第四章 開運の壺と、劣化コピーの海賊版撲滅編
平和主義の詐欺師と不幸を呼ぶ女たち
「……もぐ、もぐ。今日の『醤油草の塩もみ』は、いつもより少し塩気が効いてて美味しいですわね、ルチアナ」
「……それはね、リーザ先輩。私の涙が混ざっているからよ。偉大なる世界神が、どうして公園の隅っこでパンの耳と雑草を齧らなきゃいけないのよぉ……」
ポポロ村の中央広場にある、のどかな公園のベンチ。
芋ジャージの人魚姫リーザと、エンジ色ジャージの駄女神ルチアナが、並んで肩を寄せ合いながら、うらぶれた昼食(ただの草とパンの耳)を咀嚼していた。
数日前の『五円玉詐欺事件』および『死甲虫機の残骸ネコババ事件』を引き起こした罰として、加藤真守から『向こう一週間、夕飯はパンの耳と醤油草の塩もみだけ』という過酷な刑を宣告されているのだ。
二人の顔には、一切の希望がない。
ただひたすらに、「肉が食いたい」「ガチャが引きたい」という底辺特有のドス黒い欲望だけが渦巻いていた。
そんな惨めな二人を、少し離れた木の陰からジッと観察している一人の男がいた。
「(……ひひっ。こいつはいい。見事なまでに絶望しきった、極上の『カモ』の顔だ)」
男の名前は、火原 元。年齢は四十歳。
タローマン(ホームセンター)で買った安物の作業着の上に、これまた安っぽくてテカテカと光るダブルのスーツを無理やり羽織っている、ガテン系の風貌をした中年男だ。
浅黒く日焼けした肌に無精髭。ニヤリと笑うと、口元で金歯がいやらしく光る。
火原は、地球からこのアナステシア世界へと転生してきた『転生者』であった。
前世はしがない土木作業員。そして今世での現在の職業は――指名手配中の脱走奴隷、兼、悪徳霊感商法グループの末端集金係である。
彼の首元には、炭鉱奴隷時代に嵌められていた『爆破魔導首輪』の痛々しい焼け爛れた痕が、今も生々しく残っていた。
「(魔王だの、古代兵器だの、バカな連中が村を焼こうとしてたみたいだが……本当に迷惑な話だぜ)」
火原は、懐から安物の紙巻きタバコを取り出し、火をつけながら心の中で毒づいた。
「(いいか? 世界が滅んだり、村が焼き払われたりしたら、俺の壺を買ってくれる小金持ちのカモ(客)がいなくなるじゃねぇか! 俺はな、みんなが平和に暮らして、経済が回ることを誰よりも祈ってる『平和の伝道師』なんだよ!)」
そう。火原は、世界の破滅など微塵も望んでいない。
彼が愛しているのは『自分が安全圏から他人を騙して甘い汁を吸うための、平和な社会インフラ』である。
治安が悪すぎれば村人が貧乏になって詐欺が成り立たないし、自分も野盗に殺される。
逆に治安が良すぎれば、ルナミス帝国の警察に特定商取引法違反で即座に逮捕される。
だからこそ、この『三カ国の緩衝地帯であり、金回りが良く、適度に田舎で迷信深いポポロ村』は、火原にとって理想的な狩り場だったのだ。
「(さてと。まずはあの絶望してるネーチャン二人に、俺の『夢』を売ってやるとするか)」
火原は吸い殻を携帯灰皿にきっちりしまい(ポイ捨てで自警団に捕まるリスクを避ける小悪党の知恵である)、営業用の胡散臭い笑顔を顔に貼り付けて、ベンチの二人へと歩み寄った。
「おや……? そこの美しいお嬢さん方。どうやら、深いお悩みを抱えていらっしゃるようだ」
「……は? 誰ですの、おじさん。炊き出しのボランティアなら、お肉を持ってきなさいな」
リーザが、醤油草をかじりながら胡散臭そうに火原を睨む。
「お肉、ですか。なるほど。……お嬢さん方、大変申し上げにくいのですが……貴女たちの背後に、とてつもなく巨大な『貧乏神』と『疫病神』の黒いオーラが見えますぞ」
火原が大袈裟に顔をしかめ、同情するように首を振った。
「貧乏神!? ほら見なさいルチアナ! アンタが借金まみれだから、私にまで貧乏神が憑いたんですのよ!」
「失礼ね! アンタだってタダ飯ばかり食ってるから疫病神が憑いてるんでしょ! というか、どっちもアンタのことでしょリーザ先輩!」
二人はあっさりと火原の言葉を信じ込み(図星すぎたため)、ベンチの上でギャーギャーと醜い言い争いを始めた。
「(ひひっ、チョロい。知性のかけらもねぇな)」
火原は内心で舌ずりしながら、芝居がかった動作で二人の間に割って入った。
「まぁまぁ、お待ちを! 争う必要はありません! 私は開運魔導美術商にして、幸福の伝道師……火原と申します。貴女たちのような不運な方を救うために、今日はとっておきの『秘宝』をお持ちしました」
火原は、持っていた大きな風呂敷包みをベンチの上に置き、バサリと広げた。
