買収と監視の同居契約
買収と監視の同居契約
「絶対に、絶対にダメ! ルナちゃんをこの家に入れるのだけは、絶対に反対だからね!」
丸めたルナミス新聞による『オカンの雷』が落ち、なんとか臓器売買の危機を脱したリビング。
しかし、次なる問題――ルナの滞在先について、月兎族の村長キャルルがウサギの耳を逆立てて猛反対していた。
「どうしてですの、キャルルちゃん……? 私、お掃除もお洗濯も、魔法でパパッと片付けられますわよ?」
「それがダメなの! 前にルナミス帝国で『道が汚いから』って巨大アースゴーレムにお掃除させた結果、王都のメインストリートが地盤沈下して大惨事になったでしょ!」
キャルルが涙目で過去のトラウマを語る。
「それに、冬に『寒い』って言ったら、親切心で上空に特大の『火炎龍』を召喚して森を三日三晩燃やしたじゃない! この家、木造住宅じゃないから燃えないかもしれないけど、絶対に変なところ(設備)が爆発するもん!」
「うぇぇぇん! 天使の私からも拒否権を発動するわ! そんな歩く大災害と一緒に住んだら、いつ配信中に私が黒焦げになるか分かったもんじゃないわよ!」
キュララもソファの上で羽をばたつかせて同調した。
「そ、そんなぁ……」
ルナはエメラルドの瞳に大粒の涙を浮かべた。
「私……皆様とまた、楽しくおしゃべりして、同じ屋根の下で暮らしたかっただけなのに……。私、そんなに嫌われてしまっていたんですのね……うぅっ」
絶世の美少女エルフが、ぽろぽろと涙をこぼして泣きじゃくる。
普通の男なら、この姿を見れば「キャルル、そんなに怒らなくてもいいだろ」と庇いたくなるだろう。しかし、加藤真守のオカンセンサーは正常だったため、(これ以上、居候が増えたら食費と俺の負担がヤバい)と極めてドライに傍観していた。
「ひぐっ……ぐすっ……分かりましたわ。皆様にそこまでご迷惑なら、私、森に帰ります……」
ルナは涙を拭い、寂しそうに踵を返そうとした。
「あ、でも……せっかく皆様への手土産として持ってきたものですし、これだけは置いていきますわ」
そう言って、ルナが空間魔法から取り出したのは、巨大な藤編みのカゴだった。
その中に盛られていたのは――。
「……っ!?」
マモルは息を呑んだ。
それは、地球の高級フルーツパーラーも裸足で逃げ出すような、色とりどりの極上フルーツの盛り合わせだった。
顔の大きさほどもある黄金色のメロン、ルビーのように輝く大粒のブドウ、そして、滴るほどに甘い蜜をあふれさせる、世界樹の魔力をたっぷり吸い込んだ『神ツヤ桃』や『完熟太陽マンゴー』。
カゴが置かれた瞬間、リビング全体が芳醇で暴力的なまでの『甘い香り』に支配された。
「世、界、樹、特、製……ウルトラプレミアムフルーツバスケット……!?」
キャルルがゴクリと喉を鳴らす。
「はうぅっ……」
だが、誰よりも早く反応したのは、普段からパンの耳と公園の雑草サラダで命を繋いでいる、底辺地下アイドル人魚のリーザだった。
バサァッ!
