声が響く。異世界に来ても、家のインフラは完璧に作動している。
それから十数分後、『お風呂が、沸きました』というアナウンスを聞き届け、真守は着替えとタオルを持って洗面所へと向かった。
「異世界転移の初日としては上出来だ。ゆっくり湯船に浸かって、疲れをとるか……って、ん?」
脱衣所に入り、浴室の折れ戸に手をかけた瞬間、真守は違和感を覚えた。
扉の隙間から、何やら土の匂いと、生温かい湿気が漏れ出しているのだ。
ガラッ。
扉を開けた真守は、そこに広がる光景に絶句した。
「よし、これで湿度は完璧ですわ! あとは菌が定着するのを待つだけ……」
最新式のシステムバスルーム。
その洗い場に、切り出された丸太(原木)が三本ほど並べられており、芋ジャージ姿のリーザがせっせと何かを植え付けていたのである。
「……何をしてるんだ、お前は」
「ひゃあっ!? マ、マモル様!?」
「帰ったんじゃなかったのか。というか、なぜ俺の家の風呂場にいる。玄関の鍵はきっちり閉めたはずだぞ」
真守が目を吊り上げて問い詰めると、リーザは悪びれもせずに胸を張った。
「ふっふっふ、甘いですわね! この間、マモル様が家の鍵を取り出した時、ルナミスデパートのトイレからくすねてきた石鹸でサッと型を取り、その辺に落ちてた鉄釘を削って合鍵を作りましたの!」
「恐ろしいサバイバル能力だな! お前、一歩間違えたらただの空き巣だぞ!」
「人聞きの悪い! 私はただ、このお家の湿気を利用して『椎茸』を栽培しようとしただけですわ!」
「なんで俺の新築の風呂場でキノコを育てるんだよ!」
「だって、椎茸は育ちが早いですし、お腹が膨れますもの……」
リーザは原木を抱きしめながら、少しだけ申し訳なさそうに視線を落とした。
真守は深くため息をついた。新築のバスルームでカビの原因になるようなことをされてはたまらない。
「却下だ。いますぐその原木を外に放り出してこい」
「そんなぁ……私の貴重な食料が……」
リーザが悲しそうに項垂れた、その時だった。
――グギュルルルルルルルルゥゥゥゥ〜!!
浴室の中に、レッドボアの咆哮かと思うような巨大な音が鳴り響いた。
音の出処は、リーザの腹である。
彼女は顔を真っ赤にして、芋ジャージのお腹を両手で押さえた。
「あ、あはは……。今日はお昼に、公園のタンポポを三本食べただけだったので、その……少し、腹の虫が……」
「……お前、本当にどんな生活をしてきたんだよ」
「私だって、好きで雑草を食べてるわけじゃありませんわ! アイドル活動のスパチャが全然集まらなくて、パンの耳も買えないくらい極貧なんですの……っ!」
涙目で訴える人魚姫。
その不憫すぎる姿と、先ほど見せた図々しさのギャップに、真守の持ち前の『オカン気質』が刺激されてしまった。
「……分かった、分かったから。そんなところでキノコを育てなくていい。何か作ってやるから、手を洗ってリビングで待ってろ」
「ほ、本当ですの!? マモル様あああ♡ 一生ついていきますうう!」
「だから神様扱いするな。それと、原木は絶対に外に出せよ!」
十五分後。
IHクッキングヒーターの前に立った真守は、数学教師らしい無駄のない段取りで調理を進めていた。
冷蔵庫から取り出したのは、地球のスーパーで買いだめしていた豚の薄切り肉と玉ねぎ。そしてキャベツ。
包丁がトントントンッ、とリズミカルにキャベツの千切りを生み出していく。
フライパンに油を引き、豚肉と玉ねぎを炒める。そこへ、醤油、みりん、酒、そしてすりおろした生姜を合わせた特製ダレを一気に投入した。
ジューーーーーッ!!
