第二章 天然サイコパスエルフと、クズ女神のドナドナ労働編
迷子のエルフと黄金の石ころ
ポポロ村を襲った死蟲機の群れを退けてから、数日が経った。
加藤真守のマイホームは、相変わらず騒がしくも平穏な日常を取り戻していた。
「よしよし。日当たりも水はけも完璧だな。これなら来週には立派な実をつけるだろう」
よく晴れた休日の午前中。
真守はワイシャツの袖をまくり、首にタオルを巻いた姿で、南向きの庭に作った家庭菜園の土いじりをしていた。
丹精込めて育てているプチトマトの苗は、青々とした葉を広げ、順調に成長している。
居候であるポンコツ人魚のリーザや、月兎族の村長キャルル、そしてアホ天使のキュララは、家の中でテレビゲーム(地球から持ってきた桃太郎的なすごろくゲーム)に熱中しており、今は真守の一人きりの静かな時間だった。
三十五年のローンを組んだ一戸建ての庭で、土の匂いを感じながらスローライフを満喫する。これぞ、真守が異世界で思い描いていた理想の生活である。
「さて、そろそろ水やりを……ん?」
真守がジョウロに手を伸ばした時だった。
マイホームの絶対防御フェンスのすぐ外側、鬱蒼と茂るポポロ山の入り口付近から、微かに何者かの声が聞こえてきた。
「うぇぇぇん……また、また同じところに戻ってきてしまいましたわ……。どうして道が勝手に動くんですの……」
か細く、美しい少女の泣き声である。
真守がフェンス越しに森の方へ目を凝らすと、信じられない光景が広がっていた。
声の主がいるであろう周囲数メートルの空間だけ、季節を完全に無視して色とりどりの花が咲き乱れ、木々がザワザワと嬉しそうに葉を揺らしているのだ。
「……魔物か?」
真守は警戒しつつ、門扉を開けて森の入り口へと歩み寄った。
そこにいたのは、魔物などではなく、一人の超絶美少女だった。
透き通るような白銀の長髪に、宝石のように輝くエメラルドの瞳。その身を包んでいるのは、泥土の森にはあまりにも不釣り合いな、ふわふわとした高級シルクのお嬢様ドレスである。
長く尖った耳が、彼女が『エルフ族』であることを示していた。
「あ、あの……お優しい人間の方……」
真守の姿に気づいたエルフの少女が、大粒の涙を瞳に浮かべたまま、すがるように両手を胸の前で組んだ。
彼女が動くたびに、足元からポンポンと可憐な花が咲いていく。まるでディズニー映画のプリンセスが現実世界に飛び出してきたような、圧倒的な幻想空間である。
「私、ルナ・シンフォニアと申します。……お友達を探してこのポポロ村まで来たのですが、森から抜け出せなくて……もう三日も同じところをグルグルと……うぅっ」
「……いや、ここ、森の入り口から十メートルも離れてないぞ」
真守は思わず冷静なツッコミを入れた。
振り返れば、ポポロ村の広場がハッキリと見えている。どうやったらこの距離で三日も遭難できるのか、逆に才能である。
「えっ? あ、本当ですわ! 私、どうして気が付きませんでしたの!?」
ルナはエメラルドの瞳をパチクリとさせ、顔を真っ赤にして恥じらった。
「方向音痴にもほどがあるだろう。……まあいい。それで、誰を探してるんだ? 俺はこの村の学校で教師をやってるから、大抵の村人は知ってるぞ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ルナはパァッと顔を輝かせた。
「私が探しているのは、キャルルちゃんと、リーザちゃんですわ! ルナミス帝国にいた頃のお茶飲み友達なんですの!」
「……キャルルとリーザ?」
真守の動きがピタリと止まった。
間違いなく、現在真守の家のリビングで、画面に向かって「お前がキングボンビーを引き取れですわーっ!」と醜い争いを繰り広げている居候たちのことである。
「……知り合いか?」
「はいっ! 魔法通信石で連絡を取り合っていたのですが、最近二人がこの村の、とっても素敵なお家で同棲していると聞いて! 私も是非、一緒に住みたいなぁと思ってはるばるやってきたんですの!」
その言葉を聞いた瞬間。
真守の脳内の『オカンセンサー』が、けたたましい警報を鳴らし始めた。
(待て。キャルルとリーザの友達? あのポンコツ共の交友関係だぞ。こんな絵に描いたような深窓の令嬢が、まともなはずがない。それに、歩くたびに花が咲くこの異様な魔力……絶対に、ただのエルフじゃない)
三十五年ローンを背負う男の直感が、「関わるな」と全力で囁いていた。
しかし、家の前に遭難者(迷子)を放置しておくわけにもいかない。
「……とりあえず、その二人は俺の家にいる。キャルルは村長だし、リーザはただの居候だがな。案内してやるから、付いてきなさい」
「まぁ! 貴方がお噂のマモル様ですね! リーザちゃんから『私を一生養ってくれる素敵なパトロン』だと伺っておりますわ!」
「あいつ、外で俺のことそんな風に言いふらしてるのか。後で説教だな」
真守がため息をつきながら背を向けると、ルナが慌ててその後ろを追いかけてきた。
「お待ちくださいませ、マモル様! ご親切に案内していただくのですから、きちんと御礼をしなければいけませんわ!」
ルナは足元に転がっていた、握り拳大の『ただの石ころ』を拾い上げた。
そして、ふんわりと微笑みながら、それにフッと息を吹きかけた。
――ピカァァァァッ!!
