変身バンクと置いてけぼりの天使
変身バンクと置いてけぼりの天使
ズゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ポポロ村の防壁をぶち抜いた体長八メートルの殺戮機械、『死甲虫機』が、地響きを立てながら加藤真守へと突進してくる。
城門すら一撃で粉砕する、頭部の巨大な角。
圧倒的な質量と推進力。それはまさに、ブレーキの壊れたダンプカーが全速力で突っ込んでくるような絶望的な光景だった。
「死ねや、スーツの野郎ォ!!」
野盗の頭目、ガリガが勝利を確信して狂喜の声を上げる。
だが、ダンプカーの正面に生身で立ち塞がったマモルの顔には、一片の焦りもなかった。
彼の理系脳は、死甲虫機の突進スピード、重量、地面との摩擦係数、そして重心のブレを、コンマ一秒の単位で完璧に逆算していた。
(右の前脚の踏み込みがわずかに浅い。装甲が重すぎるせいで、突進のベクトルが前傾に偏りすぎている。なら……)
マモルが腰を落とし、特製三節棍を構え直した、まさにその刹那である。
「みんな! ここは最高の撮れ高よ! 赤スパの準備はいい!?」
空気を読まない、いや、空気を完全にぶち壊す甲高い声が戦場に響き渡った。
上空に魔導カメラを浮かべた天使族のトップ配信者、キュララである。
「いくよ! ホーリー・メイク・アップ!!」
キュララが胸の前で両手をクロスさせ、天高く突き上げた。
――ピュィィィィン!!
突如として、キュララの周囲に眩い光の粒子が舞い上がり、どこからともなく『壮大でテンポの良いオーケストラ風のBGM』が、空間そのものから大音量で鳴り響き始めた。
「な、なんだ!? どこから音楽が!?」
突撃を仕掛けていたガリガたち野盗が、謎のBGMにギョッとして動きを止める(死甲虫機は止まらないが)。
光の帯がキュララの身体を包み込み、ゆっくりと、本当にスローモーションのようにゆっくりと回転しながら、彼女の普段着が神聖な白銀の装甲へと変化していく。
リボンがほどけ、光が弾け、カメラ目線でポーズを決め、またクルクルと回転する。
いわゆる『魔法少女の専用変身バンク』である。
「…………」
「…………」
迫り来る巨大兵器の鼻先で、マモルとリーザは、空中で光りながら回転しているキュララを呆れた顔で見上げた。
「ちょっと! 何やってんですの、あの手羽先女!」
リーザが芋ジャージの袖を振り回してブチギレた。
「これから命懸けの戦闘が始まるっていうのに、なんで呑気に光って回ってますの! 早くこっちを手伝いなさいよ!」
『ごめーん! これ、スキップ不可の演出なのよぉ! 終わるまでに三分かかるから、ちょっと待っててぇ!』
空中で回転しながら、キュララがテレパシー(?)で言い訳をしてくる。
「待つわけないでしょ! 敵は目の前ですわよ! いつまで変身してんのよこの承認欲求モンスター!!」
「ええい、うるさい! リーザ、あのアホ天使は放っておけ! 予定通り俺が隙を作る!」
マモルは、鳴り響く壮大な変身BGMを完全にBGM(背景音)として処理し、意識を眼前の巨大な角へと全集中させた。
ゴアァァァァッ!!
死甲虫機が、マモルを串刺しにすべく、巨大な角を大上段から振り下ろすように突き出してきた。
風を裂く轟音。直撃すれば即死。
だが、マモルはその死の軌道を、寸分の狂いもなく見切っていた。
「フッ!」
マモルは半身を開き、わずか数センチの最小限の体捌きで、巨大な角の直撃を躱す。
顔の横を、暴風と共に漆黒の鋼鉄が通り抜けていく。
その瞬間、マモルは手にした特製三節棍の先端を、通り過ぎていく角の側面にピタリと当てた。
「なっ……バカが! そんな棒切れでネクロビートルの突進を防げるわけが……!」
ガリガが嘲笑しようとしたが、その言葉は途中で凍りついた。
マモルは『防いだ』のではない。
三節棍を支点にし、合気道の理合を用いて、死甲虫機の凄まじい突進の運動エネルギーの『ベクトル(方向)』を、ほんの少しだけ外側へとズラしたのだ。
キィィィィィンッ!!
