解約手数料の取り立て(物理)
解約手数料の取り立て(物理)
「……なんでお肉じゃなくて、もやしなんですの」
「……私、偉大なる世界神なんだけど」
加藤真守のマイホーム、一階リビング。
ダイニングテーブルに並べられた夕食を前に、リーザとルチアナが絶望の表情を浮かべていた。
皿の上に乗っているのは、タローマートの特売で買ってきた『半額もやし』と、ポポロ村特産の『醤油草』を炒めただけの、極めて質素な野菜炒めである。
「文句を言うな。野盗から巻き上げた金をネコババしようとした罰だ。労働とコンプライアンスの尊さを、その胃袋で噛み締めろ」
マモルは、自分とキャルル、キュララ、ルナの皿にはしっかりと『ロックバイソンのサイコロステーキ』を盛り付けながら、冷酷に言い放った。
「鬼! 悪魔! オカン!」
「ステーキの肉汁だけでも、もやしに吸わせてくださいませぇっ!」
二人が箸を握りしめながら血の涙を流す。
マモルはそんな底辺コンビを完全にスルーし、白米(米麦草)を美味しそうに頬張った。
「マモルさん、ありがとう! あのお金のおかげで、マンミアたちの自警団に魔導ライフルのバッテリーと弾薬を補充できたよ!」
村長であるキャルルが、ステーキを咀嚼しながら嬉しそうに報告した。
「これで、もしまた野盗が来ても、村の防衛網でしっかり追い払えるはずだよ!」
「ああ。備えあれば憂いなし、だ。戸締まりとセキュリティは、マイホーム防衛の基本だからな」
マモルが満足げに頷いた、まさにその時だった。
カンッ! カンッ! カンカンカンカンッ!!
突如として、ポポロ村の広場にある見張り台の鐘が、けたたましく鳴り響いた。
緊急事態――外敵の襲来を知らせる警鐘である。
「な、なに!?」
「マモルさん、敵襲だよ!」
キャルルがウサギの耳をピンと立てて立ち上がった。
「飯は後だ! 行くぞ、お前ら!」
マモルは腰に『特製三節棍』を差し、ヒロインたちを引き連れて、村の防壁へと駆け出した。
* * *
「ひゃははははっ! 大人しく門を開けやがれ、田舎者ども!」
ポポロ村の防壁の外。
そこには、盗賊ギルド『ブラッドファング』の頭目、ガリガが率いる野盗の本隊が陣取っていた。
彼らの背後には、地響きを立てて進み来る巨大なバケモノ――体長八メートルの漆黒の機械兵器『死甲虫機』がそびえ立っている。
「な、なんだあのデカい虫のバケモノは……!?」
防壁の上に立つ自警団のメンバーが、恐怖で声を震わせた。
「怯むな! 防衛ラインを死守しろ!」
自警団リーダーのケンタウロス族、マンミアが鋭く号令を飛ばした。
彼女の手には、マモルからの資金援助(クーリングオフ返金)でバッテリーをフルチャージした『魔導誘導バズーカ』が構えられている。
「よくもノコノコと戻ってきたな、野盗ども! このポポロ村は、もう前村長がいた頃の無防備な村じゃないぞ!」
マンミアがバズーカの照準をガリガに合わせる。
「はんっ! クーリングオフだか何だか知らねぇが、俺たちのビジネス(みかじめ料)をコケにした落とし前はキッチリつけさせてもらうぜ!」
ガリガが愛剣を抜き放ち、残忍な笑みを浮かべた。
「解約手数料の代わりに、この村の女と金品、全部根こそぎ頂いていく! やっちまえ、ネクロビートル!!」
ギュオォォォォォンッ!!
ガリガの命令に応じ、死甲虫機が真紅の複眼を光らせ、六本の太い機械脚で大地を削りながら突進を開始した。
城門すら粉砕する頭部の巨大な角が、防壁めがけて迫り来る。
「撃てぇぇぇっ!!」
マンミアの叫びと共に、自警団の魔導ライフルとバズーカが一斉に火を噴いた。
ダダダダダダッ! ドゴォォォォンッ!!
無数の魔法弾と爆発が、死甲虫機の巨体を包み込む。
だが――煙が晴れた後、自警団の顔は絶望に染まった。
「嘘だろ……傷一つついてない!?」
「なんて分厚い装甲だ……!」
死甲虫機を覆う漆黒の殻は、古代の魔法技術で鍛え上げられた絶対装甲だった。
歩兵用の火器など、文字通り『豆鉄砲』にすぎない。
火の粉を散らすだけで、その歩みを一歩たりとも止めることはなかった。
「ガハハハハッ! 無駄無駄ァ! こいつの装甲は並の魔法や大砲じゃ破れねぇんだよ! そのまま防壁をぶち抜けぇ!」
ズゴォォォォンッ!!
