古代兵器の残骸と閃光の魔術師(シャイニング・ウィザード)
古代兵器の残骸と閃光の魔術師
野盗集団『ブラッドファング』の襲撃と、それに伴う死甲虫機の撃破から一夜が明けた。
ポポロ村には再びのどかな朝が訪れ、昨夜の回転寿司パーティーの余韻も冷めやらぬ加藤真守のマイホームは、静かな時間を迎えている……はずだった。
「ひっ、ふぅ、ひっ、ふぅ……!」
「ルチアナ、もっと腰を入れるんですの! こんなところで落としたら、私たちのステーキ生活がパーになりますわよ!」
早朝。まだマモルが寝ている時間帯に、マイホームの裏口からこっそりと抜け出す二つの怪しい影があった。
芋ジャージの人魚・リーザと、エンジ色ジャージの女神・ルチアナである。
彼女たちは、リヤカーほどの大きさの台車に、黒光りする『巨大な鉄くず』を山盛りに積んで、汗だくになりながら引っ張っていた。
それは、昨日の戦闘でルナの食虫植物マンティラが丸呑みにし、その後『消化不良』として吐き出された、死甲虫機の装甲の破片や機械脚の残骸だった。
「ぜぇ、はぁ……それにしても、重いわねこれ! ただの鉄くずじゃないわよ!」
ルチアナが額の汗を拭いながらボヤく。
「当たり前ですわ! これは古代大戦の遺物、絶対装甲のネクロビートルの残骸ですのよ! 闇市場では家が一軒建つほどの高値で取引されているという、超ウルトラ級のレア素材ですわーっ!」
リーザの瞳は、朝日に照らされて『¥_¥』の形にギラギラと輝いていた。
昨夜の宴会の後、マモルたちが寝静まったのを見計らい、二人は村の防壁前までコソコソと戻り、放置されていたこの残骸を徹夜で回収してきたのである。
「ふふふっ……前回の五円玉詐欺は、素材が真鍮だったからニャングルに見破られたんですの。でも今回は違いますわ! 正真正銘、掛値なしの本物のレア素材! これを売り飛ばせば、ルナミスキング(ファミレス)で一生ステーキが食べ放題ですわーっ!」
「やったわ! これで私も、推しのガチャの天井分くらいは余裕で稼げるわね!」
二人の頭の中には、すでに大金を手にして豪遊する自分たちの姿しか描かれていなかった。
それは、ポポロ村の自警団が回収し、村の修繕費に充てる予定だった『村の防衛戦利品(村の財産)』を、完全に横領しているという犯罪行為であることを、底辺の食欲と物欲は完全に麻痺させていた。
* * *
「たのもーっ! ニャングル、開いてますのー!?」
早朝のゴルド商会・ポポロ村支部の扉を、リーザが勢いよく蹴り開けた。
「……なんや、朝っぱらから。ワシはまだ仕入れの帳簿つけとる最中やぞ」
店の奥から、猫耳族の商人ニャングルが、眠たそうに目をこすりながら出てきた。
手にはお馴染みのキセルが握られている。
「って、お前ら……昨日の五円玉詐欺コンビやないか。懲りずにまた来たんか? 今度はパチンコ玉でも金貨や言い張るつもりか?」
「失礼ね! 今日は正真正銘、本物のお宝を持ってきてあげたのよ!」
ルチアナがドヤ顔で胸を張り、店の前に停めた台車を指差した。
「見なさい! この美しくも禍々しい漆黒の装甲を!」
「んん?」
ニャングルはキセルを咥えたまま、店の外へ出て台車の上の残骸を覗き込んだ。
その瞬間、彼の細い目がスッと見開かれた。
(……なんやこれ。ただの鉄くずやない。魔力伝導率が異常に高い特殊合金……それにこの駆動部の歯車、現代の技術やないぞ。古代魔導帝国の……)
ニャングルの商人の血が騒いだ。
間違いなく、これは一級品のレア素材である。武具の加工に回せば、途方もない利益が出る。
「……ほう。確かにこいつはええモンや。大したお宝やないか」
ニャングルが感心したように呟くと、リーザとルチアナは「「やったーっ!」」とハイタッチをして喜んだ。
「でしょ!? さぁ、金貨百枚……いや、二百枚で買い取りなさいな!」
ルチアナが鼻息を荒くして要求する。
だが。
ニャングルは、残骸に付着している『強酸性の消化液』の跡と、装甲に刻まれた『ブラッドファング』の紋章の欠片を見逃さなかった。
彼はポポロ村の商人である。昨夕、村の防壁前で何があったのか、自警団から情報を得ていないはずがなかった。
「……あかんやろ、おんどれら」
ニャングルの声が、地を這うような低いトーンに変わった。
チャカッ、とキセルを灰皿に置き、首をポキポキと鳴らす。
