天然サイコパスの捕食
天然サイコパスの捕食
ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
加藤真守の完璧なベクトル操作によって横転し、キャルルの必殺キックで強固な装甲を剥がされた巨大機械兵器『死甲虫機』。
その真下の地面が、まるで底なし沼のようにドロリと溶け落ちた。
「さぁ、マンティラちゃん。大きなお口を開けて……あーん、ですわ♡」
純白のドレスを揺らすエルフの美少女、ルナ・シンフォニアが、まるで野良猫にエサをあげるような無邪気な笑顔で両手を広げた。
直後、溶けた地面の中から、巨大な『顎』が姿を現した。
それは、直径十メートルはあろうかという、超巨大な食虫植物の頭部だった。
赤黒い禍々しい花弁の内側には、サメの歯のように鋭利な無数の茨がびっしりと生え揃い、強酸性の粘液をダラダラと垂れ流している。
世界樹の森の奥深くにのみ生息すると言われる、伝説の超危険植物『マンティラ』である。
「な、なんだあのバケモノ植物はァァァッ!?」
野盗の頭目、ガリガが悲鳴を上げて後ずさる。
「ギ、ギギギギギ……ッ!!」
死甲虫機が、眼下に現れた規格外の捕食者に対して、本能的なエラー音(恐怖)を鳴らし、六本の機械脚をジタバタと動かして逃げようとした。
だが、遅い。
バグンッ!!!
マンティラの巨大な顎が、死甲虫機の八メートルある巨体を、下から丸ごと包み込むように食らいついた。
鋼鉄を易々と溶かす強酸性の消化液が、剥き出しになった内部機構へと容赦なく注ぎ込まれる。
「ギョオォォォォォ……ッ!?」
メキャァァァァッ! バキバキバキィィィッ!!
ポポロ村の防壁前に、世にも恐ろしい『咀嚼音』が響き渡った。
古代大戦の遺物であり、絶対装甲を誇ったはずの無敵の機械兵器が、植物の巨大な顎の中で、まるで薄いポテトチップスのようにバリバリと噛み砕かれていく。
装甲の破片と火花が散り、マンティラの茨の歯が、魔導機関を完全に粉砕した。
そして、わずか十秒後。
ゴクリ、と。
巨大な食虫植物は、死甲虫機を完全に『丸呑み』にしてしまった。
「…………ゲップ」
マンティラが、満足そうに黒い排気ガス混じりの大きなゲップを放つ。
ポロリ、と、消化しきれなかった死甲虫機の太い機械脚が一本だけ、口の端から地面に吐き出された。
「うふふっ♡ マンティラちゃん、お腹いっぱいになって良かったですわね! よく噛んで偉いですわーっ!」
ルナは、満腹になって地中へと帰っていくマンティラの巨大な茎を、愛おしそうに撫でて見送った。
「…………」
「…………」
戦場は、水を打ったような完全な静寂に包まれていた。
いや、静寂というよりは、あまりの光景に全員の脳が処理落ちを起こしていたのだ。
「……マモルさん」
キャルルが、ウサギの耳をペタンと伏せ、顔を青ざめさせてマモルの袖を引いた。
「……んん?」
「あれだけ苦労して装甲を剥がしたのに……一口だったね」
「ああ……」
マモルは、額に冷たい汗を滲ませながら、ニコニコと微笑んでいるルナを見つめた。
「間違いない。うちのシェアハウスで一番ヤバいのは、間違いなくあの『天然サイコパス』だな。あいつの善意の前では、古代兵器もただのキャットフードだ」
悪意のある魔王より、善意100%で生態系を破壊するエルフの方が遥かに恐ろしい。
異世界オカン系教師の危機管理センサーが、かつてないほどの警報を鳴らしていた。
一方、野盗たちは完全に心が折れていた。
「あ、あああ……」
頭目のガリガは、その場にへたり込み、股間を濡らしながら白目を剥いていた。
全財産をはたいて闇市場で手に入れた最強の兵器が、一瞬で「植物のおやつ」にされたのだ。もはや、悪党としてのプライドもクソもなかった。
戦いが(一方的な捕食で)完全に終わった、その時である。
『シャラララ〜ンッ☆ みんな、お待たせーっ!!』
上空から、眩い光と天使の羽根を振りまきながら、一人の少女が華麗に舞い降りてきた。
