回転寿司パーティーと帰還者
回転寿司パーティーと帰還者
借金まみれの駄女神ルチアナが、黒服のレスラー天使たちにスーツケースに詰め込まれてドナドナされてから、数時間が経過した。
すっかり日が落ちたポポロ村。加藤真守の三十五年ローン物件の一階リビングでは、盛大な宴の準備が進められていた。
「おおーっ! すごーいっ! マモルお兄さん、この『ミニチュア魔導列車』はなんなの!?」
キュララが、ダイニングテーブルの上に展開された巨大なレールセットを見て目を輝かせた。
「魔導列車じゃなくて、地球の『プラレール』だ。レールの上を走る車両の屋根に、マジックテープで小皿を固定できるように改造してある」
マモルは、キッチンから山盛りの寿司ネタが乗った大皿を運びながら答えた。
今日の夕食は、マモル特製のDIY『自家製・回転寿司パーティー』である。
「わぁ……! レールの上を、お寿司が走ってきますわーっ!」
リーザが、流れてくる小皿を見つめて感涙にむせいでいた。
「ルナミス帝国でも、一部の超高級店でしか導入されていないという『魔導回転寿司』システム! まさかタダ飯でこれを味わえる日が来るなんて……私、生きててよかったですのぉぉっ!」
テーブルの上を、電池で動くプラスチックの列車が「ガタンゴトン」と小気味良い音を立てて走り、その上に乗った寿司の小皿が次々とヒロインたちの前を通過していく。
寿司のネタは、ポポロ村の独自の流通ルートで仕入れた三カ国の極上食材だ。
シーラン国近海で獲れた『マグローザ』の分厚い大トロや赤身。
清流で乱獲された凶暴な『ピラダイ』の炙りマヨネーズ乗せ。
さらに、ポポロ村の新鮮な『レ足ス』や『たまんネギ』を使った創作サラダ巻きや、子供舌のキャルルのための『特製ハンバーグ寿司』まで、オカン系教師のレパートリーは完璧に揃っている。
「いただきまーすっ! ん〜っ、マグローザのトロ、お口の中でとろけちゃう〜♡」
キャルルがウサギの耳を幸せそうにパタパタさせながら、マグローザを頬張る。
「マモル様、この白いご飯、少し酸味があってとっても美味しいですわ! そうだ、私がこのお寿司の上に、豪華に『純金(金粉)』を錬成してトッピングして差し上げますね♡」
天然サイコパスエルフのルナが、親切心から指先を光らせようとした。
スパーーーンッ!
「あふんっ!?」
マモルが光の速さで丸めたルナミス新聞を振り下ろし、ルナのおでこを叩いた。
「食べ物に、三日で石ころに戻る金属片を乗せるな。歯が折れたらどうする」
「うぅっ……ごめんなさい、マモル様……。でも、怒るマモル様も素敵ですわ♡」
もはやツッコミすらご褒美として受け取り始めているルナをスルーし、マモルは自分用のジョッキに、キンキンに冷やしたビール(地球の缶ビール)を注いだ。
「はーい、リスナーの皆! 今日はマモルお兄さん特製の、お家で回転寿司パーティーだよーっ! すっごく美味しいの!」
キュララが空中に魔導カメラを浮かべて配信しているが、今日は平和な『飯テロ配信』だ。
コメント欄には『美味そう』『マモル先生の料理スキル高すぎ』『ルチアナ様がいなくて平和だなw』といった文字が流れている。
マモルは、ジョッキのビールをグイッと煽った。
「ぷはぁーっ! ……美味い」
仕事(生活指導とツッコミ)の後のビールは、いつ飲んでも最高だ。
騒がしいヒロインたちは相変わらずだが、あの『借金まみれの駄女神』がいないだけで、リビングの空気はどこかスッキリとしていて、エンゲル係数の心配も一つ減った。
(やっぱり、家は静かで、美味い飯があるのが一番だな)
三十五年ローンを抱える男として、このささやかで確かな平穏こそが、何よりも守るべき宝である。マモルがしみじみとそう噛み締めた、その時だった。
ドンドンドンドンッ!! バンッ!!!
