逆上するガテン系詐欺師と見捨てられた駒
逆上するガテン系詐欺師と見捨てられた駒
「オラァァァァッ!! インテリぶったスーツ野郎が! 現場の腕力を舐めんなよォォッ!」
ポポロ村の集会所。
自らの詐欺商法を完全に論破され、国宝のレプリカ(泥団子)を粉砕された火原は、怒りで顔を真っ赤にしながら、加藤真守に向かって突進した。
タローマン製の作業着の下で隆起する、炭鉱労働で鍛え上げられた鋼のような筋肉。
そこから放たれる右ストレートは、確かに空気を裂くほどの重さと威力を伴っていた。まともに食らえば、一般人なら首の骨が折れてもおかしくない。
「マモルさんっ!」
キャルルが悲鳴を上げる。
だが。
真っ直ぐに飛んでくるその豪腕を前にして、マモルは伊達メガネの奥の瞳を僅かたりとも揺らさなかった。
「現場の腕力だと? 笑わせるな」
マモルは、革靴の踵を軸にして、スッと半身を開いた。
火原の巨大な拳が、マモルの顔面を掠めて空を切る。
その瞬間、マモルは火原の太い手首を右手でふわりと掴み、左手に持った特製三節棍の柄を、火原の肘の関節にスッと添えた。
「なっ……!?」
「力任せの直線的な攻撃ほど、ベクトル(方向)を操作しやすいものはない。お前のパンチは、威力が高い分だけ『自滅』への推進力になるんだよ」
マモルは合気道の理合を用い、火原の突進する運動エネルギーを殺すことなく、そのまま円を描くように下方へと誘導した。
「う、うおおぉぉっ!?」
火原の巨体が、自らのパンチの勢いを利用され、コマのように空中で一回転する。
そして――。
ズドゴォォォォンッ!!!
「がっ……はぁっ!?」
集会所の木の床が軋むほどの激しい音を立てて、火原は背中から強かに地面へと叩きつけられた。
肺から空気が強制的に絞り出され、火原は白目を剥いてカエルが潰れたような声を漏らす。
「腕力に頼った挙句に、基礎的な重心移動すらできていない。お前の格闘技術も、お前の『コピースキル』と同じだ」
マモルは、倒れ伏す火原の胸ぐらに三節棍の先端を突きつけ、見下ろした。
「見た目だけは派手だが、中身(技術)がスッカスカなんだよ。100均のプラスチックハンマーの方がまだマシだな」
「ぐ、ぐぅぅっ……い、痛ぇぇっ……!」
火原は脂汗を流しながら、床の上で悶え苦しんだ。
「お、俺は……俺はただ、誰も傷つけずに平和に小銭を稼ごうとしただけじゃねぇか! 俺は平和の伝道師だぞ! なんでこんなインテリヤクザみてぇな男にボコられなきゃならねぇんだ!」
「まだ言うか」
マモルは、冷酷なオカンの目で火原を睨み据えた。
「お前が愛しているのは『平和』じゃない。『騙しやすいカモがいて、自分が安全圏から甘い汁を吸える都合の良い環境』だろうが。他人が血と汗を流して維持している社会インフラに寄生するだけの小悪党が、偉そうに平和を語るな」
「い、痛ぇっ! 正論で殴るな! 俺だって……俺だって、好きでこんなことやってるわけじゃねぇんだよぉっ!」
火原が涙目で叫ぶ。
「五円玉詐欺の奴ら(リーザとルチアナ)もそうだが、お前らみたいなセコい詐欺師は、すぐに環境のせいにして被害者ぶるからタチが悪い」
マモルが冷ややかに言い捨てる。
形勢は完全に決した。
村人たちも「自業自得だべ」「自警団を呼んでこい!」と火原を取り囲む。
このままでは、再び憲兵隊に引き渡され、今度こそ一生地下の炭鉱から出られない。それどころか、暴行しない券の件で怒り心頭のポポロ村の村民たちに、袋叩きにされる可能性すらある。
「くそっ……こうなったら……!」
火原は這いつくばりながら、懐から黒く光る『魔導通信石』を取り出した。
「スリーさん! スリーさん! 聞いてるんだろ!? 助けてくれ! 話が違うじゃねぇか! この村にはヤバいスーツの男がいるぞ!」
火原が通信石に向かって必死に叫ぶ。
「……スリー?」
マモルが眉をひそめた。
『――やれやれ。騒々しい男だ』
直後。
集会所の空間が、まるで水面のようにぐにゃりと歪んだ。
そして、歪んだ空間の中から、一人の男が音もなく姿を現した。
「なっ……テレポート(空間転移)の魔法だと!?」
