泥沼夫妻の危機と開運セミナー
泥沼夫妻の危機と開運セミナー
ポポロ村の中央広場に隣接する、木造の大きな集会所。
普段は村の寄り合いや、農作物の品評会に使われるのどかなその場所が、今日ばかりは異様な熱気と、胡散臭い熱狂に包まれていた。
「皆様! 今の生活に満足していますか!? 不安はありませんか!?」
集会所のステージに立ち、マイク代わりの魔導拡声器を握りしめて熱弁を振るっているのは、安っぽいダブルのスーツを着た男――火原元だった。
彼の背後には、どこから持ってきたのか大きなホワイトボードが置かれ、『幸福へのピラミッド』『波動と金運の相関図』などという、意味不明だがもっともらしい図形が描かれている。
「私は悲しいのです! 魔王軍の脅威、野盗の襲撃……このアナステシア世界は、常に暴力と混沌の恐怖に晒されています! 私はそんな野蛮なことは大嫌いだ! 私は平和を愛している! 皆様が安全な村で、心穏やかに、そして『豊かに』経済を回して暮らすことこそが、私のただ一つの願いなのです!」
火原の言葉に、集まった数十人の村人たちが「おおお……」と感嘆の声を漏らす。
彼らは素朴な農民たちだ。悪徳霊感商法のプロによる『私は平和の伝道師だ(※お前らカモが減ると困るからな)』という耳触りの良い演説に、すっかり心を掌握されかけていた。
「(ひひっ、いいぞ。田舎の連中は本当に純朴で騙しやすい。やっぱり商売は平和な場所に限るぜ)」
火原は内心で舌ずりしながら、ステージの最前列に座る『本日のメインターゲット』へと視線を向けた。
最前列で、藁にもすがるような、窶れきった表情で火原を見上げている初老の男女。
ポポロ村のベテラン農家であり、最近『メロロン不倫騒動』で村中の噂の的となっている、泥沼源蔵とその妻・恵であった。
かつての泥沼夫妻は、年収一千五百万円を稼ぎ出す豪農であり、村が羨むおしどり夫婦だった。愛情たっぷりの手料理が並ぶ、温かい食卓が彼らの自慢だった。
しかし、高収入に目が眩み、禁断の魔性果実『メロロン』の栽培に手を出したことで、全てが狂った。
源蔵は、疑似キャバクラ接客をしてくる『クイーンメロロン』の甘い囁き(「女房とは別れる!」と畑で心中未遂)に狂い。
恵は、それに対抗して育てたホスト型の『プリンスメロロン』の極上の言葉(「旦那より俺を見なよ」と畑で密会)に堕ちた。
互いに魔性果実と不倫をした結果、家庭は完全に崩壊。食卓は『愛情手料理』から『タローマートの半額惣菜』へと格下げされ、現在では『冷たい生米と水道水』という、野鳥以下の食生活にまで転落していた。
離婚寸前までいった二人だったが、国家からの「農業振興補助金」を維持するためだけに離婚届を保留し、仮面夫婦(マスクメロン状態)として、冷戦状態を継続しているのだ。
「特に、そこの最前列のご夫婦! 泥沼さん、とおっしゃいましたね」
火原はステージから降り、源蔵と恵の目の前まで歩み寄った。
「貴方たちからは、非常に強く、そして悲しい『愛のすれ違い』と『貧乏神』のオーラを感じます。かつての温かい食卓を失い、生米を齧る日々……お辛かったでしょう」
「う、ううっ……!」
図星を突かれた源蔵の目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「そうなんだよ、アンタ! クイーンメロロンちゃんは、最後は俺に看取られて幸せそうに溶けていったんだ……! でも、残された俺には虚無と生米しかねぇんだよぉっ!」
「アンタのせいでしょうが! 私のプリンスくんも、最後は私を庇ってカラスに突かれて……うっ、ううっ……」
恵もハンカチで顔を覆って泣き崩れた。
「(よし、完全に精神が弱りきってる! いけるぜ!)」
火原は、持っていた風呂敷包みを恭しく広げた。
「そんな貴方たちの悲しみを浄化し、かつての愛と富を取り戻す究極のアイテムが……これです!」
ジャーン!
