第三章 底辺の錬金術と、悪徳サブスク野盗のクーリングオフ編
底辺の錬金術(五円玉の先輩)
夏の日差しが容赦なく降り注ぐ、ポポロ村の昼下がり。
加藤真守のマイホームの南庭では、一人の女性が麦わら帽子にエンジ色のジャージという、およそ神らしからぬ出で立ちで地面に這いつくばっていた。
「あー……暑い。暑すぎるわ。どうして偉大なる世界神であるこの私が、こんな炎天下で草むしりなんてしなきゃいけないのよぉ……」
永遠の17歳(自称)にして、第3種惑星創造神格公務員である女神ルチアナは、泥だらけの軍手で雑草を引き抜きながら、恨み言をブツブツとこぼしていた。
彼女の背中には、玉のような汗が滲んでいる。
推しのアイドル『朝倉月人』のソシャゲでガチャを回し、全財産(100万円)を一瞬で溶かした挙句、大宇宙管理局の黒服レスラーに回収されたのは記憶に新しい。なんとかマグローザ漁船(カニ工船)から自力で泳いで逃げ帰ってきたものの、マモルの家に居候するための条件として『過酷な強制労働』を科せられていた。
「『食うなら働け。神の威厳より家計簿を優先しろ』ですって? あのオカン男……! 神様をアゴで使うなんて、絶対にバチが当たるわよ!」
ルチアナは抜いたペンペングサを放り投げ、縁側にドカッと腰を下ろした。
タオルで汗を拭いながら、大きくため息をつく。
労働の後の冷たい麦茶は確かに美味しいが、ルチアナが求めているのはこんな質素な生活ではない。高級レストランでのディナー、エステ、そして推しのライブのVIP席だ。
「はぁ……。どっかに落ちてないかしら。この村のタローマート(スーパー)や、ルナキン(ファミレス)で、タダで飲み食いできる『魔法の食券』みたいなのがさぁ……」
ルチアナが空を仰いで現実逃避のボヤキを漏らした、その時だった。
「あら。お金が欲しいんですの? ……後輩」
頭上から、妙に偉そうな声が降ってきた。
ルチアナが振り向くと、そこには縁側の窓枠に寄りかかり、タローソン(コンビニ)の百円アイスキャンディーを舐めている芋ジャージの少女――シーラン国の人魚姫にして、地下アイドル(タダ飯のプロ)であるリーザが立っていた。
リーザは、フッと口角を上げ、どこか悟りを開いたような、歴戦の強者の目をしている。
「……は? 後輩?」
ルチアナは眉をひそめ、持っていたシャベルを地面に突き立てた。
「ちょっとアンタ、いつから私がアンタの後輩になったのよ! 私は世界を創造した神様よ!? パンの耳と雑草で生き延びてるタダ飯人魚に後輩呼ばわりされる筋合いはないわ!」
「フッ……浅いですわね、ルチアナ」
リーザはアイスキャンディーをかじり、ふんぞり返った。
「神だのなんだの、過去の栄光にすがるのはおやめなさい。ここはマモルPの支配する『絶対オカン領域』。この家でいかにしてタダ飯を食い、マモルPの財布からおこぼれを頂戴するか……そのサバイバル術において、貴女は圧倒的な素人ですのよ。だから、私の『後輩』なんですの」
「ぐっ……!」
反論しようとしたルチアナだったが、言葉に詰まった。
確かに、リーザはこの家(というかポポロ村全体)において、タダ飯を食う技術では右に出る者はいない。試食コーナーの制覇、炊き出しの最前列確保、さらにはマモルに茹で卵を恵んでもらうという同情を引くテクニックまで、底辺を生き抜くスキルがカンストしている。
ガチャで爆死して泣きついてきただけの自分は、タダ飯界においては新参者と言わざるを得なかった。
「お、お黙り! そんな惨めなスキル、誇るんじゃないわよ!」
「強がるのは勝手ですが……お腹は鳴っていますわよ? 本当は、お金を増やしたくないんですの?」
リーザが、悪魔のような(あるいは貧乏神のような)甘い声で囁いた。
その言葉に、ルチアナの肩がピクッと震えた。
「お……お金を……増やす……?」
「そうですわ。汗水垂らして草をむしるのも立派ですが、もっとスマートに、もっと簡単に、金貨を手に入れる方法……知りたくありませんこと?」
「ふ、増やしたい! 増やしたいわ!!」
神の威厳もプライドも、ルチアナはわずか五秒で投げ捨てた。
彼女はリーザの足元にすがりつき、エメラルドの瞳をギラギラと輝かせた。
「教えてリーザ先輩! 私、もう草むしりは嫌なの! クーラーの効いた部屋でゴロゴロしながら、美味しいお寿司が食べたいのぉっ!」
「よろしい。その素直な欲望こそが、底辺を這い上がる第一歩ですの」
リーザは満足げに頷き、アイスの棒をゴミ箱に捨てると、ジャージのポケットにごそごそと手を入れた。
