特定商取引法と粗悪品の証明
特定商取引法と粗悪品の証明
「な、なんだテメェは! いきなり乗り込んできやがって!」
ポポロ村の集会所。
胡散臭い開運セミナーの真っ最中に乱入してきた、スーツ姿の加藤真守に対し、火原は威圧するように声を荒げた。
「俺は、ポポロ村の村長代理にして法務・コンプライアンス担当の加藤だ」
マモルは、伊達メガネのブリッジを中指でクイッと押し上げ、冷徹な視線で火原を射抜いた。
「お前のやっていることは、消費者契約法における『不実告知』および『威迫困惑』、さらに特定商取引法に抵触する極めて悪質な詐欺だ。ただちに営業を停止しろ」
「はぁ? とくてー……なんちゃら? 知らねぇな、そんな小難しい呪文(魔法)は!」
火原は鼻で笑い、集会所に集まった村人たちに向けて両手を広げた。
「皆様! この男こそ、村の平和と経済を乱す『悪霊』です! 私は、皆さんが幸せになるために、この国宝級の魔導遺物を『たったの金貨百枚』でお譲りしようとしているだけだ! それを邪魔するとは、何たる営業妨害!」
「そうだそうだ! 火原さんは俺たちを救ってくれるんだべ!」
「源蔵さんの幸せを邪魔すんな!」
火原の巧みな演説と『サクラ』的な煽りに乗せられ、洗脳状態にある村人たちがマモルに向けてブーイングを飛ばし始める。
「(ひゃはははっ! 田舎の集団心理を舐めんなよ、インテリ野郎! ここは俺の独壇場だ!)」
火原は心の中で勝ち誇った。
しかし、マモルの表情はピクリとも動かなかった。
彼はスーツの内ポケットから、泥だらけになった一枚の羊皮紙(契約書)を取り出し、村人たちに向けて掲げた。
「俺の後ろにいる、アホな居候二人がお前と交わした契約書だ」
マモルは、バインダーで契約書をバンッ!と叩いた。
「この第8条。『封を開けた瞬間に神聖な波動が定着するため、いかなる理由・瑕疵があろうとも返品・返金・クーリングオフは不可とする』。……火原、お前はこの条文を盾にして、粗悪品を売り逃げする気満々だな?」
「そ、それがどうした! 神聖な儀式なんだから、一度開けたら返品不可は当然のルールだろうが!」
「笑わせるな」
マモルの声が、集会所の空気を凍りつかせた。
「現代社会において、消費者に一方的に不当な不利益を与える条項は『無効』とされる! ましてや、訪問販売やセミナー商法において、クーリングオフの権利を奪うような特約は、法律上いっさい認められていない! これは、消費者を泣き寝入りさせるための悪質な『解約妨害』に過ぎない!」
「だーくぱたーん……!?」
火原の脳内で、聞いたことのない現代ビジネス用語が処理しきれずにパンクし始める。
「そもそも」
マモルは、火原がステージに大事そうに飾っていた『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』を指差した。
「そんな不当な契約書を交わしてまでお前が売りつけようとしているその壺は、金貨百枚どころか、銅貨一枚の価値もない『ただの泥の塊』だ」
「なっ……テメェ! 古代魔導帝国の国宝をゴミ呼ばわりだとォ!?」
火原が顔を真っ赤にして激怒したフリをする。
「これはなぁ! 俺が命懸けで遺跡から発掘してきた正真正銘の本物だ! イチャモンつけるなら証拠を出せや!」
「ああ、出してやるよ」
マモルは、腰に差していた特製三節棍をカチャリと鳴らしながら、ゆっくりとステージへ歩み寄った。
「本物の古代魔導遺物、ましてや『厄除けの聖なる壺』であれば、強固な魔力コーティングと、高温で焼き締められた圧倒的な耐久度を持っているはずだな?」
「と、当然だ! ハンマーで叩いても傷一つ付かねぇ、絶対無敵の壺だぜ!」
火原が冷や汗を流しながらも、虚勢を張って答える。
マモルは、壺の真ん前に立つと、三節棍の先端を軽く持ち上げた。
「では、その『絶対無敵の耐久度』とやらを、今ここで俺がテストしてやろう」
「は……?」
コンッ。
マモルが、三節棍の先で、壺の側面を、本当に『軽く』小突いた。
それは、ドアをノックするよりも弱い、ごくごく軽い衝撃だった。
ピキッ。
壺の表面に、亀裂が走った。
メリッ、メリメリメリメリッ……!!