火原が掲げたのは、先ほどリーザたちに売りつけたものと全く同じ、黄金の装飾が施された『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』だった。
(※火原が朝から炭鉱の泥をこねて、一生懸命コピースキルで量産したものである)
「おおおっ……!」
「なんて神々しい輝きだべ……!」
村人たちからどよめきが起こる。
「この壺をリビングに置き、ご夫婦で手を合わせて祈るのです! そうすれば、壺の放つ神聖な波動が『メロロンの呪い』を完全に浄化し、貴方たちに再び夫婦円満と、莫大な富をもたらすでしょう!」
火原の言葉に、源蔵と恵は弾かれたように顔を見合わせた。
「と、富が戻る……?」
「夫婦円満に……?」
「そうです! 本来であれば、金貨千枚(一千万円)を下らない古代魔導帝国の国宝! ですが、私は平和と皆様の幸福を願う男! 今日、この会場にいる皆様に限り……特別価格の『金貨百枚(約百万円)』でお譲りします!」
火原はさらに畳み掛ける。
「しかも! 手持ちのお金がないという方のために、本日は『月利20%・特別分割幸福プラン』をご用意しました! さぁ、幸せになりたい方は、今すぐこちらの契約書に印鑑を!!」
悪徳マルチ商法の『限定感』『射幸心』『同情』のフルコンボである。
正常な判断力を失っている泥沼夫妻にとって、その言葉はまさに蜘蛛の糸に見えた。
「か、買う……買わせてくれ! 俺はもう、冷たい生米は嫌だ! 恵と、もう一度温かいシチューが食べたいんだぁっ!」
源蔵が、懐から震える手で『実印』を取り出した。
「(ひゃはははっ! チョロい! チョロすぎるぜ! これで今月の上納金はクリアだ!)」
火原が、ニチャァッといやらしい笑みを浮かべ、源蔵の目の前に契約書を差し出した。
実印が、朱肉に押し当てられる。
「さぁ、源蔵さん! ここにポンッと押すだけで、貴方は幸せに――」
その時だった。
バーーーンッ!!!
集会所の重厚な木製の両開き扉が、爆発したかのような凄まじい音を立てて蹴り開けられた。
「ひぃっ!?」
火原が驚いて契約書を取り落とす。
「そこまでだ、悪徳業者」
土煙が舞う入り口に立っていたのは、一人の男だった。
チャコールグレーの細身のスーツを隙なく着こなし、ネクタイをビシッと締め、伊達メガネの奥から絶対零度の視線を放つ男。
手には分厚いバインダーと、鈍い光を放つ三節棍。
異世界の法務・コンプライアンス担当、加藤真守の登場である。
「マ、マモルさん! 間に合ったぁ!」
マモルの後ろから、ウサギの耳を立てたキャルルが安堵の声を上げる。
「マモルP! あいつですわ! あのおじさんが、私たちに泥の壺を売りつけた詐欺師ですのーっ!」
「私の五十万円を返しなさいよぉぉっ!」
さらにその後ろから、泥だらけのジャージ姿のリーザとルチアナが、火原を指差してギャーギャーと騒ぎ立てた。
「な、なんだお前らは!? 神聖な開運セミナーの邪魔をする気か!」
火原が、咄嗟に凄んで見せる。
「営業妨害で警察を呼ぶぞ!」
「警察なら、すでにマンミアの自警団に連絡済みだ」
マモルは、革靴の音をコツコツと響かせながら、ゆっくりとステージへ向かって歩みを進めた。
その背後には、有無を言わさぬ『消費者センターの鬼』のオーラが立ち上っている。
「営業妨害? 笑わせるな。俺はポポロ村の村長代理にして法務担当として、お前の『特定商取引法違反』および『詐欺罪』の現行犯を制圧しに来ただけだ」
「と、特定……しょーとりひき……?」
火原が、聞き慣れない法律用語に目をパチクリとさせた。
「泥沼さん。その男が持っている壺は、ただの泥の塊だ。買えば夫婦円満どころか、借金で首が回らなくなって、今度は生米すら買えなくなるぞ」
マモルは源蔵の手から実印を取り上げると、バインダーをバンッ!と叩いて火原を睨み据えた。
「平和の伝道師だと? 聞いて呆れる。他人の弱みとインフラに寄生するだけのダニに、コンプライアンスの鉄槌を下してやる」
悪徳霊感商法VSオカン系教師。
田舎の集会所を舞台にした、前代未聞の『論破と物理のコンプライアンス・バトル』の幕が、今ここに切って落とされたのである。
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