死甲虫機の角が、ポポロ村の分厚い木造の防壁に激突した。
凄まじい轟音と共に、防壁が紙屑のように砕け散り、巨大な穴がポッカリと開いた。
「きゃああっ!」
「防壁が突破されたぞ! 後退しろ!」
マンミアたちが瓦礫を避けながら後ずさる。
「おいおい、もう終わりか? 口ほどにもねぇな」
ガリガが、土煙を踏み越えて悠然と村の中へ足を踏み入れた。
「さぁ、俺たちの部下を幻覚でラリらせた女と、スーツを着た生意気な男を出せ。見せしめに血祭りに上げてやる」
「お呼びかな。悪徳業者」
その声は、瓦礫の向こうから、極めて静かに響いた。
土煙が晴れると、そこにはワイシャツの袖をまくり、三節棍を肩に担いだ加藤真守と、ヒロインたちの姿があった。
「マモル先生!」
マンミアが安堵の声を上げる。
「テメェか……! 俺たちのシノギを潰したスーツの野郎は!」
ガリガが真守を睨みつける。
「ああ。だが訂正しておこう。潰したんじゃない、正当な法的手続きに則って『契約を無効』にしただけだ」
マモルは眼鏡をクイッと押し上げた。
「あらあら、またお金に困った方たちがいらしたんですのね」
マモルの背後から、ルナがふんわりと進み出た。
「マモル様、ここはまた私の『ハッピー・ドリーム』さんで、皆様に幸せな夢を見ていただきましょうか?」
ルナがニコニコと微笑みながら、指先に世界樹の魔力を集めようとする。
「いや、ルナ。それはやめておけ」
マモルがルナの肩に手を置いて制止した。
「えっ? どうしてですの?」
「相手を見ろ。あの巨大なカブトムシのバケモノ……あれは生物じゃない。魔導機関で動く『機械兵器』だ」
マモルの理系脳が、死甲虫機の挙動と駆動音からその正体を正確に見抜いていた。
「お前の植物は、脳を持つ生物には極上の幻覚を見せられるかもしれないが、脳がない機械には精神汚染(VR)は通用しない」
「ちっ……バレたか」
ガリガが舌打ちをする。
「だが、分かったところでどうにもならねぇよ! ネクロビートルの装甲は、お前らの魔法や武器じゃ絶対に破れねぇ! 大人しく解約手数料を払って死にやがれ!」
「マモルP、どうしますの!? 私の歌でマモルPのステータスを上げますか!?」
リーザが芋ジャージの袖をまくりながら叫ぶ。
「いや、いい。お前らの歌や魔法は、まだ温存しておけ」
マモルは、腰から特製三節棍を引き抜き、カチャリと鈍い金属音を響かせた。
その瞳には、恐怖も焦りもない。あるのは、教師としての『テスト』を見据える冷静な眼差しだけだった。
「お前ら、よく聞け」
マモルの声が、戦場にピンと張り詰めた空気をもたらした。
「悪徳業者のクーリングオフのやり方を、今度は『物理』で教えてやる。これはお前たちの実践テストだ」
「実践……テスト……?」
キャルルがウサギの耳をピンと立てた。
「そうだ。あいつの装甲は確かに硬いが、物理法則に従って動いている以上、絶対に『バランス』を崩す瞬間がある」
マモルは、死甲虫機の六本の脚と、重い頭部の重心をジッと観察した。
「俺が前へ出て、あいつの突進をいなし、体勢を崩す。装甲の『継ぎ目』が露出した瞬間……そこへ、お前たちの最大火力を叩き込め」
「えっ!? マ、マモルさん、あんな巨大なバケモノの前に一人で出るなんて危険だよ!」
キャルルが悲鳴を上げる。
「バカ言え。俺の合気道と三節棍を舐めるな」
マモルは、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「クーリングオフの期間は8日間だ。だが……お前らへの返金手続きは、今この8秒で終わらせてやる!」
ドンッ!
マモルは大地を蹴り、何の魔法も闘気も纏わない生身の体で、八メートルの巨大機械兵器――死甲虫機へと向かって、一直線に駆け出した。
「バカが! 自殺志願者か! 轢き潰せ、ネクロビートル!!」
ガリガが狂ったように叫ぶ。
死甲虫機が咆哮を上げ、巨大な角をマモルに向かって突き出し、猛烈なスピードで突進してきた。
絶対的な質量。直撃すれば、人間など一瞬で肉塊に変わる。
だが、異世界オカン系教師の『物理の授業』は、ここからが本番だった。
読んでいただきありがとうございます。
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