「えっ」
火原が間抜けな声を漏らした。
次の瞬間。
ガシャァァァァァンッ!!!
黄金に輝いていた『国宝級の壺』は、マモルの軽いワンタップによって、まるでビスケットのように呆気なく粉々に砕け散り、ステージの上に無惨な土煙を上げた。
「…………」
「…………」
集会所が、水を打ったような静寂に包まれた。
粉々に砕けた壺の断面は、真っ黒な炭鉱の泥土そのものだった。焼成された陶器特有の光沢も、魔力回路の輝きも、何一つない。
誰がどう見ても、ただ泥を適当に固めて表面に色を塗っただけの、ハリボテの偽造品であった。
「あ……ああ……」
火原の顔面が、一瞬にして土気色に変わった。
火原のユニークスキル『粗悪複製』は、形を真似ることはできても、材質や強度は全く再現できない。その致命的な弱点を、マモルは理系の観察眼で完璧に見抜いていたのだ。
「泥沼さん、そして村人の皆さん。これが『平和の伝道師』が売ろうとしていたものの正体だ」
マモルは、足元の泥の破片を革靴で踏み躙りながら、村人たちに向かって宣言した。
「こんな100均の植木鉢以下のゴミに、金貨百枚を払う価値があると思うか?」
「だ、騙された……! ただの泥団子じゃねぇか!」
「俺たちの不安につけ込んで、こんなゴミを売りつけようとしてたのか! この詐欺師野郎!」
「訴えてやるべ!」
洗脳が解けた村人たちが、一斉に火原に向かって怒号を浴びせ始めた。
泥沼源蔵も、握りしめていた実印を床に叩きつけた。
「危ねぇところだった……マモルさん、あんたがいなけりゃ、俺はまた生米すら食えない借金地獄に落ちるところだったよ!」
「源蔵さん……私たちが間違ってたのね。もう一度、二人で畑を耕しましょう……」
泥沼夫妻が、詐欺を免れた安堵から涙ぐみ、固く手を握り合っている。
「ち……ちぃぃぃっ!」
火原が、ギリッと奥歯を噛み締めた。
完璧だったはずの霊感商法ビジネスが、たった一人のスーツの男の『論破と物理のコンプライアンス鑑定』によって、完全に粉砕されたのだ。
「テメェ……テメェェッ! よくも俺のシノギを潰しやがったなァァァッ!」
火原の目が、血走った獣のように凶悪に吊り上がった。
詐欺師としての化けの皮が剥がれ、彼の中に眠っていた『元・土木作業員』のガテン系の気性の荒さが、怒りと共に爆発する。
「小難しい理屈ばかり並べやがって……! インテリぶったスーツ野郎が! 俺はな、炭鉱で毎日ツルハシを振るってきた本物の『現場の男』なんだよォォッ!」
火原は、着ていた安物のダブルのスーツを力任せに引き裂き、その下に着込んでいたタローマン製の分厚い作業着姿を露わにした。
丸太のように太い腕には、炭鉱での過酷な労働で鍛え上げられた、鋼のような筋肉が隆起している。
「法律だのコンプライアンスだの、そんなモンはなぁ! 現場の『腕力』の前じゃ何の役にも立たねぇんだよォォッ!」
火原が、殺意を込めた右ストレートを構え、マモルに向かって凄まじい勢いで突進してきた。
それは、詐欺師の悪あがきなどではない。本物の暴力(ガテン系のパンチ)だった。
「きゃああっ! マモルさん危ない!」
キャルルが悲鳴を上げる。
だが、マモルは伊達メガネの奥の目を細め、フッと冷たく笑った。
「腕力で解決しようとするとはな。やはりお前は、平和を語る資格のないただのクズだ」
マモルは、三節棍を構え、静かに半身を開いた。
「消費者センターの恐ろしさを、その現場の身体で直接教えてやる」
粗悪品の海賊版詐欺師と、異世界のオカン系法務担当。
論破の次は、物理による完全なる『制裁』が始まろうとしていた。
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