リーザは目にもとまらぬ速さでカゴに飛びつくと、一番大きな『世界樹の完熟太陽マンゴー』を鷲掴みにし、皮ごとガブリと噛み付いた。
「んんっ!? あまーーーーーいっ!!!」
リーザの瞳孔が開いた。
口いっぱいに広がる、暴力的なまでの甘さと、脳の髄まで溶けるような芳醇な果汁。
極度の栄養失調気味だった彼女の身体に、世界樹の莫大な魔力とビタミンが染み渡っていく。
「美味しい! 美味しいですわ! こんなの、タローマートの半額もやしとは比べ物になりませんのーっ!」
涙と果汁で顔をぐちゃぐちゃにしながら、リーザは一心不乱にマンゴーを貪り食う。
そして、種だけになったそれを放り投げると、クルリと振り返り、マモルの足元に凄まじい勢いでスライディング土下座を決めた。
「マモルP!!」
「……なんだ」
「このお方は……ルナ様は、私の命を繋ぐ大事な大事な大スポンサー(太客)様ですわ! どうか、どうかこの家に置いてあげてくださいませぇぇぇぇっ!」
「おい、さっきまで『腎臓を狙うサイコパス』って言って怯えてただろ」
「過去のことは水に流しましたわ! フルーツの前では些末な問題ですの! それに、よく見ればルナ様は女神のように慈愛に満ちたお顔をされておりますわ!」
一切のプライドを捨て、果物一つで完全に買収されたタダ飯人魚。
その見事なまでの寝返りっぷりに、キャルルとキュララは「うわぁ……」とドン引きの声を漏らした。
「マモルさん、ダメだよ! リーザちゃんは買収されちゃったけど、ルナちゃんを置いたら本当に村が――」
「いや、キャルル。俺も、ルナをこの家に置いた方がいいと思う」
「えっ!?」
マモルの意外な言葉に、キャルルが驚いて振り返る。
マモルは、丸めたルナミス新聞で肩をトントンと叩きながら、極めて合理的な『教師の顔』になっていた。
「よく考えろ。もしルナをこの家から追い出して、ポポロ村の宿屋に泊まらせたらどうなる? ……あいつ、親切心で『宿屋の改築』とか言い出して、巨大ゴーレムを呼んで村ごと更地にするぞ」
「あっ……」
「さらに、『宿代の代わりに』と言って、あの純金の石ころを大量に村にばら撒いてみろ。数日後にただの石に戻る偽金だぞ。ポポロ村の経済と信用は一瞬で崩壊し、村長のキャルルは暴動を起こした村民たちに吊し上げられることになる」
「ヒィィッ! やだ、吊るされたくない!」
想像した絶望的な未来に、キャルルがウサギの耳を抱えて震え上がった。
「悪意のある悪党なら、自警団で力ずくで追い出せばいい。だが、ルナの行動原理は100%『善意』だ。悪気がない分、たちが悪い。つまり、あいつのような『歩く天然災害』を村に野放しにするのは、リスクがデカすぎるんだよ」
マモルは、キリッとした顔で結論を述べた。
「だから、俺の目の届く範囲――この『絶対防御の結界』が張られたマイホームに軟禁……いや、同居させて、常に監視しておくのが、最も安全で合理的なリスクマネジメントだ」
「……マモル先生。貴方、本当に数学教師ですか? 魔皇国の軍師になれますよ」
一部始終を見ていた魔族のルーベンスが、呆れたように呟いた。(彼はそのまま「私は面倒なことには巻き込まれんぞ」と言い残し、そそくさと帰っていった)
「というわけだ、ルナ」
マモルは、キョトンとしているルナの前に立ち、ハリセンをビシッと突きつけた。
「俺の家で暮らすことを許可する。その代わり、いくつか絶対に守ってもらうルールがある」
「ルール、ですか?」
「一つ、俺の許可なく巨大な魔法を使わないこと。二つ、純金を作ってばら撒かないこと。三つ、他人の臓器を勝手に売買しないこと。……守れるか?」
ルナは、パチパチと瞬きをした後、ポワァンと顔を赤く染めた。
「まぁ……♡ マモル様って、本当に私のことを心配して、色々と気にかけてくださるのですね……。まるで、厳しくも優しいお父様のようですわ……!」
完全に解釈違いを起こしているが、ルナは嬉しそうに両手を胸の前で組んだ。
「もちろんですわ、マモル様! 私、ご迷惑をおかけしないように、マモル様のお言いつけをしっかり守る、良い子になりますわね♡」
「よし、契約成立だ。キャルル、キュララ、そういうわけだから、今日からルナもこのシェアハウスの一員だ。仲良くしてやってくれ」
「うぅ……マモルさんがそう言うなら、仕方ないけどぉ……」
「私、絶対にあの子に背中は見せないわ……」
こうして、ただでさえ騒がしかった加藤真守の三十五年ローン物件に、新たに『資産無限・常識ゼロ・善意100%の天然サイコパスエルフ』という、最上級の劇薬が投下されることとなった。
「あーん、リーザちゃん! 私のマンゴー食べないでよぉ!」
「うるさいですわ! ルナ様のお心遣いは、この私がすべて平らげるのが礼儀ですのーっ!」
「あらあら、うふふ。皆様、本当に仲良しで微笑ましいですわね♡」
フルーツバスケットを巡って再びキャットファイトを始めた同居人たちを眺めながら、マモルは深く、深くため息をついた。
「……胃薬、地球からもっと持ってきておけばよかったな」
異世界オカン系教師の過労死ラインは、今日も順調に引き上げられていくのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「リーザの買収されるスピード、光の速さで草」
「マモル先生の合理的なリスク管理(という名のオカン)」
「天然サイコパスエルフ、無事に同居開始!」
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次回、第4話「高級車と永遠の17歳」!
ついにあの『クズ女神』がポポロ村に降臨します。お楽しみに!




