オカンの鑑定と消費者センター出動
オカンの鑑定と消費者センター出動
「しっかり拭け! 絨毯の繊維の奥まで入り込んだ泥を、一ミリの妥協もなく拭き取れ! フローリングの溝もだ!」
「はいぃぃっ! 拭いてますぅぅ!」
「私の、私の美しい爪が泥だらけにぃぃ!」
加藤真守のマイホーム、一階リビング。
先ほどまでの「金運爆発・ステーキ食べ放題」という狂喜乱舞の空気は完全に消え去り、そこにはただ、泥水まみれの床を四つん這いになって半泣きで雑巾がけをする、リーザとルチアナの惨めな姿があった。
その背後で、腕を組んで仁王立ちしているマモル。
彼の手には、特売の長ネギ(折れたため夕飯の味噌汁行きが確定)に代わり、最強の教育的指導アイテムである『ガチガチに丸めたルナミス新聞』が握られている。
「……で? 改めて聞くが」
マモルは、泥だらけになった羊皮紙の契約書を指先でつまみ上げながら、冷たく見下ろした。
「この『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』とやらを、金貨五十枚……月利20%の分割払いで買わされた、と?」
「そ、そうですの……。火原っていう、安っぽいスーツを着たおじさんが、私たちに取り憑いた貧乏神を祓ってくれるって……」
リーザが雑巾を絞りながら弁明する。
「貧乏神はお前自身だろうが」
スパーーーンッ!
「あふんっ!」
「私にも疫病神が憑いてるって言われたのよ! 推しのガチャのSSR確定って言われたら、サインするしかないじゃない!」
「ガチャの排出率は神頼みじゃなくて運営のさじ加減だ!」
スパーーーンッ!
「はぶぅっ!」
リズミカルな新聞紙の破裂音と共に、二人の後頭部が見事に制裁される。
マモルは深いため息をつき、ダイニングテーブルの上に残った『壺の残骸』――黄金のコーティングが剥がれ落ちた、ドロドロの泥の塊――を手に取った。
「……マモルP、それ、本当に国宝級の魔導遺物なんですの? 水を入れただけで溶けましたけど……」
リーザが恐る恐る尋ねる。
「国宝なわけがないだろう。これはただの悪質な『海賊版(偽造品)』だ」
マモルは、壺の破片の断面を指で弾いた。
「いいか? 本物の陶磁器というのは、高温の窯で土の成分をガラス化させることで、水を通さない強固な構造を作る。だが、こいつはどうだ。断面が黒くボロボロと崩れる。これは焼成すらされていない、そこらの炭鉱の泥土をただ魔力か何かで適当に固めただけのシロモノだ」
「た、ただの泥……!?」
「ああ。しかも、この表面の神々しい黄金の装飾と古代魔導文字……一見すると本物そっくりだが、回路が完全に死んでいる。魔力を通すための『導線』が繋がっていないんだ。つまり、製作者は魔導工学の知識ゼロで、ただ『外見の形だけ』を丸写ししたということだ。強度は百円ショップの素焼きの植木鉢以下。水を入れたら泥に戻って溶けるのは当然の物理法則だ」
マモルの容赦ない理系鑑定によって、二人の抱いていた「金運爆発の夢」は、完全なゴミへと格下げされた。
「そ、そんな……! 形だけを真似た偽物……!?」
「私の五十万円が! 月利20%の借金が、ただの泥水だったってことぉぉ!?」
ルチアナが顔を覆って絶望の悲鳴を上げる。
「問題は、この壺のポンコツ具合だけじゃない」
マモルは、泥だらけの羊皮紙(契約書)をテーブルに叩きつけた。
「この契約書だ。『封を開けた瞬間に波動が定着するため、返品・返金・クーリングオフは一切不可』。……特定商取引法を完全に無視した、悪質な解約妨害だ。不安を煽って契約を迫る『不実告知・威迫困惑』のコンボ。典型的な霊感商法の手口だな」
マモルの眼鏡の奥で、鋭い光がキラリと反射した。
「その火原とかいう男。他にも何か言っていなかったか?」
「えっと……確か、『私は世界が平和で、経済が回ることを祈る平和の伝道師だ』って言ってましたわ」
リーザの言葉を聞いた瞬間。
マモルの背後に、ゴゴゴゴゴ……と、消費者センターの鬼のような真っ黒なオーラが立ち上った。
「……平和の伝道師だと?」
マモルの声が、地を這うような低いトーンに変わる。
「ふざけるな。魔王軍や野盗よりもタチが悪い。治安が悪すぎれば商売が成り立たず、治安が良すぎれば法で裁かれる。だから、他人が血と汗を流して維持している『平和な社会インフラ』に寄生して、安全圏から無知な人間の不安を煽って甘い汁を吸おうとする。そういうダニみたいな小悪党が、俺は一番嫌いなんだよ」
「ひぃっ……! マモルPがマジギレしていますわ!」
「あのおじさん、絶対に殺されるわ……」
リーザとルチアナが、雑巾を抱きしめながらガタガタと震える。
マモルはクルリと踵を返し、一階の自室へと向かった。
「おい、お前ら。泥の掃除が終わったら、俺についてこい。お前らの契約書を破棄しに行くぞ」
「マ、マモルP……!」
数分後。
リビングに戻ってきたマモルの姿を見て、二人は息を呑んだ。
彼はいつものオカン系ワイシャツ姿ではなく、地球から持ってきた『勝負服』――チャコールグレーの細身のスーツを隙なく着こなし、ネクタイをビシッと締め、伊達メガネを掛けていた。
手には分厚いバインダー(六法全書代わりのルナミス帝国民法典)と、特製三節棍が握られている。
前の悪徳サブスク野盗を震え上がらせた、『異世界の法務・コンプライアンス担当』の完全復活である。
「マモルさーんっ! 大変なのっ!」
そこへ、玄関のドアを勢いよく開けて、月兎族の村長・キャルルが飛び込んできた。
彼女のウサギの耳はピンと直立し、顔には焦りの色が浮かんでいる。
「キャルル、どうした。また村の資金が持ち逃げされたか?」
「違うよ! 村の集会所に、安っぽいスーツを着た胡散臭いおじさんが勝手に『開運セミナー』っていうのをひらいて、村人を集めてるの!」
「開運セミナー(マルチ商法)だと……?」
マモルが眉をひそめる。
「うん! しかも、一番前の席に座ってるのが、最近メロロン不倫騒動で村の空気を最悪にしてる『泥沼夫妻』なの! 『この壺を買えば夫婦円満間違いなし!』って煽られてて、源蔵さんが今にも契約書にハンコを押しそうになってるのよぉっ!」
「……泥沼夫妻。あのメロロンに狂って、生米と水しか食ってない仮面夫婦か。絶好のカモ(ターゲット)を見つけたというわけだな」
マモルはバインダーをバンッ!と叩いた。
「キャルル、案内しろ。これ以上の被害者を出すわけにはいかない」
「う、うん! 分かった! ……って、マモルさん、なんでスーツ着てるの?」
「決まっているだろう」
マモルは、眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げた。
「『消費者センター』の出動だ。平和なインフラに寄生するダニに、コンプライアンスの鉄槌を下してやる」
頼もしすぎる(そして怖すぎる)オカンの背中を追いかけ、リーザとルチアナも泥だらけのジャージのまま飛び出していく。
胡散臭い霊感商法が蔓延るポポロ村の集会所に、法と物理を極めた最強のクレーマー(論破王)が、今まさに乗り込もうとしていた。
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