爆弾処理とルナの異常な解体
爆弾処理とルナの異常な解体
ピピッ、ピピッ、ピピピピピピ……!!
ポポロ村の集会所に、死を告げる無慈悲な電子音が鳴り響く。
犯罪組織『ナンバーズ』の幹部・スリーに見捨てられ、遠隔操作で『奴隷の魔導爆破首輪』を起動された火原は、床の上を転げ回りながら絶叫していた。
「いやだぁぁっ! 死にたくねぇ! 誰か、誰か助けてくれぇぇっ!」
首輪の強烈な赤い点滅は、内部の火炎魔石が臨界点に達しようとしている証拠だ。爆発までのタイムリミットは、およそ残り一分。
「全員、集会所から直ちに退避しろ! キャルル、村人たちを誘導するんだ! リーザとルチアナもさっさと外へ出ろ!」
スーツ姿の加藤真守が、鋭い声で号令を飛ばす。
「ひぃぃっ! 五十万円の借金を背負った上に爆死なんて嫌ですわーっ!」
「リーザ先輩、早く逃げるわよ! 神様の私が巻き添えなんて冗談じゃないわ!」
泥だらけのジャージ姿の底辺コンビが、悲鳴を上げながら村人たちと共に集会所の外へと雪崩れ込んでいく。
「お、おい! インテリのスーツ兄ちゃん! あんた頭いいんだろ!? 法律とか詳しいんだろ!? なんとかしてくれよぉっ!」
逃げ遅れた火原が、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらマモルのスーツの裾にすがりついた。
「バカ言え! これは特定商取引法じゃなくて物理的な爆弾だ!」
マモルは舌打ちをし、火原の首輪を素早く観察した。
「……ダメだ。魔力圧縮型の時限爆弾の上に、何重にもトラップ回路が組まれている。パスワードなしで物理的に外そうとすれば、その瞬間に起爆する『解体防止機構』付きだ。いくら俺でも、工具なしの残り四十秒で解除するのは不可能だぞ!」
「そんなぁぁっ! 俺はただ、クーラーの効いた部屋で美味い飯を食って、誰とも争わずに平和に暮らしたかっただけなのにぃっ!」
火原がこの期に及んで己の小悪党根性を叫びながら、床をバンバンと叩いて号泣する。
爆発まで、残り三十秒。
万事休す。マモルでさえも、火原を見捨てて外へ飛び出すしかないと決断しかけた、その時だった。
「あらあら。首輪がキツくて、とっても苦しそうですわね」
パニックに陥る集会所の中に、場違いなほど穏やかで、ふんわりとした声が響いた。
純白のドレスを揺らしながら、天然サイコパスエルフのルナ・シンフォニアが、天使のような無邪気な微笑みを浮かべて火原の元へと歩み寄ってきたのだ。
「る、ルナ!? バカ、近づくな! そいつの首輪が爆発するぞ!」
マモルが血相を変えて叫ぶ。
しかし、ルナは全く意に介さない。彼女の目には『危険な時限爆弾』ではなく、『可哀想なおじさんの首を絞めつけている、窮屈な鉄の輪っか』にしか見えていないのだ。
「大丈夫ですわ、マモル様。こんな冷たい鉄の輪っかに縛り付けられるなんて、人間さんが可哀想ですもの。私が、すぐに楽にして差し上げますわね」
ルナは、赤く激しく点滅し、高熱を発し始めている爆破首輪に、躊躇いもなくその白く細い両手を添えた。
「植物さん。この窮屈な鉄の輪っかを、優しい土へと還してあげてくださいな♡」
ルナが慈愛に満ちた声で囁いた瞬間。
彼女の手のひらから、世界樹の純粋にして莫大な魔力が、淡い緑色の光となって首輪を包み込んだ。
ピピピピピ――……。
けたたましく鳴っていた警告音が、突然、間延びしたようなくぐもった音に変わる。
マモルの伊達メガネの奥の瞳が、驚愕に見開かれた。
ルナが放ったのは、爆弾の導線を切るような『解体』の魔法ではない。
強固な鋼鉄と魔導回路で構成された首輪の表面に、瞬く間に『赤茶色の錆』が浮き上がり始めたのだ。
