借金増額とハリボテの聖壺
借金増額とハリボテの聖壺
「ふふふっ……神々しい。なんて神々しい輝きなんでしょう! これぞ、私の本来のステータスにふさわしい宝具ですわ!」
「ええ! これさえあれば、毎日ステーキ、毎日大トロ、毎日タピオカミルクティーの飲み放題ですのよーっ!」
加藤真守のマイホーム、一階リビング。
オカン系教師のマモルがスーパーへの買い出し(特売日の卵狙い)で不在にしているその隙に、リーザとルチアナは、公園で火原から契約してきたばかりの『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』を、ダイニングテーブルの中央に鎮座させていた。
黄金の装飾が施され、古代魔導文字が浮かび上がるその壺は、一見すると博物館の特別展示室に置かれていてもおかしくないほどの重厚感と神秘性を放っている。
二人は壺の周りをぐるぐると回りながら、ヨダレを垂らして恍惚の笑みを浮かべていた。
「それにしても、あの火原とかいうおじさん、本当に親切な方でしたわね」
リーザが芋ジャージの袖で口元を拭いながら言う。
「本来なら金貨五百枚(五百万円)もする国宝級の壺を、たったの金貨五十枚(五十万円)にまけてくれた上に、特別分割払いまで用意してくれるなんて!」
「そうよそうよ! 『月利20%』の手数料なんて、推しのガチャの天井一回分にも満たないはした金だわ!」
ルチアナが、バグりにバグった駄女神の金銭感覚で豪語する。
だが、冷静に考えれば(この二人にそれを求めるのは酷だが)、『月利20%』というのは現代日本の法律では完全にアウトな超絶暴利である。
元金五十万円に対し、一ヶ月で十万円の利息がつく。複利で計算すれば、あっという間に雪だるま式に借金が膨れ上がる、絵に描いたような悪徳金融の罠だった。
しかも、火原が二人にサインさせた羊皮紙には、恐るべき一文が小さな文字で書き込まれていた。
『※本製品は、封を開けた瞬間に神聖な波動が定着し、所有者と魂のリンクを結ぶため、いかなる理由・瑕疵があろうとも返品・返金・クーリングオフは不可とします。破った場合は呪われます』
これぞ、特定商取引法を完全に無視した、詐欺師特有の『解約妨害』である。
「でも、ルチアナ。お祈りって、どうやれば金運が上がるんですの?」
リーザが不思議そうに小首を傾げる。
「えっとね……火原のおじさんは『封を開けて、清らかな心で祈れ』って言ってたけど……あ、そうだわ!」
ルチアナはポンッと手を打った。
「開運の儀式といえば『水』よ! 神聖な水を壺に注いで、それに祈りを捧げるの! ほら、ポポロ村の『聖なる泉』に陽薬草を浸して薬を作るのと同じ原理よ!」
「なるほど! さすがは腐っても女神、謎の説得力がありますわ!」
神聖な儀式(ただの思い込み)を実行するため、リーザは即座に立ち上がり、キッチンの水道の蛇口を捻った。
「マモルPの家の水道水は、ポポロ山の清流を引いている天然水ですからね! これ以上の聖水はありませんの!」
リーザはヤカンになみなみと水道水を汲み、テーブルの上の壺へと近づいた。
「さぁルチアナ! 金運爆発の儀式ですわ!」
「ええ! 来い、特上ロックバイソン肉! 来い、ウェディング推しSSR!」
ジョボボボボボボボボッ!
二人は欲にまみれた顔で、黄金の壺の中へ、ヤカンの水を勢いよくたっぷりと注ぎ込んだ。
――しかし。
彼女たちは、火原のユニークスキル『粗悪複製』の致命的な欠陥を知らなかった。
火原のスキルは、あくまで『視界に入ったものの表面的な形状』だけをコピーする能力である。彼自身に金属や陶器の成分、焼成温度、魔力伝導回路の知識が一切ないため、生み出されるコピー品は『見た目だけは完璧だが、中身はスッカスカの劣化品』となる。
この『大宇宙開運厄除けの聖なる壺』の正体も、火原がその辺の炭鉱の泥土をスキルで適当に固め、表面に金ピカのコーティングを施しただけの、超絶粗悪な『泥細工』であった。
つまり、百円ショップで売られているプラスチックの植木鉢よりも、遥かに耐久性が低いのだ。
「……あれ? ルチアナ」
「……ん? どうしたの、リーザ先輩」
水を注ぎ終えて祈ろうとした二人は、テーブルの上で起きている異変に気付いた。
ピシッ、メリメリッ……。
重厚な黄金の壺の表面に、無数のヒビが入り始めたのだ。
そして、壺の底から、茶色く濁った泥水が『ドゥルンッ』という嫌な音を立てて漏れ出してきた。
「え……?」
「つ、壺が……溶けてる……?」
ドシャァァァァァァッ!!
