偽金貨と黄金の鉄拳
偽金貨と黄金の鉄拳
ポポロ村のメインストリートは、今日も活気に満ちていた。
三カ国の緩衝地帯という立地を生かし、様々な種族の商人や冒険者が行き交うこの村は、ちょっとした地方都市並みの賑わいを見せている。
その大通りを、肩で風を切って歩く二人の不審な……もとい、堂々とした女性たちの姿があった。
芋ジャージに健康サンダルを突っ掛けた人魚姫・リーザと、同じくエンジ色のジャージ姿で無駄に美しい金髪をなびかせる駄女神・ルチアナである。
「ふふふっ……見なさい、ルチアナ。すれ違う人々が皆、私たちの圧倒的なオーラ(とジャージ姿)に道を譲っていますわ!」
「当然よ! 私のポケットには今、ピカピカに磨き上げられた『金貨(五円玉)』が二十枚も入っているんだから! 心に余裕がある女は美しく見えるものなのよ!」
二人の顔には、草むしりをしていた時の絶望感など微塵もなかった。
あるのは、「これから最高級の美味いものをタダで(詐欺で)食い荒らしてやる」という、底辺特有の強欲でギラギラとした輝きだけである。
「さぁ、行くわよリーザ先輩! 狙うはポポロ村で一番高級な食材を扱っているお店よ!」
「ええ! 大陸屈指の大企業『ゴルド商会』のポポロ村支部。あそこの特上ロックバイソン肉と、高級フルーツを根こそぎ買い占めてやりますわーっ!」
二人が意気揚々と乗り込んだのは、ゴルド商会のポポロ村出張所だった。
店内には、魔法で冷やされたショーケースに、霜降りの分厚い肉や、新鮮な海の幸、そして世界樹の森周辺でしか採れないような貴重な果物がズラリと並んでいる。
「いらっしゃい。……って、なんや。マモル先生のトコの居候コンビやないか」
店番をしていたのは、ゴルド商会に所属するゴールドランク商人――猫耳族の青年、ニャングルだった。
彼は店の奥のカウンターに座り、得意の算盤を片手に、もう片方の手でキセルを吹かしていた。商人らしい、抜け目のない細い目が二人を値踏みするように見つめる。
「ふふんっ! 今日はひやかしじゃありませんわよ、ニャングル! 一番高いロックバイソンのサーロイン肉を十枚! それと、そこのメロンとブドウも全部いただきましょうか!」
リーザが、バンッ! とカウンターを叩いてドヤ顔で言い放った。
「ほぉ? 威勢がええな。全部合わせたら、金貨十枚は下らんで? いっつもタローマートで半額もやしを巡って野良犬と争っとる貧乏人魚が、そんな大金持っとるんか?」
ニャングルがキセルをコンコンと灰皿に叩きつけながら、鼻で笑う。
「失礼ね! 持ってるに決まってるでしょ! ホラ、これを見なさい!」
ルチアナが、ジャージのポケットから、ジャラジャラと音を立てて『黄金に輝く硬貨の束』をカウンターの上にぶちまけた。
チャリンッ、ジャララッ。
太陽の光を反射し、眩いばかりの黄金の輝きを放つ二十枚の硬貨。
「ふはははっ! どう!? 目が眩んだでしょう! さぁ、さっさとお肉を包みなさいな!」
ルチアナが勝ち誇ったようにふんぞり返る。
だが。
カウンターの上に硬貨がばら撒かれた瞬間、ニャングルの猫耳が『ピクッ』と不自然に跳ねた。
彼の細い目が、スッと見開かれる。
「…………」
ニャングルは無言のままキセルを置き、カウンターの上の硬貨を一枚、指先でつまみ上げた。
(あ、あれ……? ニャングルの様子がおかしいですわ……?)