石ころが眩い光を放ち、次の瞬間、その表面が滑らかな黄金色へと変化した。
ルナの手のひらには、どう見ても純度100%の『純金のインゴット』がずっしりと乗せられていたのである。
「えへへ♡ これ、ほんの御礼ですわ。どうぞお受け取りくださいませ!」
天使のような笑顔で、国家予算レベルの金塊を差し出してくる美少女。
普通の人間なら、大喜びで飛びつくか、魔法の奇跡に平伏する場面である。
だが、加藤真守は『数学の教師』だった。
(……は?)
真守の極めて冷徹な理系脳が、目の前の事象を瞬時に演算し、弾き出した答えは一つ。
――『経済の崩壊』である。
(待て待て待て! その辺の石ころを金に変えただと!? 錬金術か!? いや、質量保存の法則はどうなってる! それに、こんな無尽蔵に純金を生み出せる能力者がいたら、市場に金が溢れかえってハイパーインフレが起きる! 通貨の信用が地に落ちて、アナステシア世界の経済が崩壊するぞ!)
さらに、真守のオカン的なリスク管理能力が、別の可能性を提示した。
(タダより高いものはない。もしこれが恒久的な物質変化ではなく、『数日後にただの石ころに戻る時限式の偽装魔法』だったとしたら? これを使って買い物をした瞬間、俺は通貨偽造と詐欺罪でこの国の憲兵にしょっぴかれることになる!)
思考時間、わずかコンマ一秒。
真守は、引き攣りそうになる頬の筋肉を気合で抑え込み、営業スマイルを浮かべた。
「いやいや! そんな御礼なんて! どうぞどうぞ、しまってください!」
「えっ? でも、マモル様のお時間を頂戴してしまうのですから……」
「とんでもない! 村の住民(と居候)の交友関係をサポートするのも、教師の立派な務めですから! 金品の受け取りはコンプライアンス違反になりますので!」
真守は、両手を激しく振って全力で受け取りを固辞した。
ルナは不思議そうに小首を傾げた。
「おかしな人ですわねぇ……? 私の森の近くの村の皆さんは、これを差し上げると泣いて喜んで、ご自分の腎臓を……いえ、喜んで受け取ってくださいますのよ?」
「(……いま、サラッと『腎臓』って言わなかったか!?)」
真守の背筋に、冷たい汗がツーッと流れ落ちた。
悪意のある無法者より、善意100%の狂人の方が遥かにタチが悪い。地球の教育現場でもそれは同じだが、異世界ではそのスケールが違いすぎる。
「と、とにかく! 俺には必要ありません! さぁ、家はすぐそこですから、行きましょう!」
「はいっ♡ マモル様って、本当に欲がなくてお優しい方なんですのね!」
ルナが歩き出すと、彼女の足元からシュルルッと植物のツタが伸び、泥でドレスが汚れないようにレッドカーペットのように道を舗装し始めた。
真守は、その後ろ姿を見つめながら、こめかみを強く揉みほぐした。
(……間違いない。絶対にヤバい奴だ。あのポンコツ同盟に、さらに厄介な爆弾が投下されようとしている……!)
三十五年ローン物件の主であり、異世界オカン系教師・加藤真守の胃に、新たな痛みの種が芽吹いた瞬間だった。
しかし真守はまだ知らない。この後、自宅のリビングで、さらなる地獄の『擦り付け合い』が待っているということを――。
第2章、開幕です!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「新ヒロイン、ルナ登場! めちゃくちゃヤバい奴だ笑」
「純金に対するマモル先生の理系ツッコミ最高」
「腎臓って言ったぞこいつ……!」
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次回、第2話「リアル・キングボンビーの擦り付け合い」!
ルナとの再会を果たしたヒロインたちの、醜すぎる争いが勃発します! お楽しみに!