それは、本来であれば数百年、数千年という途方もない時間をかけて起こるはずの『風化』と『腐食』のプロセスだった。世界樹の魔力により、無機物の時間が極限まで加速させられたのである。
メリッ、ボロッ……。
絶対的な強度を誇っていたはずの奴隷の魔導爆破首輪が、まるで枯れ葉のように脆く崩れ始める。
内部で臨界に達しようとしていた火炎魔石も、魔力を通す回路そのものが土へと還ったことで、虚しく光を失い、ただの石ころへと変わっていった。
サラサラサラ……。
爆発まで残り三秒というところで、火原の首を締め付けていた凶悪な爆弾は、完全に無害な赤茶色の砂となって、床の上へと崩れ落ちた。
「…………」
「…………」
集会所に、奇妙な静寂が降り降りた。
ルナは「うふふ、これで苦しくありませんわね♡」と、両手についた砂をパンパンと払っている。
(……爆弾を解除するのではなく、爆弾という概念ごと風化させて土に還しただと……?)
マモルは、床に散らばったただの砂をジッと見つめながら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
(間違いない。魔王軍よりも、野盗の古代兵器よりも、うちのシェアハウスに住んでいるこの『善意100%のサイコパス』が、この世界で一番恐ろしいバケモノだ)
一方、死の恐怖から解放された火原は、ポカンと口を開けたまま、自分の首を両手でペタペタと触っていた。
ない。
炭鉱奴隷に堕ちてからずっと自分の命を握り続けていた、あの重く冷たい鉄の感触がない。
「た、助かった……?」
火原は、へたり込んだまま、呆然と呟いた。
「俺……生きてる。爆発しなかった……!」
極限の恐怖から生還した安堵。それが全身に満ちた直後、火原の中で、ある『歪んだ感情』が急速に頭をもたげてきた。
命を救われたことへの感謝ではない。
自分の完璧な詐欺ビジネスを完膚なきまでに論破し、現場で鍛えた腕力すらも赤子の手をひねるようにあしらい、自分をこんな惨めな姿に追いやった『スーツの男』への、逆恨みとプライドである。
「……ふざ、けんなよ」
火原は、床に散らばった爆弾の砂を強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。
その目は、完全に血走っていた。
「テメェ……俺をコケにしやがって。俺のシノギを潰して、スリーさんにも見捨てられて……俺の人生、全部台無しじゃねぇか!」
「自業自得だ。大人しく自警団に縛られろ。それでお前の命のクーリングオフは完了だ」
マモルが三節棍を構え直し、冷酷に言い放つ。
「黙れェェッ! 誰が縛られるか! 俺は現場の男だ! 逃げてばかりの奴隷じゃねぇんだよ!」
火原が、狂ったように両腕を広げた。
「俺の『コピー』は、泥の壺を作るだけのハズレスキルじゃねぇ! 武器屋で俺が見てきた、この世界の本物の『伝説の武器』の数々……その形を、俺の魔力で全部ここに再現してやる!」
ブワァァァァッ!
火原の全身から、ヤケクソになった強烈な魔力が吹き上がる。
詐欺師として逃げ回っていた小悪党が、初めて自らのプライドを懸けて、真っ向からマモルを殺しにきた瞬間だった。
空間が歪み、火原の両手と背後に、見た目だけは圧倒的な威圧感を放つ『聖剣』や『魔槍』のコピーが次々と具現化し始める。
「インテリヤクザ! テメェだけは絶対にぶち殺して、俺は平和な暮らしを取り戻すんだよォォォッ!!」
現場の男の意地と、薄っぺらい劣化コピーの刃が、マモルに向けて解き放たれようとしていた。
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