タレが焦げる香ばしい匂いと、生姜のツンとした爽やかな香りが、換気扇を通してリビングにまで広がっていく。
「ふんふんふんふんっ! な、なんですかこの暴力的な良い匂いはあああ!」
カウンターの向こうで、リーザが犬のように鼻をヒクヒクさせながら興奮している。
「待たせたな。『豚の生姜焼き定食』だ」
真守は、テーブルの上に料理を並べた。
メインの皿には、照りっ照りに輝く豚の生姜焼きと、山盛りの千切りキャベツ。そして、小口切りのネギを散らした豆腐とワカメの味噌汁。トドメは、炊飯器からよそったばかりの、ツヤツヤと湯気を立てる炊きたての白米である。
「こ、これが……お料理……?」
リーザは、目の前の定食を信じられないものを見るような目で見つめた。
異世界の貧民街で、硬いパンの耳と泥水ばかりすすっていた彼女にとって、それはまさに光り輝く宝の山に見えた。
「冷めないうちに食え。毒なんて入ってないぞ」
「い、いただきますわ……!」
リーザは箸を不器用に持ち(真守が見かねてスプーンを渡した)、まずは豚の生姜焼きを口に運んだ。
パクッ。
モグ……モグモグ……。
その瞬間、リーザの目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「おい、大丈夫か? 熱かったか?」
「お、美味しいですうううっ! お肉が柔らかくて、甘辛い味が染み込んでて……! この白い粒々(お米)と一緒に食べると、口の中が幸せで爆発しそうですわあああ!」
リーザは涙と鼻水を流しながら、一心不乱に生姜焼きと白米をかき込み始めた。
合間に味噌汁をすすり、「はふぅっ、お出汁の味が五臓六腑に染み渡りますぅ」とオッサンのような声を出している。
千切りキャベツにはマヨネーズを少し添えておいたのだが、それも彼女にとっては衝撃的だったらしく、「この酸っぱくてコクのある白いクリーム、神の食べ物ですわ!」と絶叫していた。
あっという間に、ご飯もおかずも平らげたリーザは、ぽっこりと膨らんだお腹をさすりながら、ソファにだらしなく寄りかかった。
「ふにゃぁ……極楽ですわ……。マモル様のお料理、今まで生きてきた中で一番美味しいです……」
「そうか。そりゃ良かった」
真守は空になった食器を片付けながら、満足げに笑った。
誰かに手料理を振る舞って、ここまで喜ばれたのは初めてだ。教師として生徒の成長を見るのとはまた違う、奇妙な達成感があった。
「あ、マモル様」
「なんだ?」
「私、決めましたわ。このままここに住み着いて、マモル様の専属アイドル(居候)になります」
「勝手に決めるな。家賃はどうするんだ」
「お掃除でもお洗濯でも、なんでもお手伝いします! それに、夜は私がマモル様のお布団を温めて差し上げますわよ♡」
リーザが上目遣いで色目を使ってくるが、芋ジャージ姿ではいまいち色気がない。
真守は、スポンジで皿を洗いながら冷たく言い放った。
「布団は自分で温めるから結構だ。……まあ、行く当てがないなら、しばらく置いてやってもいい。ただし、掃除と家庭菜園の草むしりは毎日手伝わせるからな」
「やたーっ! 言質とりましたわ! タダ飯とふかふかのベッド、ゲットですわーっ!」
万歳をして喜ぶポンコツ人魚を横目に、真守は小さくため息をついた。
静かなスローライフを望んでいたはずが、どうやらこの異世界では、騒がしい日常が待ち受けているらしい。
真守の『オカン』としての異世界同棲生活が、こうして本格的に幕を開けたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「リーザのサバイバル力高すぎ笑」
「新築の風呂で椎茸育てるな!」
「生姜焼き定食、深夜に読むと飯テロですね……」
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次回、第6話「異世界での再就職」!
マモル先生が異世界でも『教師』として教壇に立ちます。なぜかヒロインたちも生徒に……? お楽しみに!