リーザの背筋に、嫌な汗が流れた。
猫耳族。中でもこのニャングルは、ゴルド商会で若くしてゴールドランクに上り詰めた天才商人である。
彼が最も愛しているのは『お金の匂い』と『お金の音』。
その彼にとって、硬貨の真贋を見抜くなど、呼吸をするよりも容易いことだった。
「……おい、お前ら」
ニャングルの声のトーンが、地を這うような低いものに変わった。
「なんや、この真ん中に開いとる『穴』は」
「えっ!? あ、あぁ! そ、それは最新のデザインですの! 風通しを良くして軽量化を図った、名付けて『ドーナツ・ゴールド』ですわ!」
リーザがしどろもどろになりながら、必死の言い訳をひねり出す。
「ほう。最新のデザインな。……ほな、この硬貨から金特有の重厚な匂いがいっさいせぇへんのはなんでや? それに、カウンターに落とした時の音が、純金の『チャリッ』やのうて、安い合金の『チャカッ』やったんはなんでや?」
「ひぃっ……!」
ルチアナが後ずさりした。
ニャングルは、五円玉を親指と人差し指で挟み、ギリッと力を込めた。
「……これは、銅と亜鉛の合金。ただの『真鍮』やないかい。磨いて光らせただけで、金貨に見せかけようとしたんか?」
パキッ。
ニャングルの手の中で、商人の怒り(闘気)を込められた五円玉が、無惨にもひしゃげた。
「わ、ワシはなぁ……。喧嘩みたいなアホな真似は嫌いなんや」
ニャングルが、カウンターから身を乗り出した。
その背後には、関西弁の凄みと共に、激怒した猫のオーラが巨大な虎のように立ち上っていた。
「せやけどな……。商売人を舐めて、偽金で詐欺を働こうとするクズには……きっちり『落とし前』つけさせてもらうでぇ!!」
「「いやああああぁぁぁぁっ!?」」
リーザとルチアナが悲鳴を上げて逃げようとした。
しかし、商人の怒りの鉄拳は早かった。
「舐めとんのかワレェェェェェッ!!」
ドバキィィィィィンッ!!!
ニャングルの放った見事な右フックと左ストレートの連撃が、女神と人魚姫の美しい顔面に、寸分違わず同時炸裂した。
「あふんっ!!」
「はぶぅっ!!」
顔面を真芯で撃ち抜かれた二人は、まるでボウリングのピンのように美しく宙を舞い、ゴルド商会の店の外、ポポロ村の土の道へと綺麗に吹っ飛んでいった。
ドサッ、ガラガラッ!
土煙を上げて転がった二人は、白目を剥いて完全にノックアウト(気絶)していた。
「……ふぅ。商売の神様を舐めたらアカンで、ホンマ」
ニャングルは、何事もなかったかのように拳を息で吹き、再びキセルに火をつけた。
* * *
「……本当に、本当に申し訳ありませんでした! うちの馬鹿共が、多大なるご迷惑をおかけしました!」
数分後。
夕飯の買い出し(特売日の大根狙い)のために通りかかった加藤真守が、店の前で白目を剥いて倒れている自分の居候たちを発見し、ニャングルに対して床に額をこすりつける勢いで平謝りしていた。
「いやぁ、マモル先生。先生が謝るこっちゃないですわ」
ニャングルはキセルを咥えながら、苦笑して手を振った。
「先生のところのペットが、変な穴の開いたワッシャー(金属部品)みたいなもんをピカピカに磨いて、金貨や言い張って肉を騙し取ろうとしたんで、つい手が出ちゃいましてな」
「通貨偽造に詐欺未遂……!!」
マモルの顔が、怒りを超えて絶望で真っ青になった。
「ご迷惑をおかけしたお詫びに、これは今日の迷惑料として受け取ってください! それから、この大根と、ロックバイソンの肉も正規の値段で買わせてもらいますから!」
マモルは財布から本物の銀貨を多めに取り出し、ニャングルに押し付けた。
まるで、子供が近所の家の窓ガラスを割ってしまった時の、気の毒な父親の姿そのものであった。
「まいどありー。先生も、あんなアホ共の面倒見るなんて難儀なこってすなぁ」
