悪徳商法とクーリングオフ
悪徳商法とクーリングオフ
翌日。ポポロ村の中央広場にある集会所。
村の代表として指定された場所にやってきたのは、ウサギの耳をペタンと伏せて震えるキャルルと、その後ろに立つ一人の男だった。
「ひゃっはぁ! 来たな、村長さんよぉ! さぁ、村人全員分の『暴行しない券』の契約書にサインとハンコをもらおうか! 持ってこなかったら、規約通りに今すぐ……」
威勢よく怒鳴り散らしていた野盗(営業マン)の言葉が、尻すぼみに消えていった。
彼の目の前に、キャルルを庇うようにしてスッと前に出た男――加藤真守の姿があったからだ。
真守は普段のワイシャツ姿ではなく、地球から持ってきた勝負服――チャコールグレーの細身のスーツを隙なく着こなし、ネクタイをビシッと締め、伊達メガネまで掛けていた。
手には、分厚いバインダー(村の帳簿)と、丸めたルナミス新聞が握られている。
「……なんだテメェは。俺たちは村長と話をしてるんだ。すっこんでろ」
野盗の男が、腰に提げた蛮刀をチラつかせて凄む。
顔には大きな傷跡があり、筋骨隆々のゴツい体躯をしている。どう見てもカタギではない。
だが、真守は一切の恐怖を見せず、メガネのブリッジを中指でクイッと押し上げた。
「俺は、ポポロ村の村長代理にして法務およびコンプライアンス担当の加藤だ。本日の契約業務は俺が代行する」
真守は、野盗が突き出してきた契約書の束(羊皮紙)をバインダーに挟み込み、パラパラと目を通し始めた。
「ふん。まぁ誰でもいい。さっさとサインしろ。初月無料の『子供青春割引』の適用枠はもう埋まりそうだぜ? 今ならお得だ」
野盗がニヤニヤと笑いながら煽る。
「……なるほど。これが貴社が提供する『暴行しない券』の定額サブスクリプションの利用規約というわけか」
真守は、極めて事務的な、冷たい声で言葉を紡ぎ始めた。
「お伺いしたいのだが。この契約書、アナステシア世界の商法および特定商取引法に基づく表記が全く記載されていないが、貴社は商業ギルドに正式に登録されている法人なのか?」
「は……? とくてー……しょーとりひき……?」
野盗の男が、聞いたこともない単語に目をパチクリとさせた。
「俺たちは盗賊ギルドだ! 反社会的勢力だぞ! 商業ギルドなんかに登録してるわけねぇだろ!」
「なるほど。つまり『無許可営業』および『反社会的勢力による不当要求』というわけだな。よし、録音しておくぞ」
真守は、胸ポケットから魔導通信石(録音機能付き)をチラリと見せた。
「なっ!? てめぇ、ふざけた真似してっと殺すぞ!」
「殺す? それは脅迫罪の成立だな。……話を戻そう。この契約書の第4条だ。『途中解約を希望する場合、解約手数料として金貨百枚を申し受ける』とあるが……」
真守は、バインダーをバンッ! と叩いた。
「いくらなんでも違約金が高すぎるだろう! 消費者契約法において、消費者に一方的に不当な不利益を与える条項は無効とされるのが判例だ! しかも、解約の申請窓口が『ブラッドファング本部(死の森の奥深く)』としか書かれていない。これでは物理的に解約手続きが不可能じゃないか! 悪質な退会阻止だぞ!」
「だ、だーく……ぱたーん……?」
野盗の脳処理能力が、完全にパンクし始めていた。
彼はただ「金を払わないと殴るぞ」というシンプルなカツアゲをしに来ただけなのに、なぜか目の前のスーツの男から、意味不明な法律用語で理詰めされているのだ。
「さらに言えば、この『家族割引』の適用範囲も極めて曖昧だ。『同居する家族』とあるが、二世帯住宅の場合はどうなる? シェアハウスの住人は家族に含まれるのか? この規約のガバガバさでは、後から『こいつは家族と認めない』と言い掛かりをつけて、結局暴行を加える気満々なのが見え見えだ!」
「あ、いや……それはその時の気分というか……」
野盗が思わず、しどろもどろになって後ずさりした。
「つまり、貴社の提供するサブスクリプションは、法令遵守の観点が完全に欠落した、ただの詐欺まがいの恐喝だ。こんな欠陥だらけの契約書に、我がポポロ村の住人がサインすることなどあり得ない」
真守は、羊皮紙の契約書をビリビリに破り捨てた。
「俺たちは、この契約をクーリングオフ……いや、最初から無効として突っぱねさせてもらう。おとといきやがれ」
「…………」
野盗の男は、破り捨てられた契約書と、真守の冷酷なスーツ姿を見比べた。
そして、数秒のフリーズの後、ついに顔を真っ赤にして逆上した。
「あああああもうっ! なんだか分かんねぇが、テメェの理屈は聞き飽きたんだよ!!」
男が腰の蛮刀を引き抜き、ギラリと刃を光らせた。
