太客泥棒のキャットファイト
太客泥棒のキャットファイト
ポポロ山でのドタバタ罠猟から数時間後。
加藤真守は、泥だらけになった天使族のトップ配信者・キュララを連れて、マイホームへと帰還した。
当然、そのまま家に上げるわけにはいかず、玄関から直行で洗面所へ叩き込み、最新式のシステムバスルームで汚れを落としてこいと命じた。
「ぷはぁーっ! 極楽極楽ぅ〜!」
三十分後。
浴室から出てきたキュララは、真守が貸してやったジャージ(ぶかぶか)を身にまとい、羽をパタパタと震わせてリビングへと飛び出してきた。
「キュララあああ♡ 凄〜い! なんだか分からないけど、お湯がボタン一つでじゃぶじゃぶ出るし、シャワーの水圧も最高! しかもこのお部屋、魔法陣もないのにすっごく涼しい!」
外は初夏の陽気で少し汗ばむ気温だが、リビングは最新式のエアコンによって快適な室温に保たれている。
キュララはふかふかのカウチソファにダイブし、クッションを抱きしめて頬ずりをした。
「もう決めた! お財布なくして途方に暮れてたけど、私、今日からここに住む! ここをキュララの新しい『配信部屋』にするわ!」
「……もう勝手にしてくれ。その代わり、掃除と洗濯は当番制だからな」
真守は、ソファの対面から冷ややかな視線を送りつつも、もはや追い出すのを諦めていた。どうせこの家は広すぎる。それに、居候が一人増えたところで、オカンとしての職務が少し増えるだけだ。
「えへへ、ありがとうお兄さん! よーし、さっそくお風呂上がりのリラックス配信しちゃおっと!」
キュララは空中に小さな魔導カメラ(通信石)を浮かべると、プロのアイドルの顔へと一瞬で切り替わった。
「はーい、全国のリスナーのみんな! キュララだよ♡ さっきは罠にかかっちゃってどうなるかと思ったけど、すっごく優しいお兄さんに助けてもらって、今はお家で匿ってもらってるの! 見て見て、このお家、凄いんだよ!」
彼女がカメラに向かってウインクを飛ばすと、空中の半透明ウインドウに凄まじい勢いでコメントが滝のように流れ始めた。
『キュララちゃん無事でよかった!』
『お兄さんGJ!』
『てかその部屋なんなの? 王族の城より綺麗じゃね?』
真守は、そのコメントの流れる速度を見て「なるほど、月収二億は伊達じゃないな」と感心した。
その時、コメント欄にひときわ目立つ、赤く縁取られた巨大な文字のメッセージ――いわゆる『赤スパ(高額の投げ銭)』がドカンと投下された。
「あ〜っ! 『石油王』さん、赤スパ五万ゴールドありがとう♡」
キュララは満面の笑みで、カメラに向かって投げキッスをした。
「え? なになに……『無事の祝いで、ルナ・イーツで特上寿司の出前を頼んでおいたよ。いっぱい食べてね』だって!? もぉ〜、さっすが石油王さん! キュララ、石油王さんのこと大好きっ♡」
ルナ・イーツとは、ルナミス帝国を中心に展開しているデリバリーサービスのことである。リスナーが遠隔で注文し、配信者の現在地に届けてくれるという、トップゴッドチューバーならではの『Uber乞食』システムだ。
「お寿司! お寿司! 助けてもらったお兄さんたちも、一緒に食べようね!」
キュララが無邪気にはしゃいでいた、その時だった。
――ピクッ。
リビングの隅。
ちゃぶ台の端っこで、今日のお昼ご飯である『公園で摘んできた雑草のサラダ』を虚ろな目で噛み締めていたリーザが、弾かれたように顔を上げた。
彼女の目から、光が完全に消え失せている。
「……せ、き……ゆ……おう……?」
「ん? どうしたの、緑のジャージの子」
キュララが不思議そうに小首を傾げる。
ゴゴゴゴゴゴ……!
リーザの背後から、目に見えるほどのど黒い怨念のオーラが立ち上り始めた。
彼女はギリッと歯を食いしばり、震える手でちゃぶ台をバンッ! と叩いて立ち上がった。
「石油王……さん……? 私の……私の配信に、月に一度だけ来てくれて……パンの耳生活の私に、タローマートの『半額もやし』を買うためのスパチャを投げてくれていた……たった一人の太客だった、あの石油王さん……?」
「え? あ、石油王さんなら、キュララの配信の常連だけど……」
「私の太客を取ったのは、お前かああああああっ!!!」
リーザの悲痛な絶叫が、リビングの窓ガラスをビリビリと震わせた。
彼女は、愛用の不気味な魔道具『お賽銭箱型掃除機』を鈍器のように振りかぶり、キュララに向かって猛然とダッシュした。
「ひゃああっ!? な、なんなのこの貧乏神みたいな女! 襲ってくるぅ!」
「待てコラ泥棒猫! その五万ゴールドの赤スパがあれば、私は一年間、毎日茹で卵を追加できたんですのよ! 許しませんわ、今日という今日は吸い尽くしてペラペラのお肉にしてやりますわーっ!」
「キャーッ! お兄さん助けてぇ!」
バタバタバタッ!