「ルチアナ、よく見ておくんですの。これが、私が見つけた『究極の錬金術』のキーアイテムですわ!」
ジャーン! という効果音(口プ)と共に、リーザが天高く掲げたもの。
それは、真ん中にぽっかりと穴の開いた、茶色くくすんだ硬貨だった。
「……なにこれ。見たことないお金ね」
「ふふんっ。これは、マモルPが地球から持ってきたズボンのポケットからポロリと落ちていたのを、私がすかさず回収した『異世界の硬貨』……その名も『五円玉』ですわ!」
「ご、ごえんだま……?」
ルチアナは首を傾げた。
確かに、ルナミス帝国やアバロン魔皇国で流通している金貨や銀貨、銅貨とはデザインが全く違う。稲穂のような模様が刻まれ、真ん中に穴が開いている。
「でもこれ、なんだか薄汚れてるし、銅貨より安っぽく見えるわよ?」
「チッチッチッ。だから貴女は素人なんですの」
リーザは得意げに指を振り、五円玉をルチアナの鼻先に突きつけた。
「よく見るんですの。この五円玉の素材は『真鍮』……つまり、銅と亜鉛の合金。これは、磨けば磨くほど、まるで本物の『金』のようにピカピカと輝きを放つ性質を持っているんですわ!」
「えっ……!?」
「アナステシア世界の田舎の商人なんて、硬貨の真ん中に穴が開いているかどうかなんて気にしませんわ! 重要なのは『色』と『輝き』! つまり、この薄汚れた五円玉を極限までピカピカに磨き上げれば……誰がどう見ても、燦然と輝く『金貨』に早変わりするということですのーっ!!」
ドヤァァァァッ!
リーザの背景に、幻の黄金のオーラが立ち上った(気がした)。
「な、なんという天才的な発想……っ!」
ルチアナがゴクリと喉を鳴らした。
ルナのような『本当の魔法(三日で戻る)』で石を金に変えるのとは違う。これは、自らの手で真鍮のポテンシャルを引き出し、相手の目を欺くという、極めてアナログかつセコすぎる物理的詐欺(錬金術)である。
「でも、たった一枚じゃ大した買い物はできないんじゃ……」
「安心しなさいな。マモルPのズボンからは、なんと『二十枚』もの五円玉が発掘されましたの! これをすべて金貨に偽装できれば、金貨二十枚……日本円にして約二十万円分! ルナキン(ファミレス)で最高級ステーキセットを毎日食べても、お釣りが来ますわよ!」
「に、二十万円……!!」
ルチアナの瞳が、完全に『金』のマーク(¥_¥)になった。
借金まみれの女神にとって、手元にノーリスク(嘘である)で二十万円が転がり込んでくるという誘惑は、あまりにも強烈すぎた。
「や、やるわ! 私、磨くわ! 親の仇のようにピカピカにしてやるわ!」
「その意気ですわ、後輩! さぁ、私がタローマンでくすねて……いえ、試供品としてもらってきた金属磨きクロスと研磨剤ですの。これを使って、魂を込めて磨き上げるんですわ!」
「任せなさい! 神の腕力を見せてあげるわーっ!」
キュッキュッキュッキュッ!
夏の炎天下。加藤真守のマイホームの縁側で、芋ジャージの人魚と、エンジ色ジャージの女神が、肩を並べて一心不乱に五円玉を磨き始めた。
「ほらルチアナ、もっと力を入れて! くすみが残っていると、ニャングル(商人)の目はごまかせませんわよ!」
「分かってるわよリーザ先輩! ああっ、見て! この一枚、ものすごくキラキラになったわ! 完全に純金よ、これ!」
「素晴らしいですわ! その調子で次も行きますのよ!」
シュールである。あまりにも底辺の光景である。
世界を救うべき神と、海を統べる人魚姫が、たった二十枚の五円玉(日本円にして合計百円)を、金貨(二十万円)だと偽るために、汗だくになって金属磨きに精を出しているのだ。
しかし、彼女たちの顔には、草むしりをしていた時のような絶望はなかった。
あるのは、「これでタダ飯が食える」という、純粋で強欲な希望の光だけだった。
「ふふふっ……見てなさい、マモル。私たちがこの『黄金の五円玉』で、豪遊して見せるわ!」
「高級フルーツも、特上のお肉も、全部買い占めてやりますわーっ!」
かくして、底辺の絆で結ばれた『タダ飯同盟』の二人は、ピカピカに磨き上げられた偽金貨(五円玉)を握りしめ、ポポロ村の商店街へと意気揚々と繰り出していくのだった。
その先に、無慈悲な『顔面パンチ』という物理的ツッコミが待ち構えていることなど、微塵も想像せずに――。
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