金属同士が激しく擦れ合う甲高い音が響く。
「ギュオオオオッ!?」
自らの数百トンという圧倒的な質量と推進力が、完全に裏目に出た。
直進するはずだったベクトルを横に流された死甲虫機は、踏ん張りを効かせることができず、六本の脚を激しく空回りさせた。
重すぎる分厚い装甲がアダとなり、巨大な機体はバランスを完全に崩して前のめりに倒れ込んでいく。
ズゴォォォォォンッ!!!
大地を揺るがす大音響と共に、八メートルの巨大兵器が、マモルの横を通り過ぎて無様に地面へと横転した。
土煙が天高く舞い上がる。
「な、なんだとォォォッ!?」
ガリガの目玉が飛び出んばかりに見開かれた。
「バカな! あんなただの人間が、どうやってネクロビートルの突進を弾き返しやがった!?」
「弾き返したんじゃない。お前らの兵器が、勝手に自分の重さで転んだだけだ」
マモルは、三節棍をクルリと回して肩に担ぎ直し、冷徹に言い放った。
横転した死甲虫機は、六本の脚をジタバタと動かして起き上がろうとしているが、亀がひっくり返ったようにすぐには体勢を立て直せない。
そして――横転したことで、強固な漆黒の装甲に覆われていない『首(頭部と胴体の接続部分)』の柔らかい関節部が、完全に無防備に露出していた。
「あいつの装甲は硬いが、関節部までは覆いきれていない。そこがクーリングオフの窓口(弱点)だ!」
マモルが、鋭い声で号令を飛ばした。
「キャルル!!」
「はいっ!!」
待機していた月兎族の村長・キャルルが、マモルの声に呼応して大地を蹴った。
彼女の足には、タローマン製の特注安全靴が光っている。
ドォォォンッ!
ウサギの驚異的な脚力による踏み込みで、足元の地面がすり鉢状に吹き飛ぶ。
「行きます! マモル先生が作ってくれた、最高のチャンス!」
キャルルは、横転してジタバタしている死甲虫機の懐へと、音速に迫るスピードで肉薄した。
彼女の全身から、月兎族特有の銀色の闘気が雷のように立ち上り、特注安全靴の先端へと全集中していく。
「月影流――顎砕き(あごくだき)ッ!!」
キャルルの華奢な足から放たれたのは、戦車をも蹴り飛ばすほどの一撃必殺のカチ上げ蹴り(サマーソルトキック)。
銀色の闘気を纏ったその蹴りが、死甲虫機の無防備な首の関節部分に、ドンピシャのタイミングで下から突き刺さった。
メキャァァァァァンッ!!!
恐るべき破壊音が響き渡る。
強固な装甲の接続部(ボルトと歯車)が、キャルルの蹴りの威力に耐えきれずに次々と弾け飛んだ。
そして、死甲虫機の巨大な『顎(頭部の装甲)』が、ガコンッ! という鈍い音と共に外れ、上空へと跳ね飛ばされたのである。
「ギ、ギギギギ……ッ!?」
装甲を剥がされ、中枢の剥き出しの機械部品を晒した死甲虫機が、苦悶のようなエラー音を漏らす。
「バ、バカな……絶対装甲のネクロビートルが、こんな……こんな田舎村の連中なんかに……!」
ガリガが、顔を真っ青にして後ずさりした。
「さぁ、仕上げの解約手続きだ!」
マモルが叫ぶ。
「ルナ!」
「はいはぁい♡ お待ちしておりましたわ!」
ずっとマモルの後ろでニコニコと待機していた天然サイコパスエルフが、ふんわりと前に進み出た。
「植物さぁん、ご飯の時間ですわよ♡ 残さず綺麗に食べてくださいませね」
ルナが天使の微笑みでそう呟いた瞬間。
死甲虫機の真下の地面が、まるで底なし沼のようにドロリと溶け落ちた。
そして――。
『シャラララ〜ンッ☆ 変身、完・了ッ!!』
上空で、ようやく三分間の変身バンクを終えたキュララが、白銀のフルプレートアーマー姿でバッチリとポーズを決めた、その時だった。
ポポロ村の防壁前に、野盗たちにとって一生のトラウマとなる、あまりにもエグすぎる『自然の脅威』が姿を現そうとしていた。
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