マモルが警戒して三節棍を構え直す。
現れたのは、上質なシルクのローブを身に纏い、顔の上半分を覆う不気味な仮面をつけた男だった。
犯罪者集団『ナンバーズ』のNo.3。表の顔は大陸を股にかける大商人であるギリルク。
彼の醸し出す空気は、火原のようなセコい小悪党とは根本的に違う、底知れない冷酷さと本物の『悪』の気配を纏っていた。
「ス、スリーさん! 助けに来てくれたんですね!」
火原が尻尾を振る犬のように、スリーの足元へと這い寄る。
「こいつです! このインテリ野郎が、俺たちのシノギを邪魔したんです! スリーさんの魔法で、こいつをバラバラにしてやってください!」
しかし。
スリーは仮面の奥の冷たい瞳で、足元にすがりつく火原を見下ろした。
「……私の用意した国宝のレプリカを、無知な農民に売り捌く。そんな簡単な仕事すら完遂できず、挙句の果てに騒ぎを起こして私を呼び出すとは。本当に、救いようのない無能な駒だな、お前は」
「え……?」
火原の顔から、一瞬で希望の光が消え失せた。
「ス、スリーさん……? 何を言って……」
「お前の粗悪なコピースキルは、我が『ナンバーズ』の兵站を潤すために少しばかり利用価値があったが……ここまで派手に尻尾を出した以上、もはや不良債権だ。トカゲの尻尾切りという言葉を知っているか?」
「ま、待ってくれ! 俺はまだやれます! いくらでも壺をコピーしますから!」
火原が必死にすがりつくが、スリーは革靴の先端で火原の顔面を無慈悲に蹴り飛ばした。
「がはっ!」
「お前のようなゴミは、我が組織の情報を漏らす前に消えてもらう。その首輪……私が炭鉱からお前を連れ出すために、一時的に『起爆コード』を書き換えて管理権限を握っていたのを忘れたか?」
スリーが懐から小さな魔導スイッチを取り出した瞬間。
火原の首に嵌められた『奴隷の魔導爆破首輪』が、不気味な赤い光を点滅させ始めた。
ピピッ。ピピッ。ピピッ。
「あ……あああ……っ!?」
火原が喉を掻きむしりながら、絶望の叫びを上げた。
「う、嘘だろ!? やめろ! やめてくれぇぇぇっ!!」
「マモルさん! あの首輪、魔力が急激に膨張してるよ!」
キャルルがウサギの耳を立てて危険を察知する。
「ポポロ村の皆様、そしてそこの法務担当殿。我が組織の末端が大変お騒がせした。お詫びと言ってはなんだが……彼から放たれる『美しい血の華』で、ご機嫌を直していただきたい」
スリーは冷笑を浮かべると、再び空間を歪ませた。
「逃がすか!」
マモルが三節棍を振り抜くが、スリーの姿は幻のように空間に溶け込み、すでにテレポートで完全に逃亡した後だった。
「チッ……!」
残されたのは、パニックに陥った村人たちと、首の爆弾のカウントダウンに泣き叫ぶ火原だけである。
ピピッ、ピピッ、ピピピピピピ……!!
首輪の赤い点滅が、急激に速度を上げ始める。
「いやだ! 死にたくねぇ! 俺はまだ……豪邸に住んで、美味い飯を食って……平和に暮らしたいだけなんだよぉぉっ!!」
火原が涙と鼻水を撒き散らしながら、床の上で転げ回る。
「マモルさん、どうしよう! このままだと集会所ごと吹き飛んじゃうよ!」
キャルルがパニックになる。
「クソッ、解除コードも分からない魔導爆弾だぞ。いくら俺でも、この短時間で構造を解析して解体するのは不可能だ!」
マモルが額に冷や汗を滲ませた。
爆発まで、残りおよそ一分。
詐欺師の自業自得とはいえ、このままでは村人たちを巻き込んだ大惨事になる。
絶体絶命のピンチ。だが、その時。
「あらあら。首輪がキツくて、とっても苦しそうですわね」
集会所の入り口から、ふんわりとした純白のドレスを揺らしながら、天然サイコパスエルフのルナ・シンフォニアが、天使のような無邪気な微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「る、ルナ……!?」
異世界最凶の『善意』が、爆発寸前の時限爆弾に、常軌を逸した解決策をもたらそうとしていた。
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