タダ飯人魚とポポロ村
タダ飯人魚とポポロ村
レッドボアを打倒したマモルは、足元で「一生養ってください」と喚く芋ジャージの人魚・リーザをどうにか引き剥がした。
「養うのは無理だが、とりあえず人が住んでる場所を案内してくれないか。俺はここら辺の地理に詳しくないんだ」
「お安い御用ですわ! 私のホームグラウンドであるポポロ村にご案内します! ……あ、でも、あの立派な箱(お家)はどうするんですの?」
リーザがマモルの背後にそびえ立つ、真新しい5LDKの一戸建てを指差す。
「ああ、これか」
マモルが頭の中で『収納』をイメージすると、空間が歪み、巨大な家は音もなく虚空へと吸い込まれ、完全に消失した。
「ひええっ!? お家が消えましたわ!?」
「『マイホーム』を自由に出し入れできるスキルだからな。よし、これで身軽になった。案内を頼む」
「は、ははぁーっ! マモル様、一生ついていきますうう!」
こうしてマモルは、すっかり忠犬……ならぬ忠魚と化したリーザに案内され、森を抜けることになった。
歩くこと数十分。森を抜けた先に広がっていたのは、想像以上に活気のある集落だった。
木造とレンガ造りの家屋が入り混じり、遠くにはのどかな農地が広がっている。しかし、そこを歩く住人たちは、頭に獣の耳が生えていたり、背中に羽があったりと、ファンタジー色全開だ。
「ここがポポロ村ですわ。ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国っていう三つの大国のちょうど境目にある、緩衝地帯なんですの」
「なるほど、国境の村か。どうりで色々な種族がいるわけだ」
マモルが周囲を観察していると、前方から二人の人影が近づいてきた。
「あ、リーザちゃん! 大丈夫だった? レッドボアが出たって聞いて心配してたんだから!」
駆け寄ってきたのは、動きやすい現代風のスポーティウェアを着こなす、ウサギの耳が生えた美少女だった。足元にはなぜかごつい安全靴を履いており、手には人参の刺繍が入った可愛らしいハンカチを握っている。
その後ろからは、煙管を咥え、算盤を片手に持った猫耳の青年が、けだるそうについてきた。
「どうしたんやリーザ。それに、そっちの見慣れん兄ちゃんは誰や?」
コテコテの関西弁を喋る猫耳青年が、ジロリとマモルを値踏みするような視線で見る。
「聞いてよキャルル、ニャングル! この方は私の新しいスポンサーで、マモルPよ!」
「……P? 誰がプロデューサーだ」
リーザの適当すぎる紹介に、マモルはすかさずツッコミを入れる。
ウサギ耳の美少女――キャルルが、少し警戒を解いてぺこりと頭を下げた。
「初めまして。私、このポポロ村で村長をしているキャルル・ムーンハートと言います。リーザちゃんを助けてくれたんですか?」
「初めまして、加藤真守だ。たまたま通りかかっただけだよ」
「ワテはゴルド商会のニャングルや。この村の財務を預かっとる」
ニャングルは煙管の煙をふぅと吐き出し、訝しげに目を細めた。
「で、そのマモルとやらが、この村に何の用やねん。怪しいなぁ……」
「悪いけど、しばらくこの村に住まわせて欲しいんだ。行く当てがなくてね」
マモルが率直に要請すると、ニャングルの猫耳がピクリと反応し、即座に両腕でバツ印を作った。
「あきまへん! ポポロ村に空き部屋なんか一つもないんや! それに、あんたのその格好……どう見ても家賃を払えるような身分やないやろ。よそ者は帰った帰った!」
異世界に転移したままのマモルの服装は、くたびれたワイシャツにスラックスという、しがない数学教師の仕事着のままである。金の亡者らしいニャングルの目には、無一文の不審者にしか映らなかったのだろう。
「待ってニャングル! 可哀想よ!」
キャルルがマモルの前に立ち塞がり、両手を広げて庇う。
「マモルさんはリーザちゃんの命の恩人なんだよ!? 行く当てがないなら、私が村長権限でなんとかするから!」
(……この村長、見た目は可愛いが、ちょっとお人好しが過ぎるな。騙されて借金とか背負わなきゃいいが)
マモルがキャルルの純真さに少し感心していると、横でリーザが豹変した。
「そうですわ! 私の大事なマモルPを困らせたら、アンタの全財産、一円残らず吸い込んじゃうわよ!」
