ガチャ爆死とドナドナ
ガチャ爆死とドナドナ
「いやーっ! 終わった! ついに私の地獄の借金生活が終わったのねーっ!」
加藤真守のマイホーム、一階リビング。
激辛ラーメンの完食という地獄のチャレンジを終え、スパチャで目標金額の『100万円(100万ゴールド)』を達成したルチアナは、ソファの上で歓喜のダンスを踊っていた。
「リスナーのみんな、本当にありがとう! これで私は黒服の回収係に怯えることなく、晴れて自由の身よ!」
ルチアナの手には、分厚い金色のケースに入った『エンジェルすまーとふぉん』が握られている。
画面には、キュララの配信アカウントから送金された【残高:1,000,000円】の文字が燦然と輝いていた。
「よし。金が入ったなら、さっさとそのスマホで『エンジェル・カード』のキャッシングリボの返済ボタンを押せ」
マモルが腕を組み、冷徹な監視官の目でルチアナに促した。
「月末の引き落としを待つな。今すぐ、全額繰り上げ返済だ。そうしないとまた無駄な利息がつくからな」
「分かってるわよぉ。もう、マモルは口うるさいオカンみたいなんだから」
ルチアナは鼻歌交じりにスマホの画面をタップし、カード会社の返済ページを開こうとした。
その時である。
――ピロリンッ♪
画面の上部に、一つのプッシュ通知がポップアップした。
『【月人アイカツ!】期間限定・純白のウェディングフェス開催中! SSR【君との誓い】朝倉月人、排出率アップ! 完凸して君だけの月人くんをウェディング姿にしよう!』
「…………っ!!」
ルチアナの指が、空中でピタリと止まった。
彼女の目に、信じられないほどの輝きが宿る。
「ウェディング……月人くんの、ウェディング衣装……!?」
ゴクリ、とルチアナが喉を鳴らす音が、静かなリビングに響いた。
「おい、ルチアナ。何の手を止めている。早く返済ボタンを押せ」
マモルが怪訝な顔で声をかけるが、ルチアナの耳にはもはや届いていなかった。
彼女の脳内では、悪魔(限界オタクの欲望)が猛烈な勢いで囁き始めていたのだ。
(待って。今、私の手元には100万円ある。リボ払いの限度額は100万。……もし、ここで返済してしまったら、私の手元に残る現金はゼロ。つまり、この期間限定の月人くんのガチャは引けない……っ!)
ルチアナは、脂汗を滲ませながらスマホの画面を凝視した。
(でも、100万あれば……天井(確定枠)まで回してもおつりが来るどころか、完凸(最大強化)して最高ステータスの月人くんをホーム画面に設定できるじゃない! 返済なんて、また来月からコツコツ最低額(リボ払い)を払っていけばいいのよ! 推しのウェディング姿は『今』しかないのよ!!)
「……よしっ!」
ルチアナの瞳に、完全に理性という名のストッパーが弾け飛んだ狂気の光が宿った。
「フハハハハッ! マモル、ごめんなさいね! 借金返済は来月から頑張るわ! 今は月人くんが私を呼んでいるのよぉぉぉっ!!」
「なっ!? おいバカ、やめろ!!」
マモルが慌ててルチアナの手からスマホを奪い取ろうとしたが、遅かった。
ルチアナの指が、光の速さで【魔法石を10万円分購入する】のボタンを連打したのである。
「いっけえええぇぇぇっ! 私の全財産(100万)、推しへのご祝儀よぉぉぉっ!」
リビングに、ソシャゲのガチャ確定演出の派手なファンファーレが鳴り響いた。
画面の中で、虹色の星が飛び散り、カードが次々と裏返っていく。
「来い! 月人くん! ウェディング月人くぅぅぅんっ!!」
ルチアナが血走った目で画面に祈りを捧げる。
しかし。
結果画面に表示されたのは、すり抜けの恒常SSR(所持済み)と、大量の低レアカードの山だった。
「…………え?」
ルチアナの顔から、スッと血の気が引いた。
「う、嘘でしょ……? 10万回して、ピックアップすり抜け……? い、いや、まだよ! あと90万ある! 次こそは!」
ルチアナは狂ったように課金ボタンを押し、ガチャを引き続けた。
マモルは、もはや止める気も失せ、無表情のままソファの背もたれに寄りかかり、その惨劇を見下ろしていた。
二十分後。
マイホームのリビングは、完全なお通夜状態になっていた。
「あ……あぁ……」
ソファの上で、ルチアナが白目を剥いて燃え尽きていた。
彼女の手にあるエンジェルすまーとふぉんの画面。
残高:【0円】。
カードの所持枠には、見事なまでにすり抜けた他キャラのSSRと、目的の月人くんがたったの一枚(天井交換分)だけ寂しそうに光っていた。
完凸など夢のまた夢。完全なる『爆死』である。
