現代インフラの暴力
現代インフラの暴力
アルミフェンスの門扉を抜け、真守は三人を玄関へと案内した。
重厚な断熱ドアの取っ手を引き、鍵を開けて中へ入る。
「さぁ、入ってくれ。お茶を出すから……あ、悪いがそこにある段差で靴は脱いでくれよな。床が汚れるから」
「く、靴を脱ぐ……?」
キャルルが不思議そうに首を傾げた。異世界アナステシアでは、家の中でも土足が基本の文化らしい。
「日本の……いや、俺の故郷の作法だ。脱いだ靴はそこの端に揃えておいてくれ」
「は、はいっ!」
キャルルは特注の安全靴を脱ぎ、リーザは健康サンダルを、ニャングルは革靴を脱いで、恐る恐る上がり框を越えた。
「ひゃあっ!? な、なんですかこの床! ツルツルでピカピカです!」
靴下越しのフローリングの感触に、キャルルがウサギの耳をピンと立てて跳ね上がった。
「木材やと思うんやが……どうやってこんなに平らに、しかも隙間なく敷き詰めとるんや……。それに、この壁紙。繋ぎ目が全く見えへん」
ニャングルが玄関ホールの壁や床に顔を近づけ、震える手で触れている。
「こっちだ」
真守がリビングのドアを開けると、さらに大きな歓声が上がった。
「何これえええっ!」
「広ぉぉぉい! 凄いいい!」
二十畳はある広々としたLDK。壁掛けの大型4Kテレビに、アイランド型のIHシステムキッチン。そして、中央には六人がけのダイニングテーブルと、ふかふかの巨大なカウチソファが鎮座している。
「適当に座っててくれ。少し暗いな」
真守が壁のスイッチをパチリと押した。
ピカァッ!
天井に埋め込まれたダウンライトと、巨大なLEDシーリングライトが一斉に点灯し、夕暮れ時で薄暗くなりかけていた部屋を一瞬にして真昼のような明るさで照らし出した。
「「「ひっ!?」」」
三人が悲鳴を上げて目を覆う。
「ま、魔法陣もないのに光ったで!? 無詠唱の光魔法か!?」
「マモル様! 天井に、天井に小さな太陽がいくつも閉じ込められてますわ!」
「落ち着け。ただの照明(電気)だ」
騒ぐリーザとニャングルをよそに、キャルルは恐る恐るカウチソファに腰を下ろし――そのまま「ふにゃあっ」と奇妙な声を上げて沈み込んだ。
「きゃ、キャルル!? 大丈夫か!?」
「うにゅうぅ……ニャングル、これヤバい……。お尻が、背中が、雲に包まれてるみたい……もう立てないかもぉ……」
ソファのクッション性に完全に敗北し、キャルルはだらしなく寝そべっている。
「ちょっとお茶を淹れるから、待っててくれ」
真守はアイランドキッチンに立ち、吊り戸棚からグラスを四つ取り出した。そして、浄水器一体型の水栓レバーを捻る。
ジャーッ。
「お、お水が……! 蛇口から勝手にお水が出ましたわ!?」
「なんだそのリアクション。水くらい出るだろ」
「出ませんわ! ポポロ村の井戸だって、ポンプをギコギコしないと出ないんですのよ!? しかも、その水、魔力の気配が全くないのに、どうしてそんなに勢いよく……!」
リーザがキッチンカウンターに張り付き、食い入るように蛇口を見つめている。
真守はレバーをお湯側に回した。
「水だけじゃないぞ。こうすれば、お湯も出る」
湯気を立てて流れ出るお湯を見て、今度はキャルルとニャングルがソファから跳ね起きた。
「お、お湯!? 火魔石も使わずに、なんでお湯が出るんや!?」
「水魔法と火魔法の合成……いえ、それ以上の何かです! マモルさん、貴方いったい何者なんですか!?」
ただ蛇口を捻っただけなのに、伝説の魔法使いか何かを見るような目を向けられている。
「……俺たちの日常インフラって、異世界じゃ神の奇跡レベルなんだな」
真守は内心で少しだけ優越感に浸りつつ、システムキッチンの奥にある大型冷蔵庫のドアに手を掛けた。
「冷たいお茶にするか。麦茶でいいか?」