次の瞬間。
水を吸って限界を超えた泥土の壺は、自らの重さに耐えきれず、スライムのように無惨に崩壊した。
黄金のコーティングは剥がれ落ち、中から溢れ出した大量の泥水が、ダイニングテーブルを覆い尽くし、マモルがワックスをかけたばかりのリビングの床へと滝のように流れ落ちていく。
「いやああああぁぁぁぁっ!?」
「泥水ゥゥッ! 黄金の壺が、ただの泥の塊になりましたのーっ!?」
パニックになる二人。
数千万円の価値があるはずの国宝が、水道水を一杯入れただけで、無残な泥のペーストへと姿を変えてしまったのだ。
金運が爆発するどころか、物理的に壺が爆発(崩壊)した。
「ど、どういうことですの!? これじゃあ、お肉が食べられませんわ!」
「う、嘘でしょ!? 五十万円の借金をして、月利20%の契約書にサインしたのに! 手元に残ったのは、ただの泥水だけってことぉぉ!?」
ルチアナが、テーブルの上の泥を両手ですくい上げながら、この世の終わりのような絶望の叫びを上げた。
クーリングオフは不可。返品も不可。
残されたのは、悪徳金融並みの借金と、掃除がめちゃくちゃ面倒くさそうなリビングの惨状だけである。
「リーザ先輩! どうしよう! マモルが帰ってきたら、絶対に殺されるわ!」
「わ、分かってますの! 早く雑巾で拭いて、証拠隠滅を……ああっ、泥が絨毯に染み込んでいきますわ!」
二人が泥水まみれになりながら、半泣きで床を這いずり回っていた、まさにその時だった。
ガチャリ。
玄関の扉が開き、マイホームの主が帰還する音が響いた。
「ただいま。いやぁ、今日のタローマートのタイムセールは激戦だったな。キャベツの奪い合いで危なく……」
エコバッグをぶら下げたマモルが、リビングのドアを開けた。
そして、マモルの言葉はピタリと止まった。
「…………」
「…………」
泥水で最悪の惨状と化したダイニングテーブル。
泥だらけのジャージ姿で、雑巾を片手に硬直している貧乏神と疫病神。
そして、床に無惨に散らばる、黄金のコーティングが剥がれた泥の破片。
十秒間の、完全な沈黙。
やがて、マモルは静かにエコバッグを床に置き、特売で買ったばかりの長ネギをゆっくりと抜き取った(※ルナミス新聞が見当たらなかったため)。
「……お前ら」
地獄の底から響くような、絶対零度のオカンの声だった。
「買い出しから帰ってきたら、リビングが泥の海になってるんだが。……五秒だけ待ってやる。合理的な説明をしてみろ」
「ひぃぃぃぃっ! ご、ごめんなさいオカン! ち、違うの! これには深い訳が!」
「そ、そうですわ! 開運の壺にお祈りしようとしたら、勝手に溶けたんですのーっ!」
二人は土下座の姿勢で泥水に頭を突っ込みながら、泣き叫んで命乞いをした。
しかし、オカンの怒りのゲージはすでに振り切れていた。
「開運の壺だと!? お前ら、また怪しい霊感商法に引っかかったのか!!」
スパーーーンッ!
スパーーーンッ!
「あふんっ!」
「はぶぅっ!」
特売の長ネギ(しなりが良く、打撃武器として優秀)が、二人の後頭部にリズミカルに炸裂した。
「五十万円の借金!? 月利20%!? クーリングオフ不可だと!?」
マモルは、泥まみれの契約書(羊皮紙)を拾い上げ、その内容を見るなり、長ネギをへし折る勢いでブチギレた。
「お前らのコンプライアンス意識と金銭感覚は、一体どうなってるんだ! 特定商取引法と消費者契約法を完全に舐め腐った悪徳業者に、ホイホイとサインするバカがどこにいる!!」
「だ、だってぇぇ! お肉が食べたかったんだもーんっ!」
泥の海と化したリビングで、マモルの怒号と、ヒロインたちの情けない悲鳴が響き渡る。
五十万円の粗悪なハリボテを買わされ、残ったのは莫大な借金のみ。
しかし、異世界の法務担当が、このまま泣き寝入りを許すはずがなかった。詐欺師・火原の運命のカウントダウンは、この泥水の惨状から静かに始まろうとしていた。
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