「俺たちは野盗だ! 小難しい契約の話なんかどうでもいいんだよ! サインしねぇなら、規約通りに今すぐテメェらを叩き斬って、村の女と金品を全部略奪するだけだ!!」
結局のところ、悪党の最終手段は『暴力』である。
男の後ろに控えていた数人の野盗たちも、一斉に武器を構えて殺気を放った。
「ヒィィィッ! やっぱりこうなっちゃうのぉぉ!」
キャルルがウサギの耳を抱えてしゃがみ込む。
しかし、真守は眼鏡の奥の目を細め、フッと鼻で笑った。
「やはりそう来るか。反社に論理が通じないのは想定内だ」
真守は、スーツのポケットに手を入れたまま、小さく指を鳴らした。
「ルナ。出番だ」
「はぁい♡ お呼びですの、マモル様」
集会所の裏手から、純白のドレスを揺らしながら、エルフの美少女ルナ・シンフォニアがふんわりと現れた。
彼女の歩く軌跡には、可憐な花がポンポンと咲き乱れている。
「な、なんだこの別嬪さんは……? おいおい、まさかこんな上玉がこの村にいるとはな。略奪のしがいがあるぜ、ゲヘヘ……」
野盗たちがルナの美貌に目を奪われ、下卑た笑いを漏らす。
真守は、冷たい声で指示を出した。
「ルナ。あいつらはお金に困って、無理やり他人の財産を奪おうとしている可哀想な連中だ。お前の『親切心』で、たっぷりとお支払いした気分にさせてやれ」
「ええ、分かりましたわ。お金がなくて心が荒んでしまうなんて、本当に可哀想な方たち……。私が、至福の夢を提供して差し上げますわね♡」
ルナが天使のような慈愛の微笑みを浮かべた瞬間。
ズゴゴゴゴゴ……ッ!!
野盗たちの足元の地面が爆発するように割れ、巨大な植物が姿を現した。
それは、直径五メートルはある巨大な蕾だった。毒々しい紫色をしており、蕾の隙間からは粘着質で甘い匂いのするヨダレのような液体がダラダラと垂れ流されている。
「な、なんだこの化け物植物は!?」
野盗たちが慌てて後退しようとするが、遅い。
「『ハッピー・ドリーム』さん、お願いしますわね♡」
ルナが手を打つと、巨大な蕾から、無数の細い触手がムチのように飛び出した。
シュルルルルッ!
「うわぁぁぁっ!?」
触手は、逃げようとした野盗たちの首筋や額に、情赦なくブスリと突き刺さった。
物理的なダメージは(ほとんど)ない。しかし、ハッピー・ドリームの触手からは、対象の脳内に直接『極上の快楽と多幸感』を強制注入する、超高濃度の幻覚催眠成分が流し込まれたのだ。
「あ……あぁ……っ?」
野盗たちの動きが、ピタリと止まった。
手から蛮刀がポロリとこぼれ落ちる。
「うへへ……すげぇ……大金持ちだぁ……」
「美女がいっぱいだぁ……俺の周りに、酒と肉がいっぱいだぁ……」
「デュフフ……もう略奪なんて疲れること、やらなくていいんだぁ……はした金(みかじめ料)なんて、くれてやるよぉ……」
先ほどまで殺気を放っていた悪党たちが、全員白目を剥き、口からだらしなくヨダレを垂らしながら、幸せそうな笑顔でへたり込んでしまった。
ルナの放つ『善意100%の精神汚染(VR)』によって、彼らは脳内で「自分たちはすでに世界一の富豪になった」という究極の幻覚を見せられているのである。
「ふふっ♡ 皆様、とっても幸せそうなお顔ですわね。やっぱり、人に親切にするって素晴らしいことですの」
ルナが両手を頬に当てて、純真無垢に微笑んでいる。
「……これ、完全に麻薬の症状だよな」
真守は、ヨダレを垂らして昇天している野盗たちを見下ろしながら、少しだけ顔を引きつらせた。
「悪党にはお似合いの末路だが……本当に、一番エグいのはこいつの『善意』だな」
マモルは、野盗の営業マンが持っていた集金用の皮袋(なけなしの活動資金が入っている)を無慈悲に回収すると、ヨダレを垂らしている野盗たちの顔を新聞紙でペシペシと叩いた。
「ほら、満足したならとっとと本部に帰れ。そして親玉に伝えろ。『ポポロ村のクーリングオフは完了した。これ以上関わるなら、消費者センター(俺たち)が本気で潰しに行く』とな」
「うへへ〜……りょうかぁぁい……幸せぇぇ……」
野盗たちは、夢見心地のままフラフラと立ち上がり、ニコニコと鼻歌を歌いながら、森の奥深くにある自分たちのアジトへと帰っていった。
こうして、悪徳サブスクリプションの第一波は、マモルの論破とルナの精神汚染によって、完全に退けられたのである。
しかし、野盗の親玉がこの『解約』を素直に受け入れるはずもなく。
より凶悪な『解約手数料の取り立て(物理)』が、ポポロ村に迫ろうとしていた。
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