「うぇぇぇぇんっ!! なによこのクソゲーーーッ!! 100万突っ込んでピックアップ一枚ってどういう確率よぉぉぉっ!!」
ルチアナがスマホを床に叩きつけようとして、慌てて自分でキャッチして号泣する。
「……終わったわね。トップ配信者の私から見ても、史上最悪の放送事故だわ」
一部始終を見ていたキュララが、ドン引きした顔で呟いた。
「なんということでしょう……。せっかく汗水垂らして手に入れたお金を、一瞬で溶かすなんて……。ルチアナ様は、私以下の貧乏神ですのね……」
リーザが、哀れみを通り越して完全にゴミを見るような目でルチアナを見下ろしている。
「…………」
マモルは、無言のままルチアナの前に歩み寄り、彼女の手からエンジェルすまーとふぉんをスッと取り上げた。
「マ、マモル……? ご、ごめんなさい、私、魔が差して……っ。また明日から畑仕事でもラーメンでもなんでもするから……!」
ルチアナが涙と鼻水まみれの顔で見上げる。
しかし、マモルの顔には、怒りも、呆れもなかった。
そこにあるのは、完全に『見限った者』に向ける、絶対零度の無表情だった。
マモルは、スマホの電話帳アプリを開き、ある番号をタップして通話ボタンを押した。
『プルルルル……ガチャ。はい、こちら大宇宙管理局・カスタマーハラスメント部です』
スマホから、事務的な女性オペレーターの声が聞こえてきた。
「あ、はい。お世話になっております。そちらに所属している駄女神のルチアナさんについてですが」
『はい。第3種惑星神格公務員のルチアナですね。ご用件は何でしょうか』
「はい、もう教育の限界なので、至急引き取ってください。……ええ、エンジェル・カードの滞納分もそのままです。はい、よろしくお願いします」
ピッ。
マモルは通話を切り、スマホをルチアナの膝の上にポイッと投げ返した。
「え……? ちょ、マモル? 今、誰に電話を……?」
「お前の迎えを呼んだんだよ。俺のオカンとしての教育義務は、お前がガチャのボタンを押した瞬間に終了した」
ゴゴゴゴゴゴ……!!
その直後。
マイホームの絶対防御結界の『内側』、つまりリビングの空間そのものが、突如として歪み始めた。
物理的な干渉を防ぐ結界も、神の直属機関である大宇宙管理局の『借金回収(差し押さえ)ワープ』は防げない。
空間が裂け、そこから二人の屈強な男が現れた。
黒いスーツに身を包み、黒いサングラスをかけた、プロレスラーのような筋骨隆々の天使族たち。
カスタマーハラスメント部の『回収係』である。
「ルチアナ様。エンジェル・カードの滞納、および度重なる職務怠慢により、強制送還命令が下りました」
「ヒィィィィィィッ!! で、出たぁぁぁぁっ!!」
ルチアナが悲鳴を上げて逃げようとするが、黒服天使たちの動きは素早かった。
ガシッ! と両腕を拘束され、ルチアナの体が宙に浮く。
「いやぁぁぁっ! 離して! マモル! マモルーっ! 助けてぇぇぇ!」
「大人しくしろ。お前の次の職場は、シーラン海峡のマグローザ漁船だ」
「カニ工船は嫌ぁぁぁぁぁっ!!」
ズボッ!
黒服天使たちは、持参した巨大な黒いスーツケースを開け、暴れるルチアナをまるで折りたたみ傘のように強引に押し込んだ。
ジッパーがシャーーーッと無慈悲に閉められる。
「ご協力感謝します。それでは、失礼いたします」
黒服天使たちはマモルに向かって深々と一礼すると、ルチアナの悲痛な叫び声が漏れるスーツケースを引きずりながら、再び空間の裂け目へと消えていった。
スゥッ……と空間が閉じ、リビングには元の静寂が戻った。
「…………」
「…………」
キャルル、リーザ、キュララ、そして天然エルフのルナが、ポカンと口を開けたまま、何もない空間を見つめている。
「ふぅ……」
マモルは、何事もなかったかのように縁側へ向かい、急須から湯呑みに緑茶を注いだ。
「さて、厄介な寄生虫も駆除できたことだし、お茶にするか。茶菓子は、タローソンで買ってきたどら焼きだぞ」
「い、いただきますわ……」
「マモル先生って、見限る時は本当に容赦ないんですね……」
縁側に座り、爽やかな風に吹かれながら優雅に緑茶をすするマモル。
三十五年ローンを抱える男にとって、最も忌むべき存在である『借金まみれの浪費家』を完全排除し、マイホームに訪れた至福の平和。
「やっぱり家は、静かなのが一番だな」
ズズッ、と緑茶を飲みながら、マモルは満足げに微笑んだ。
しかし、オカン系教師の平穏は長くは続かない。
この後、最悪のタイミングで『あの女』が帰還することを、彼らはまだ知る由もなかったのである。
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