「これ、昨日の夕方に村を襲った野盗の兵器の残骸やないか。自警団が撃退して、村の修繕費の足しにするために回収する予定やった『ポポロ村の財産』やぞ」
「ひっ……!?」
リーザとルチアナの肩がビクッと跳ねた。
「せ、窃盗じゃありませんわ! そ、そこで拾ったんですの!」
リーザが冷や汗をダラダラ流しながら、苦しい言い訳を叫んだ。
「そうよそうよ! 私たちが朝早くにお散歩してたら、偶然道の真ん中に落ちてたのよ! 拾った人のものでしょ、こういうのって!」
ルチアナも顔を引き攣らせて同調する。
「……ペッ」
ニャングルは、店の床に忌々しそうに唾を吐き捨てた。
その顔には、商売の神を愚弄する者への、絶対的な怒りが浮かんでいた。
「商人舐めんなや?」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
猫耳の青年の背後に、巨大な虎のオーラが、昨日よりもさらに凶悪な姿で立ち上った。
正当な取引を重んじるゴルド商会の誇りにかけて、村の財産を横領して私腹を肥やそうとするクズを、彼は決して許さない。
「い、いやああぁぁっ! ごめんなさい、魔が差したんですのぉっ!」
「ま、また顔面パンチは嫌ぁぁぁっ!」
二人が悲鳴を上げて逃げようと背を向けた。
だが、今日のニャングルの怒りは、顔面パンチ程度では収まらなかった。
「逃がさへんでぇ!!」
ニャングルが、猫特有の驚異的なバネで大地を蹴った。
彼は一瞬にして逃げる二人の背後に回り込むと、リーザの右足を踏み台にして、空高く跳躍した。
「えっ!?」
リーザが振り向いた瞬間。
「ゴルド流奥義――閃光の魔術師ォォォッ!!」
空中で体を捻ったニャングルの膝が、朝日を浴びて黄金の軌跡を描きながら、リーザの顔面に凄まじい勢いで叩き込まれた。
「あべし!?」
リーザの顔面がへこみ、彼女は錐揉み回転しながら遥か彼方へと吹っ飛んでいった。
そして、ニャングルはその反動を利用して空中でさらに体勢を立て直し、隣で腰を抜かしていたルチアナの顔面にも、もう一発のシャイニング・ウィザードを連続で炸裂させた。
「ぐべべッ!?」
女神の顔面もまた、無慈悲な膝蹴りによって粉砕された。
ドサッ、ガラガラガラッ……!!
二人は昨日の五円玉詐欺の時と全く同じ構図で、ポポロ村の土の道に白目を剥いて転がり、完全にノックアウトされた。
「……ふぅ。朝からええ運動になったわ。ほんま、マモル先生もこんな底辺共の面倒見るなんて、苦労が絶えへんな」
ニャングルは何事もなかったかのように着地すると、キセルを咥え直し、台車の上の死甲虫機の残骸を自警団の詰め所へと運ぶ手配を始めた。
* * *
「お前らぁぁぁぁっ!!」
その一時間後。
早朝の村に響き渡った悲鳴を聞きつけて駆けつけた加藤真守の、怒りに満ちた咆哮がゴルド商会の前に轟いた。
「ま、マモルP……ごめんなさ……あべっ」
「も、もう悪いことしないから……ぐべっ」
顔面をひどく腫れ上がらせ、もはや元の美しい姿の見る影もない二人が、マモルの足元で土下座をしていた。
「昨日の今日で、今度は村の財産をネコババしようとしただと!? お前らのコンプライアンス意識はどうなってるんだ! ニャングル、また迷惑をかけて本当にすまない!」
マモルはニャングルに深く頭を下げた。
「いやいや、先生。ワシもちょっとやりすぎましたわ。この鉄くずは、責任もって自警団に渡しときますよってに」
ニャングルが苦笑しながら手を振る。
「……おい、立てお前ら」
マモルは、手にした『ルナミス新聞』をこれ以上ないほどガチガチに丸めながら、絶対零度の声で命じた。
「帰ったら、今日の正座説教は五時間だ。そして向こう一週間、お前らの夕飯はパンの耳と醤油草の塩もみだけだ。分かったな?」
「「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」」
かくして。
野盗の脅威を退け、平和を取り戻したはずのポポロ村に、今朝もまたアホな底辺コンビの悲鳴と、丸めた新聞紙の破裂音がリズミカルに響き渡るのだった。
三十五年ローンを抱える異世界オカン系教師の平穏な日常は、まだまだ遠い。
【第3章・完】
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