「ええ……本当に。今夜、きっちり教育し直します」
マモルは、白目を剥いて倒れているルチアナとリーザのジャージの襟首を両手でそれぞれ掴み、ズルズルと引きずりながら、鬼のような形相でマイホームへの帰路についたのだった。
* * *
「痛いぃぃっ! 顔面が痛いよぉぉぉっ!」
「鼻血が……私のアイドル生命が……うぅっ」
マイホームの一階、和室(客間)。
ニャングルの強烈なパンチによって顔面を腫れ上がらせた二人は、畳の上で並んで綺麗に正座させられていた。
その目の前には、腕を組み、仁王立ちする加藤真守。
彼の手には、お馴染みの『ルナミス新聞』をガチガチに丸めた特製ハリセンが、威圧的に握られている。
「いいか、お前ら」
マモルの低く、静かな声が和室に響く。
「日本……いや、このアナステシア世界においても、『通貨偽造罪』というのは国家の根幹を揺るがす大罪だ。見つかれば懲役どころか、最悪の場合は死刑になる重罪なんだぞ!」
「ひぃっ! ご、ごめんなさい! 出来心だったの!」
ルチアナが涙目で平伏する。
「リーザ! お前、ルチアナをそそのかしてこんなセコい詐欺を働いたな!」
スパーーーンッ!
「あふんっ!」
リーザの頭に、丸めた新聞紙が小気味良い音を立てて炸裂した。
「ま、マモルP! 違いますの! 私はただ、ルチアナがタダ飯を食いたいと泣きつくから、先輩として少し知恵を貸してあげただけで……!」
「その知恵が犯罪(詐欺)なんだよ!」
スパーーーンッ!
「はぶぅっ!」
「ルチアナ! お前も神のくせに、五円玉(五十円相当)を必死に磨いて金貨と言い張るなんて、セコすぎて涙が出てくるわ! もっと他にやることがあるだろうが!」
スパーーーンッ!
「あいたぁっ! だって、草むしり嫌だったんだもーんっ!」
和室に、リズミカルな新聞紙の破裂音と、駄女神と貧乏人魚の情けない悲鳴が響き渡る。
「大体、穴の開いた五円玉が金貨に見えるわけがないだろ! ニャングル相手に通用すると思ったお前らの浅はかさが腹立たしい!」
三時間の説教と正座。
足が完全に痺れ、顔面はパンチで腫れ上がり、頭は新聞紙で叩かれまくった二人は、ついに畳の上にぐったりと倒れ伏した。
「……反省したか」
「はい……もう二度と、五円玉は磨きません……」
「タローマートの半額シールだけを信じて生きていきますわ……」
二人の心からの懺悔を聞き届け、マモルはようやく新聞紙を下ろした。
「……たく。どいつもこいつも、目を離せばコンプライアンス違反ばかりしやがって」
マモルは大きくため息をついた。
借金まみれの女神と、タダ飯のプロの人魚。
底辺の絆で結ばれた二人が引き起こした『五円玉錬金術事件』は、ニャングルの鉄拳とマモルの教育的指導によって、未遂のまま幕を閉じた。
「明日は平和に過ごせるといいんだがな……」
マモルが肩を揉みながらリビングへ戻ろうとした、その時である。
マイホームの絶対防御フェンスの外から、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。
「マ、マモルさん! マモルさーんっ! 大変なのっ!」
玄関のドアを勢いよく開けて飛び込んできたのは、月兎族の村長・キャルルだった。
彼女のウサギの耳は恐怖でピンと直立し、その手には、一枚の怪しげな『羊皮紙』が握りしめられていた。
異世界オカン系教師の平穏は、一日たりとも続かない。
セコい詐欺事件が片付いたと思ったら、今度は『現代の悪徳ビジネス』を引っ提げた野盗の脅威が、ポポロ村に迫ろうとしていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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