変身とツッコミの待機時間
変身とツッコミの待機時間
ポポロ村の集会所では、少しばかりピリッとした空気が流れていた。
三カ国が交差する国境の村であるポポロ村には、定期的に各国の視察団が訪れる。今日やってきたのは、魔法と享楽の国『アバロン魔皇国』からの使者だった。
「――以上が、今期のポポロ村の収穫量および、魔皇国への関税報告書ですわ。ご査収ください」
村長であるキャルルが、普段のぽわんとした態度はどこへやら、ウサギの耳をピシッと立てて立派に公務をこなしていた。
その対面に座っているのは、魔皇国の視察団代表であり、魔族穏健派の貴公子ルーベンスだ。
切れ長の目に理知的な光を宿し、仕立ての良い漆黒のスーツを隙なく着こなしている。休日は競馬場でワンカップ(芋酒)を煽っているという噂もあるが、仕事中の彼は完璧なエリート官僚だった。
「ふむ、計算に狂いはないな。流石はゴルド商会のニャングルが財務を握っているだけはある。キャルル村長も、若いがよく村をまとめているようだ」
ルーベンスは報告書に目を通し、満足げに頷いた。
「ありがとうございます。それもこれも、最近村の学校の先生になってくれた、マモルさんのご指導のおかげですから」
「ほほう。マモル殿、と」
ルーベンスの鋭い視線が、キャルルの斜め後ろで腕を組んで立っている加藤真守に向けられた。
今日は村長の護衛(という名の保護者)として同席させられている真守は、いつも通りのワイシャツにスラックス姿である。
「ただの数学教師です。俺は村の帳簿の計算式を少し直しただけですよ」
「謙遜されるな。竜人のイグニスを素手で組み伏せたという噂は、魔皇国にも届いている。貴方のような得体の知れない……いや、優秀な人材がこの村にいるというのは、我々にとっても喜ばしいことだ」
ルーベンスは皮肉めいた笑みを浮かべた。
無事に視察の会議が終わり、一行が集会所の外に出た時のことだった。
「はーい、みんな! 今日の配信は、自然豊かなポポロ村をお散歩していくよー! あ、そこのお花、綺麗だねぇ♡ ……ん?」
空中に魔導カメラ(通信石)を浮かべ、スマホ画面を見ながらフラフラと歩いてきたのは、純白のフリフリ衣装を着た天使族のトップ配信者、キュララだった。
彼女はスマホから顔を上げると、目の前に立っている真っ黒なスーツのルーベンスとバッチリ目が合った。
「あ」
「む?」
魔族と天使族。本来なら、古代から対立関係にある真逆の種族である。
キュララは数秒間ルーベンスを凝視した後、大げさに顔を引きつらせて悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃぃっ! 魔族ですぅ! お散歩してたら強盗に会っちゃいました! リスナーの皆、助けてぇーっ!」
キュララはカメラに向かって涙目でアピールを始めた。
『天使ちゃん逃げて!』
『魔族こえええ』
『通報しました!』
空中のウインドウに、リスナーからのコメントが殺到する。
「し、失敬な! 誰が強盗だ!」
ルーベンスは額に青筋を浮かべて怒鳴った。
「私はアバロン魔皇国の名代として、正式な視察に来たのだ! そもそも、何故こんな辺境の村に天使族がいるのだ! 全く、天使長のヴァルキュリア殿は部下にどんな教育をしているのだ!」
「うぇぇぇん、マモルお兄さーん、この角の生えたおじさん怖いよぉ!」
キュララが真守の背中に隠れる。
「……お前、配信のネタのためにわざと煽ってるだろ」
真守がため息をつきながらキュララの頭を小突いた、その時だった。
カンッ! カンッ! カンカンカンカンッ!!
突如として、ポポロ村の広場にある見張り台の鐘が、けたたましく鳴り響いた。
緊急事態を知らせる警鐘だ。
集会所の角から、自警団リーダーのマンミアが血相を変えて駆け込んでくる。
「キャルル様! マモル先生! 敵が来ました! 『死蟲機』の群れです!」
「ええっ!?」
キャルルがウサギの耳を逆立てて驚愕した。
死蟲機――それは、かつての大戦で敗れた死蟲王サルバロスが生み出したという、機械と昆虫が融合した恐るべき生体兵器群だ。意思を持たず、ただ周囲の生命を刈り取るためだけに行動する厄介な代物である。
「死蟲機だと? よりにもよって、この私が視察に来ているタイミングで襲撃とはな」
ルーベンスは漆黒の瞳を細め、殺気を漂わせた。
「舐められたものだな。アバロン魔皇国の力、見せてやろう。……おい! そこのやかましい天使!」
「ひゃいっ!」
「貴様も仮にも聖騎士の端くれだろう。無実の者を強盗呼ばわりした罪滅ぼしに、少しは手伝え!」
ルーベンスに一喝され、キュララはビクッと肩を揺らしたが、すぐに魔導カメラの方を向いてニヤリと笑った。
「う〜ん、相手は機械のバケモノかぁ……怖いけど、これは『撮れ高』のチャンス! みんな、キュララのアクション配信、見逃さないでね!」
キュララは胸の前で両手をクロスさせ、天高く突き上げた。
「行くよ! ホーリー・メイク・アップ!!」
――ピュィィィィン!!
