ネコババ同盟と野盗の怒り
ネコババ同盟と野盗の怒り
ポポロ村の集会所での『クーリングオフ(物理および精神汚染)』を無事に済ませた加藤真守は、村長のキャルルとルナを連れて、マイホームへと帰還した。
「ふぅ。とりあえず、反社の営業マンどもは追い払ったぞ」
マモルはスーツのネクタイを緩めながら、リビングのテーブルに、ずっしりと重い皮袋をドンッ! と置いた。
それは、野盗たちが持ち歩いていた集金用……もとい、彼らのなけなしの活動資金が入った袋である。
チャリン。
袋が置かれた瞬間に鳴った、金属の硬く冷たい音。
それに反応して、リビングの隅でうたた寝をしていた二つの影が、凄まじい速度で這い寄ってきた。
タダ飯人魚のリーザと、借金まみれの駄女神ルチアナである。
「マ、マモルP……今の音は……!?」
「もしかして、あの野盗どもからお金を巻き上げてきたの!?」
二人の瞳が、瞬時に『¥_¥』の形に輝き始める。
「巻き上げたわけじゃない。あいつらが幻覚でラリって『もう略奪なんてしない、お金なんていらない幸せぇ〜』とか言いながら置いていったから、回収してきただけだ」
マモルが淡々と事実を述べる。
「ルナのハッピー・ドリーム、本当に恐ろしいわ……」
キャルルがウサギの耳をペタンと伏せて身震いした。
「うふふ♡ 皆様に喜んでいただけて、私もハッピーですわ!」
ルナはニコニコと微笑んでいるが、彼女の『善意』が一番のエグさを放っていることに本人は全く気付いていない。
「そんなことより、中身ですわ! 中身!」
リーザがヨダレを垂らしながら皮袋の紐を解いた。
ジャララッ。中からは、銀貨を中心に、数枚の金貨が混ざった硬貨の山が転がり出た。
野盗の下っ端が持っていたにしては、なかなかの金額である。おそらく、他の村を脅して集めた金だろう。
「わぁぁっ! 本物のお金よぉっ! 五円玉を磨かなくても、ここにあるじゃない!」
ルチアナが歓喜の声を上げて硬貨を両手で掬い上げた。
「やりましたわマモルP! これだけあれば、ルナミスキング(ファミレス)で最高級のステーキセットを毎日食べて、ドリンクバーで永遠に粘れますわーっ!」
リーザがバンバンと床を叩いて狂喜乱舞する。
「よし、決まりね! 悪党から奪ったお金なんだから、これは私たちがネコババ……有意義に使ってもバチは当たらないわよね!」
「流石は女神様! おっしゃる通りですの! さぁ、このお金で今夜は盛大な宴会を――」
スパーーーンッ!!
スパーーーンッ!!
「あふんっ!」
「はぶぅっ!」
歓喜の頂点に達していた二人の頭頂部に、マモルの丸めたルナミス新聞(特製ハリセン)が、寸分違わぬリズムで炸裂した。
「い、痛ぁいっ! なんで叩くのよぉっ!」
「不意打ちはズルいですわマモルP!」
二人が頭を抱えて涙目で抗議する。
「お前ら、ナチュラルに犯罪者の思考回路になってるぞ」
マモルは、ゴミを見るような冷ややかな目で二人を見下ろした。
「悪党が落としていった金だからといって、それを自分の懐に入れたら、お前らもただの窃盗犯だ。ネコババ同盟を組むな」
「だ、だって……もったいないじゃない!」
「そうですよ! これをお巡りさん(自警団)に届けたって、どうせ持ち主なんて分からないんですから、私たちが経済を回してあげるべきですの!」
「いいや、使い道はもう決まっている」
マモルは、テーブルの上の硬貨を再び皮袋にザザッと流し込むと、それをキャルルの胸にポンッと押し付けた。
「えっ? マモルさん、これを私に?」
「ああ。ロップ前村長が持ち逃げした防衛費の補填だ。これで、マンミアたちの自警団の弾薬や、魔導ライフルのバッテリーを買ってこい」
キャルルの目が、パァッと見開かれた。
「マ、マモルさん……! いいの!? これがあれば、村の防衛網をある程度復活させられるよ!」
「ああ。野盗の金で村の防衛を強化する。見事なまでの『悪徳業者のクーリングオフ返金』だろ」
マモルがフッと口角を上げる。
「あぁぁ……私たちのステーキがぁぁ……!」
「武器なんかに使わずに、私の胃袋を満たしてちょうだいよぉぉ!」
床で悔し泣きをするリーザとルチアナ。