三分間の専用変身バンクを終え、純白のフルプレートアーマー(ホーリー・モード)に身を包んだ、天使族のトップ配信者キュララである。
キュララは、瓦礫の上にビシッと降り立ち、魔導カメラに向かってウインクを決めた。
「悪逆非道な野盗ども! この正義の天使キュララちゃんが、天に代わってお仕置きしちゃうぞっ☆ ……さぁ、バケモノカブトムシ、どこからでもかかってきなさ……」
キュララが愛用の聖杖を構え、ドヤ顔で前を向く。
しかし、そこに敵の姿はなかった。
あるのは、吐き出された機械脚の残骸と、恐怖で失禁して泣き叫んでいる野盗たち、そして、ドン引きしているマモルたちの姿だけだった。
「……あれ?」
キュララが、ポカンと口を開けた。
「もう終わってるわよ!! この手羽先女ァァァッ!!」
すかさず、芋ジャージ姿のリーザが、凄まじい勢いでキュララに詰め寄り、その純白の鎧をバンバンと叩いた。
「アンタが空中で呑気にクルクル回って光ってる間に! マモルPが転ばせて! キャルルが蹴り飛ばして! ルナのバケモノ植物が丸呑みして全部終わったのよ! どんだけ遅刻してんのよ!」
「ええっ!? う、嘘でしょ!? 私の見せ場は!? あのデカいバケモノはどこ行ったの!?」
「ルナの植物の胃袋の中よ! 今頃消化液でドロドロですわ!」
キュララは慌てて自分の配信画面(空中のコメントウィンドウ)を確認した。
そこには、リスナー(神々)からの無慈悲なコメントが滝のように流れていた。
『草』
『天使(遅刻)』
『0ダメージMVPおめでとうwww』
『変身なっっっが』
『ルナ様の植物エグすぎて草も生えない(植物だけに)』
『【スーパーチャット 100G】スパチャ返金手続きお願いします』
「いやあああっ! やめて! チャンネル登録解除しないでぇぇっ! 私、変身スキップできない仕様なのよぉぉっ!」
キュララが魔導カメラに向かって涙声で弁明し、リーザが「見苦しいですわ!」とツッコミを入れる。
先ほどまでの緊迫した戦場が、一瞬にしていつもの『ポンコツシェアハウスの日常』へと引き戻されていた。
「……やれやれ。しまらない奴らだ」
マモルは深くため息をつき、三節棍を腰に収めた。
そして、丸めた『ルナミス新聞』を手に取り、へたり込んでいる野盗の頭目、ガリガの元へと歩み寄った。
「ひぃっ! く、来るな……!」
ガリガが恐怖で顔を引き攣らせる。
「さて、ブラッドファングの代表殿」
マモルは、冷徹な法務担当の顔で、新聞紙でガリガの肩をポンポンと叩いた。
「これにて、ポポロ村の防衛テストは終了だ。お前らの持ち込んだ『暴行しない券』のクーリングオフは、物理的にも完全に成立したとみなしていいな?」
「し、します! 解約しますぅぅっ! 違約金も請求しません! だから、あのバケモノ植物のチリソース炒めにだけはしないでくれぇぇっ!」
ガリガは、地面に額をこすりつけて泣き叫び、完全降伏を宣言した。
「よし。契約解除の合意だ」
マモルは満足げに頷いた。
「マンミア! あとは自警団でこいつらを縛り上げて、ルナミス帝国の憲兵にでも突き出しておけ! 懸賞金が出たら、村の修繕費に回すんだぞ!」
「は、はいっ! 了解しました、マモル先生!」
マンミアが敬礼し、自警団のメンバーたちが呆然としている野盗たちを次々と縛り上げていく。
こうして、ポポロ村を襲った『悪徳サブスクリプションの脅威』は、マモルの理詰めと、ヒロインたちの圧倒的暴力によって、見事に退けられたのである。
「さぁて、腹も減ったし、家に帰るぞお前ら!」
マモルが振り返って声をかける。
「やったー! もやし炒めの続きですわね!」
「もうお腹ペコペコよぉ!」
「マモル様、私もお手伝いしますわ♡」
「私の見せ場ぁぁぁ……」
夕焼け空の下、騒がしいヒロインたちを引き連れてマイホームへと歩くマモルの背中には、三十五年ローンを背負う男の、確かな『家長』の貫禄が漂っていた。
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