突如、キュララの周囲に眩い光の粒子が舞い上がり、どこからともなく『壮大でテンポの良いオーケストラ風のBGM』が空間そのものから鳴り響き始めた。
光の帯がキュララの身体を包み込み、ゆっくりと、本当にゆっくりと回転しながら、彼女の衣装が神聖な装甲へと変化していく。
リボンがほどけ、光が弾け、ポーズを決め、また回転する。
いわゆる『魔法少女の変身バンク』である。
「…………」
真守は、無表情のまま左腕を上げ、腕時計(地球から持ってきたG-SHOCK)の文字盤を見た。
「……これ、終わるまでに三分はかかるか?」
「ごめん、マモルさん。私、ちょっとお花摘み(トイレ)に行ってくる」
キャルルは、目前で光り輝きながらスローモーションで空を飛んでいるキュララを完全に無視し、踵を返して村の公衆トイレへと小走りで向かっていった。
「全く……天使族というのは度し難いな」
ルーベンスは呆れたように首を振った。
「実戦のさなかに、無防備に三分も変身に時間をかけるなど自殺行為だぞ。敵が待ってくれると思っているのか」
「同感だ。俺なら光り始めた瞬間に膝を蹴り折っている」
真守も同調した。
ルーベンスは懐から、ポポロ村の特産品である最高級の『ポポロシガー』を取り出し、指先の闇魔法でシュボッと火をつけた。
紫煙をふぅと吐き出し、ルーベンスは真守にシガーケースを差し出した。
「待つしかないな。お前も吸うか?」
「……悪いな」
真守はシガーを一本受け取ると、ルーベンスの火を借りて先端を燻らせた。
地球では非喫煙者だったが、この異世界同棲生活のストレス(主に居候たちの奇行)を前にしては、タバコの一本でも吸いたくなるというものだ。
魔族の貴公子と人間の数学教師。
種族も立場も違う二人の大人の男が、空中で光りながら「クルクル〜ッ☆」と回っているアホ天使を背景に、並んで渋く紫煙を燻らせる。
「あ、あの! マモル先生! ルーベンス殿!」
マンミアが、パイルバンカーを抱えたまま半泣きで叫んだ。
「敵が! ネクロバグの群れがもう村の防壁に迫ってるんですよ!? ポポロ村の危機なんですが!? どうして二人してくつろいでるんですか!?」
「慌てるな、マンミア。これも『教育』の一環だ。あいつが変身し終わるまで、手を出してやる義理はない」
「お前の村の指南役がそう言っているのだ、自警団長。焦っても戦局は変わらん」
「だ、大人の余裕すぎます!!」
マンミアがツッコミ疲れて膝に手をついた頃。
ようやく、BGMのクライマックスと共に光が弾け飛んだ。
「シャキィィィン!! 変身、完・了!!」
空から舞い降りたキュララは、頭の先からつま先まで、分厚く神聖なオーラを放つ白銀の『フルプレートアーマー(全身鎧)』を完璧に装着していた。
どんな攻撃も弾き返しそうな、まさに聖騎士の姿である。
「ふふんっ! 待たせたわね、機械のバケモノども! 私の正義の鉄槌を受けてみなさい!」
キュララは右手を虚空に突き入れ、そこから己の『専用武器』を力強く引き抜いた。
「いっくよーっ!!」
ガシャッ。
彼女が構えたのは、聖剣でも、聖槍でもなかった。
漆黒の銃身、近代的なフォルム。拡張レールにスコープを備え付けた、ゴリゴリの現代兵器――『M4カービン(アサルトライフル)』だった。
それを、重厚な甲冑を着た天使が、カメラ目線でバッチリと構えているのだ。
「…………」
真守は、吸いかけのポポロシガーを携帯灰皿に押し付けると、極めて冷徹な声で突っ込んだ。
「銃を撃つだけなら、そのクソ重い鎧を着た意味あるの?」
「細けぇこたぁいいのよ!! 絵面が大事なの!! フルオートでなぎ払うわよーっ!!」
キュララはツッコミをガン無視し、M4カービンの引き金を引いた。
ダダダダダダダダダダッ!!
けたたましい銃声とマズルフラッシュが、ポポロ村の空に響き渡る。
こうして、魔族の視察とアホ天使の乱射から始まる、死蟲機との防衛戦の幕が切って落とされたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「待機中にタバコ吸うマモルとルーベンス渋すぎ笑」
「変身バンク(3分間)の間にトイレに行くヒロイン」
「M4カービン出すなら鎧いらんだろ!」
と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部より【ブックマークに追加】と、
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価ポイントを入れて応援していただけますと幸いです!
皆様の応援が、マモル先生のシガー代(作者のモチベーション)になります!
次回、第14話「前線での指揮」!
ついにマモル先生の生徒たちが、最前線で大暴れします! お楽しみに!