そこから現れたのは、黄金の装飾と複雑な古代魔導文字がびっしりと刻まれた、神々しいほどに美しい『壺』だった。
「おおおっ……!?」
リーザとルチアナの瞳が、一瞬にして『¥_¥』の形に輝き始める。
無理もない。その壺は、火原が所属する犯罪組織『ナンバーズ』のNo.3(大商人スリー)が用意した『国宝級の古代魔導遺物』を、火原のユニークスキル『粗悪複製』によって完璧にトレースした代物なのだ。
見た目だけは、数千万、いや数億円の価値があるように見える。
「名付けて、『大宇宙開運厄除け・絶対幸福の聖なる壺』! この壺を部屋に置き、毎日お祈りをするだけで、貴女たちに取り憑いた貧乏神は浄化され……金運が爆発的に上昇します!」
「き、金運が爆発……!」
「そうです! これを買えば、毎日ルナミスキングで最高級ステーキが食べ放題! タローマートの半額シールを待つ必要もありません!」
「す、ステーキ食べ放題ですわーっ!」
リーザがヨダレを滝のように流して壺にすがりつく。
「さらに! くじ運も天を突き抜けます! 推しのアイドルゲームのガチャなんて、単発一回でSSRが確定排出(※個人の感想です)するほどの強烈な運気を引き寄せるのです!」
「なっ……単発で推しのウェディングSSRが……っ!?」
ルチアナが血走った目で壺を凝視し、激しく息を荒げた。
「(よし、食いついた! 完全に針を飲み込みやがったぜ!)」
火原は心中でガッツポーズを決めた。
「おじさん! その壺、いくらですの!? 私、買いますわ!」
「私も! これさえあれば、マモルのオカン説教からも解放されるわ!」
「本来であれば、金貨五百枚(約五百万円)の価値がある国宝ですが……今回は特別にご縁があったということで! たったの『金貨五十枚(約五十万円)』でお譲りしましょう!」
火原が満面の笑みで五本の指を突き出した。
「「ご、五十万……」」
二人の顔から、スッと血の気が引いた。
パンの耳をかじっている底辺の二人に、そんな大金があるはずがない。
「だ、ダメですわ……私たち、銅貨の一枚も持っていませんの……」
リーザが絶望してへたり込む。
しかし、悪徳霊感商法のプロである火原にとって、金がない客など想定の範囲内である。
「ご安心ください! 今は手元にお金がないという方のために、我が商会が誇る『特別分割・幸福前借りプラン』をご用意しております!」
火原はスーツの内ポケットから、一枚の羊皮紙(契約書)を取り出した。
「月利20%のささやかな手数料を上乗せするだけで、この壺は今すぐ貴女たちのものになります! 壺の力で大金持ちになれば、こんな借金、明日にでも一括返済できますからね! さぁ、ここにサインを!」
「月利20%……? よく分からないけど、大金持ちになれば関係ないわね!」
「そうですわ! お肉の前では些末な問題ですの!」
欲望に完全に目を曇らせた底辺コンビは、一切の契約書の内容を読むことなく、火原から渡された羽ペンで、勢いよくサインをしてしまったのである。
借金地獄から抜け出したばかりの駄女神が、再び『極悪な分割払い』に手を出した瞬間だった。
「ひひっ。まいどあり」
火原はサインされた契約書をひったくるように回収し、壺を二人に押し付けた。
「あ、言い忘れましたが。この壺は『封を開けた瞬間に神聖な波動が定着する』ため、いかなる理由があろうとも返品、返金、クーリングオフはお受けできませんのであしからず! では、幸福な人生を!」
火原は逃げるように踵を返し、その場から足早に立ち去っていった。
後に残されたのは、怪しげな金ピカの壺を抱え、未来のステーキとガチャに思いを馳せて恍惚の笑みを浮かべる二人のアホだけだった。
「ふふふっ……やりましたわルチアナ! これで私たちは、タダ飯生活から卒業ですの!」
「ええ! マモルに見せびらかしてやりましょう! 早く家に帰って、壺にお祈りするわよ!」
意気揚々と壺を抱え、マイホームへと急ぐ二人。
しかし、彼女たちはまだ知らない。
その数千万の価値があるように見える国宝級の壺の正体が、火原の劣化コピースキルによって生み出された『泥土を適当に固めただけの、水を入れた瞬間に溶け出す100均以下のゴミ』であることを。
そして火原もまた、知る由もなかった。
自分がカモにした女たちの保護者が、特定商取引法と合気道を極めた『詐欺師にとっての世界最悪の天敵』であることを。
読んでいただきありがとうございます。
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