ガチャリ。
冷蔵庫のドアが開いた瞬間、白い冷気がふわりとキッチンに漏れ出した。
「冷たっ!? な、なんやその巨大な箱は! 中から極寒の吹雪が漏れ出しとるで!」
ニャングルの猫耳が恐怖にペタンと伏せられる。
「氷魔石を使った最高級の魔導冷蔵庫……! 大国の王族しか持っていないような代物が、どうしてこんな無造作に置かれているの!?」
「魔導じゃなくて電気冷蔵庫だけどな」
真守は冷蔵庫のドアポケットから、作り置きしてあった水出し麦茶のピッチャーを取り出し、四つのグラスに注いだ。カラン、と氷が涼しげな音を立てる。自動製氷機で作られた完璧なキューブ型の氷だ。
「さ、飲んでくれ」
リビングのテーブルにグラスを並べる。
リーザが恐る恐るグラスを両手で包み込んだ。
「つ、冷たぁい……! しかも、氷が四角くて透明……まるで宝石みたいですわ!」
ゴクリ。
リーザが麦茶を一口飲んだ瞬間、ビクンッと身体を震わせた。
「美味しい……! 冷たくて、香ばしくて、喉の奥がスッキリしますうう! いつも公園で飲んでる泥水とは比べ物になりませんわ!」
「……お前、普段どんな生活してるんだよ」
真守がドン引きしている横で、キャルルとニャングルも麦茶を飲み干し、感嘆の息を漏らしていた。
「ぷはぁっ! なんやこれ、生き返るわぁ……」
「香ばしいお茶ですね。それに、この冷たさ……こんな贅沢、王宮でも滅多に味わえませんよ」
キャルルがうっとりとした表情でグラスを見つめる。
しかし、ニャングルだけは違った。彼は麦茶を飲んだ後、ガクガクと震えながら算盤を弾き始めたのだ。
「あかん……計算が合わへん……」
「どうしたニャングル?」
「マモル、あんたのこの『家』の資産価値や。この絶対防御のフェンス、隙間のない建材、無詠唱の光魔法(LED)、無限にお湯が出るアーティファクト、そしてこの巨大な氷魔法の箱……。これを全部金貨に換算したら、ルナミス帝国の国家予算が数年分吹き飛ぶで……! 夢や、ワテは夢を見とるんや……!」
ニャングルは頭を抱え、フローリングの床に突っ伏して白目を剥いた。
「大げさだな。一般家庭の普通の設備だぞ」
「普通じゃありません! マモルさん、貴方のお家、世界で一番素晴らしいです!」
キャルルがウサギの耳をパタパタと揺らしながら、尊敬の眼差しを向けてくる。
「マモルP……いえ、マモル神様! 一生、いえ末代まで養ってください! 私、掃除でも洗濯でもなんでもしますわーっ!」
リーザが再び真守の足元にすがりつき、顔をスリスリと擦り付けてきた。
「おい、やめろ。冷たい麦茶一杯で神様扱いするな」
真守はリーザを引き剥がしながら、大きくため息をついた。
35年ローンを組まされ、婚約破棄され、自暴自棄になっていた地球での日々。
だが、異世界に持ってきたこの『家』は、予想以上に彼に平穏と、ほんの少しの優越感をもたらしてくれそうだった。
「……ま、とりあえず、今日はゆっくりしていくといい」
真守がそう言うと、キャルルとリーザは「わぁーっ!」と歓声を上げ、再びふかふかのソファへとダイブしていった。
床に倒れたままのニャングルからは、「金貨の雨が降ってくるぅ……」と、完全に思考を放棄したうわ言が聞こえていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「現代インフラ、異世界だとオーパーツすぎる笑」
「麦茶と氷で陥落するヒロインたち」
「ニャングル、計算できなくて白目剥いてるの草」
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次回、第5話「不法侵入とオカン飯」!
勝手に忍び込んできたリーザに、マモル先生が極上の手料理を振る舞います。お楽しみに!