突如として、玄関のドアが乱暴に叩かれ、そのまま勢いよく蹴り開けられた。
「な、なんだ!?」
マモルが立ち上がり、ヒロインたちも一斉に玄関の方を振り返った。
そこには、強烈な磯の香りと生臭いヘドロの匂いを漂わせた、一つの『物体』が立っていた。
頭にはワカメのような海藻を乗せ、エンジ色のジャージはボロボロに引き裂かれ、裸足の足は泥だらけ。
まるで、深海から這い上がってきたゾンビのような姿である。
「……マ、モル……」
「お、お前……」
マモルは、手に持っていたビールのジョッキを落としそうになった。
そこに立っていたのは、数時間前に天界のカスハラ部にドナドナされていったはずの駄女神、ルチアナだったのだ。
「ルチアナ!? なんでお前がここにいる! シーラン海峡のマグローザ漁船に連れて行かれたんじゃなかったのか!」
「ぜぇ……はぁ……っ!」
ルチアナは、玄関の壁に手をつき、ゼーゼーと荒い息を吐きながら顔を上げた。
その瞳には、神の威厳など欠片もない、純粋な『執念』だけが宿っていた。
「泳いで……泳いで、逃げてきたわよぉぉぉっ!!」
「「「はぁっ!?」」」
リビングの全員が、信じられないという顔で叫んだ。
「あ、あんな地獄の船、五分で限界よ! マグローザの切り身をひたすら仕分けさせられて、ご褒美が魚の骨のスープなんて、絶対に嫌だぁぁぁっ!」
ルチアナは涙と鼻水を流しながら、フラフラとした足取りでリビングへと這い上がってきた。
「ちょっと! 泥だらけの足で上がるな!」
「うるさいっ! 私は神よぉぉ! 黒服のレスラーがよそ見した隙に、海に飛び込んで、イルカの背中にしがみついて、ポポロ村まで死に物狂いで帰ってきたのよぉぉっ!」
もはや、そこにあるのは推しへの愛でもなければ、神のプライドでもない。
ただ単に「カニ工船(マグローザ漁船)で労働したくない」という、極限のクズ根性が生み出した奇跡の生還劇だった。
「お……お寿司ぃぃ……」
ルチアナの霞む視界に、プラレールの上を走る『マグローザの大トロ』が映った。
彼女は、まるで砂漠でオアシスを見つけた遭難者のように、床を這ってテーブルへと手を伸ばした。
「一口……一口でいいから、新鮮なマグローザを私に……。もう魚の骨は嫌ぁぁ……」
バタッ。
ルチアナはテーブルの縁に指をかけたまま、完全に力尽きて床に突っ伏した。
「…………」
リビングは、プラレールのモーター音だけが空しく響く、完全な静寂に包まれた。
「……マモルP」
沈黙を破ったのは、タダ飯人魚のリーザだった。
彼女は、自分のお皿に乗っていたマグローザの赤身を一つ手に取ると、床に倒れているルチアナの口元へとそっと運んだ。
「食べて……食べてくださいませ、ルチアナ様」
「リーザ……?」
「底辺には、底辺にしか分からない苦しみがありますの。借金取りから逃げ、極寒の海を泳いで渡ってきた貴女の執念……私、感動いたしましたわ」
リーザが、またしても聖母のような慈愛の表情でルチアナの頭を撫でる。
「さぁ、美味しいお寿司ですの。遠慮せずに食べて……明日からまた、日雇いのバイトを探しましょうね」
「うぅっ……リーザちゃぁぁん……! モグモグ、美味しいぃぃっ!」
泥まみれの女神と、芋ジャージの人魚が、床の上で固く抱き合いながら寿司を咀嚼している。
なんとも言えない、美しくも醜い底辺の絆である。
「……はぁ」
マモルは、深々と、今日一番の特大のため息をついた。
どこまでいっても、この駄女神は自分にまとわりついてくる運命らしい。三十五年ローンのマイホームを授けられた以上、この縁はそう簡単には切れないということか。
「おい、ルチアナ」
「ひっ……! ご、ごめんなさいマモル! もうガチャは引かないから! 大宇宙管理局には内緒にしててぇ!」
ルチアナがビクビクと顔を上げる。
マモルは、腕を組んだまま、冷たく言い放った。
「そのままリビングを汚すな。すぐにお風呂に入って、泥と磯の匂いを落としてこい」
「えっ?」
「服は洗濯機に放り込んでおけ。上がったら……お前の分の寿司と、熱い味噌汁を出してやる。マグローザの大トロもあるぞ」
その言葉を聞いた瞬間、ルチアナの瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「マモルぅぅぅっ……! あんた、やっぱり鬼じゃなくて、ただのオカンだったのねぇぇっ!」
「うるさい。早く行け」
ルチアナは「一番風呂いただきーっ!」と叫びながら、這いつくばった状態から凄まじい速度で復活し、脱衣所へと駆け込んでいった。
「マモルさん、やっぱり優しいね」
キャルルがクスッと笑う。
「まぁな。俺は教育者だからな。更生の見込みがある(しつこい)馬鹿を見捨てるほど、薄情じゃない」
マモルは再びジョッキにビールを注ぎ直した。
「さぁ、お前ら。寿司が乾く前に食うぞ! あのクソ女神が風呂から上がってきたら、全部食い尽くされるからな!」
「「「はーいっ!!」」」
プラレールが走り、笑い声が響き、時折マモルのツッコミのハリセンが炸裂する。
天然サイコパスエルフも、借金まみれの駄女神も加わり、三十五年ローン物件のシェアハウスは、かつてないほど騒がしく、そして温かい空間となっていた。
「……悪くない夜だ」
マモルはビールの泡を口元につけたまま、誰にも聞こえない声でそっと呟いた。
異世界オカン系教師・加藤真守の防衛&同棲ライフは、まだまだ果てしなく、ドタバタと続いていくのである。
【第2章・完】
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