「お前らの飯は、冷蔵庫の余り物で作ったもやし炒めで十分だ」
オカンの無慈悲な宣告が、リビングに空しく響き渡った。
* * *
一方、その頃。
ポポロ村から数里離れた『死の森』の奥深く。盗賊ギルド・ブラッドファングのアジトとなっている洞窟では、怒号が響き渡っていた。
「どういうことだ、テメェら!!」
頭目である筋骨隆々の大男、ガリガが、玉座代わりにしている岩を蹴り砕いた。
「ポポロ村のサブスク契約を取ってこいと命じたはずだ! なんで手ぶらで……いや、集金袋まで奪われて帰ってきやがった!」
ガリガの足元には、先ほどポポロ村の集会所に派遣された数名の下っ端たちが、だらしなくへたり込んでいた。
彼らの顔には恐怖も焦りもない。ただただ、白目を剥いてヨダレを垂らし、「うへへ……」と幸せそうな笑みを浮かべているだけだ。
「おい! 聞いてんのか!」
ガリガが下っ端の一人の胸倉を掴んで揺さぶる。
「あ、頭ぁ……もう怒らなくてもいいじゃないっすかぁ……」
「あ?」
「俺たち、もう大金持ちなんすよぉ……美女に囲まれて、酒池肉林……略奪なんて野蛮な仕事、もうしなくてもいいんすよぉ……デュフフ」
「テメェ……ラリってんのか!?」
ガリガは下っ端を地面に放り投げた。
「頭! こいつら、何か強力な幻覚魔法を喰らってますぜ!」
側近の魔術師が、下っ端たちの瞳孔を確認して青ざめた顔で報告した。
「精神汚染のレベルが異常です。完全に脳が『極上の幸せ』に支配されていて、闘争本能が根こそぎ奪われています!」
「なんだと……? あの村には、ロクな自警団も残ってねぇって話だったじゃねぇか!」
「それが、あの村には恐ろしいコンプライアンス(法務担当)の男と……植物の化け物を操る女がいるらしいんです!」
ガリガはギリッと歯を食いしばり、腰の愛剣の柄を強く握りしめた。
「ふざけやがって……! 俺たちの画期的なシノギ(サブスクビジネス)を潰す気か! クーリングオフだと? 舐めやがって!」
野盗のプライドを粉々にされたガリガの目に、凶悪な殺意が宿る。
このまま引き下がれば、ブラッドファングの悪名は地に落ちる。他の村からもみかじめ料を取れなくなってしまう。
「幻覚を見せる化け物植物だと? 上等じゃねぇか」
ガリガは、洞窟の奥、分厚い鉄の扉で封印された格納庫の方へと歩み寄った。
「人間や魔物相手なら、その幻覚魔法とやらも効くだろうがな……こいつには効かねぇんだよ!」
ガリガがレバーを引き、鉄の扉が重々しい音を立てて開く。
シューゥゥゥ……。
冷たい魔導排気音と共に、暗闇の中から『それ』が姿を現した。
体長約八メートル。
全身を分厚く、光沢のある漆黒の装甲(殻)で覆われた、巨大なカブトムシのようなフォルム。
六本の鋭い機械の脚が岩肌を削り、頭部には城門すら粉砕する巨大な角が備え付けられている。
「古代大戦の遺物……死蟲王サルバロスの軍勢の残骸から、闇市場で高値で買い取った最高傑作だ」
ガリガが、その冷たい鋼鉄の装甲を撫でながら、残忍に笑う。
「『死甲虫機』。こいつは意思を持たねぇ完全な殺戮機械だ。幻覚だの精神汚染だのが通じる相手じゃねぇ」
ギュオォォォォォンッ!!
起動命令を受けた死甲虫機の複眼が、不気味な真紅の光を放った。
圧倒的な質量と、物理攻撃を一切通さない強固な装甲。村一つを更地にするには十分すぎる戦力である。
「野郎ども、出陣の準備をしろ!」
ガリガの号令に、正気を保っている残りの野盗たちが一斉に武器を掲げて歓声を上げた。
「ポポロ村の連中に、解約手数料の恐ろしさを骨の髄まで教えてやる! あの村を火の海にして、女も金も、根こそぎ奪い尽くしてやるぜ!!」
幻覚の効かない巨大兵器を伴った、野盗の本隊による凶悪な報復。
ポポロ村の平和な日常に、再び暗雲が立ち込めようとしていた。
だが、彼らはまだ知らない。その村には、ただの自警団や魔法使いよりも遥かに恐ろしい、『三十五年ローンを背負うオカン系教師』と『天然サイコパスエルフ』が待ち構えているということを――。
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