リーザはどこから取り出したのか、木箱に掃除機のホースがついたような不気味な魔道具『お賽銭箱型掃除機』をガチャンと構えた。
「ちょっ、お前それ物騒なもん向けんなや! ワテの命より大事な金貨が吸われるやろが!」
「吸いますわ! 容赦なく吸い尽くして差し上げますわーっ!」
「待って待って! 喧嘩はダメだよ二人とも!」
突如始まった異世界人たちのカオスなコントに、マモルは深くため息をついた。
「……おいリーザ、その変な掃除機をしまえ。それからニャングルと言ったな」
「な、なんやねん」
「空き部屋と家賃の問題なら、なんとか解決できそうなんだ」
「なんやて? 金貨でも持っとるんか?」
「いや。家なら持ってるからな」
「……は?」
キャルルとニャングルが、揃って間抜けな声を漏らした。
「口で説明するより早い。ちょっと開けた安全な場所を案内してくれ」
マモルに押し切られる形で、一行は村の外れにある見晴らしの良い空き地へと移動した。
周囲には他の家屋もなく、広さも十分にある。
「さぁ、ええ場所に来たで。ここでどうやって家賃の問題を解決するっちゅーねん」
腕を組んで疑いの目を向けるニャングルと、小首を傾げるキャルル。リーザだけは、「アレが来ますわ……!」と興奮気味に息を荒らげている。
マモルは、空き地の中央に立ち、先ほどと同じように強くイメージを練り上げた。
35年フルローンの重み。一戸建てへの執念。
「出ろ……俺の、マイホームッ!!」
直後、空き地の空間が大きく歪んだ。
ズドドォォォォンッ!!
大地を揺らす轟音と共に、突如として巨大な建造物が村の外れに出現した。
黒と白のシックなツートンカラーの外壁。二階建ての5LDK。広々としたビルトインガレージと、敷地を囲む頑丈なアルミフェンス。南向きの庭には家庭菜園用の黒土が敷き詰められている。
現代日本の建築技術と、マモルの血と涙の結晶である『新築一戸建て』が、ファンタジー世界の青空の下に完全な姿で顕現したのだ。
「「「エエエエェェェ!?」」」
キャルルとニャングルの絶叫が、のどかなポポロ村に響き渡った。
一度見ているはずのリーザも、改めて見るその巨大さに「やっぱり凄いですわあああ!」と一緒になって叫んでいる。
「ど、どういうことやねんこれ!? 魔法か!? 無から巨大な城が現れたで!?」
ニャングルが腰を抜かして地面にへたり込み、算盤を落とす。
「お、お城……いえ、それ以上です! 窓が全部、一点の曇りもない透明なガラス!? 壁も見たことがない素材で出来てる……!」
キャルルも目を丸くして、アルミフェンスの隙間から家を食い入るように見つめている。
「俺のユニークスキルだ。だから空き部屋は必要ない。ここで寝泊まりするからな」
マモルはワイシャツの袖をまくりながら、事も無げに言った。
「あ、ちなみにこのフェンスの内側は俺の私有地で、絶対防御の結界が張ってある。不法侵入しようとすると魔物の突進でも弾き返されるから、勝手に乗り越えようとするなよ」
「ぜ、絶対防御の結界やと……!?」
驚愕で口をパクパクさせる異世界人たちを前に、マモルはポケットから鍵を取り出し、門扉のロックをガチャリと開けた。
「立ち話もなんだ。さぁ、入ってくれ。せっかくだからお茶でも出すよ」
「ひゃあ……お邪魔しますぅ……!」
「わ、ワテもええんか……?」
ビクビクとしながらも、好奇心に勝てず足を踏み入れるキャルルたち。
マモルは、35年ローンを背負わされた絶望の象徴である我が家が、異世界でここまで大層なリアクションを引き出していることに、少しだけ胸のすく思いがした。
「(……ま、案外悪くないスキルかもしれないな)」
密かにほくそ笑みながら、マモルは村の長と金の亡者、そしてタダ飯狙いの人魚を、現代インフラの暴力が待ち受ける我が家へと招き入れたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「マイホーム召喚のインパクト最高!笑」
「リーザの物騒な掃除機が気になる」
「キャルルとニャングルのリアクションが良い!」
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次回、第4話「現代インフラの衝撃」!
マモル先生の家の「設備」が、異世界人たちの度肝を抜きます! お楽しみに!