純白の羽を撒き散らしながら逃げ回るキュララと、掃除機を振り回して追いかけ回す芋ジャージの人魚。
最新設備の美しいリビングが、一瞬にして女同士の醜いキャットファイトのリングへと変貌した。
「……はぁ」
真守は、ソファに深く深く沈み込み、特大のため息を吐いた。
「マモルさん、また変な居候が増えちゃいましたね」
台所でマモル用のコーヒーを淹れてくれていたキャルルが、苦笑しながらマグカップをコトッとテーブルに置く。
「ああ。だがまぁ、あのアホ天使が寿司を奢ってもらえるなら、俺が夕飯の支度をしなくて済むからな。合理的に考えれば、悪くない取引だ」
「マモルさん、すっかりオカンとしての計算が板についてますね……」
真守がコーヒーを一口飲んだところで、玄関のチャイムがピンポーンと鳴った。
「お、来たな。……おいお前ら、出前が来たぞ。家の中で暴れるな」
真守の一喝に、リーザの掃除機攻撃がピタリと止まった。
玄関を開けると、大きなリュックを背負った配達員が、豪華な漆塗りの寿司桶を三つも抱えて立っていた。
「お待たせしました! ルナ・イーツです!」
「ご苦労さん」
真守が寿司桶を受け取り、リビングの巨大なダイニングテーブルにドンッ、と置いた。
蓋を開けた瞬間、海の宝石箱のような輝きが広がった。
大トロ、ウニ、イクラ、中トロ、サーモン、アワビ。三カ国の海から集められた極上の新鮮なネタが、これでもかと敷き詰められている。五万ゴールド(日本円にして約五十万円相当)の特上寿司である。
「わぁーっ! 美味しそーっ! 石油王さん、本当にありがとう♡」
キュララがさっそく割り箸を割り、キラキラと輝く大トロをパクリと頬張った。
「ん〜っ! お口の中で溶けちゃう〜♡」
その隣で。
リーザは、手にした雑草のサラダを震える手で見つめ、それからキュララの口元へと視線を移した。
「……それは……私が、私が食べさせてもらえるはずだったお寿司ですわーっ!!」
「えっ、ちょ、何するのよ! これは私のリスナーさんがくれたお寿司よ!」
「うるさいうるさい! 私の太客から搾り取ったウニを寄越せですわーっ!」
リーザがキュララの寿司桶に手を伸ばし、大トロとウニを強引に奪い取ろうとする。
キュララも負けじとリーザのほっぺたを引っ張り、再び女同士の仁義なき戦いが勃発した。
「あーっ、私のイクラが!」
「よこせ! 私のもやし一年分だぞ!」
ドタバタ、グシャッ。
争いの巻き添えになり、一貫の美しいサーモンのお寿司が、無惨にもフローリングの床に転げ落ちた。
「「あっ……」」
二人の動きが、ピタリと止まった。
リビングの温度が、氷点下まで下がったような錯覚に陥る。
ゆっくりと振り返ると、そこには、両腕を組み、額に青筋を浮かべた『マモル先生』が、般若のような冷徹な笑みを浮かべて立っていた。
「……お前ら」
「「ひっ……!」」
「せっかくの出前を床に落とすとは、いい度胸だな。食べ物を粗末にする奴には、食う資格はない。その寿司、両方とも没収だ」
「「そ、そんなぁぁぁぁっ!!」」
「掃除機を持ってこい。床をピカピカに磨くまで、一貫も食わせんぞ」
「はいぃぃぃぃっ!」
真守の絶対的な『オカンの雷』が落ち、トップ配信者も地下アイドルも、仲良く雑巾がけと掃除機がけをやらされるハメになった。
「ふふっ、美味しいですね、マモルさん♡」
「ああ、悪くないな」
罰として正座させられている二人の前で、真守とキャルルは優雅に特上寿司をつまんでいた。
「マモルさん、あーん♡」
ドサクサに紛れてイチャイチャしようとするキャルルだったが、真守は冷たく「自分で食える」とあしらった。
こうして、三十五年のローン物件は、いつの間にか『底辺とトップの配信者が同居する、極めて騒がしいシェアハウス』へと進化(退化?)を遂げたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「太客を奪われたリーザの怨念www」
「女同士の醜いキャットファイト」
「マモル先生のオカンの雷が落ちた笑」
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次回、第13話「変身とツッコミ」!
魔皇国からの視察、そして村にピンチが訪れる中、マモル先生の冷静すぎるツッコミが冴え渡ります! お楽しみに!




