ポポロ山の獲物と、釣られた天使
ポポロ山の獲物と、釣られた天使
「マモルさん、狩りに行きませんか? ポポロ山に」
よく晴れた休日の昼下がり。
マイホームのリビングで、生徒用のプリント(ネギオに渡した秘伝書の余り)を丸つけしていたマモルに、キャルルが声をかけてきた。
彼女はアウトドア用の動きやすい服装に着替えており、手には捕獲用の網やロープなどの猟具を持っている。
「狩り? 俺はそういうサバイバルな趣味はないぞ」
「違うの! この間、マモルさんが台所の野菜クズを丸めて作ってくれた『練り餌』あるでしょ? あれをポポロ山に仕掛けたら、野生の『トライバード』が面白いくらいにかかりやすいんです!」
トライバードとは、肉も卵も美味しく、羽も肥料にもなるという、アナステシア世界では非常に重宝される三徳な鳥型魔獣である。
「ああ、あの生姜焼きのタレの余りとキャベツの芯を混ぜたやつか。捨てるのも勿体ないから肥料にでもしようと思ったんだが……魔獣の好みに合ったのか」
「はい! だから、マモルさんにも見せてあげたいなって思って。新鮮なトライバードのお肉が手に入れば、今夜は唐揚げパーティーですよ!」
唐揚げ、という響きにマモルのオカン魂がわずかに反応した。地球のスーパーで鶏肉を買うとそこそこの値段がするが、狩りでタダで手に入るなら家計は大助かりである(ローン返済はないが、食費の概念はある)。
「悪くないな。新鮮な肉が手に入るなら、行ってみるか。リーザも行くか?」
マモルは、ソファの端で丸まっている芋ジャージの同居人に声をかけた。
唐揚げと聞けば、いつもなら「行きますわーっ!」と尻尾を振って飛びついてくるはずなのだが……。
「おかしい……おかしいですわ……」
「ん? どうした」
「太客だった『石油王』さんからのスパチャ(投げ銭)が、ここ数日ぱったりと途絶えましたの……。このままではタローマートの半額もやしすら買えない……また泥水と雑草サラダ生活に逆戻り……あはは、あはははは……」
リーザは、顔を真っ青にして、手元の『エンジェルすまーとふぉん』(ルチアナが置いていった端末の予備)の画面を虚ろな目で見つめていた。
彼女は、地下アイドル活動として細々と配信を行っているのだが、極稀に現れる狂気的な太客からの投げ銭だけが唯一の収入源だったのだ。それが途絶え、完全な廃人モードに突入している。
「……何かよく分からないが、忙しそうだな。仕方ない、キャルルと二人で行くか」
「はいっ♡ マモルさんと二人っきり……ふふ、ふふふふっ♡」
リーザの絶望をよそに、キャルルはウサギの耳をピンと立たせて、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
どこかヤンデレめいた重い愛情を感じなくもないが、マモルはあえて気づかないフリをして、軍手と長靴を装備して家を出た。
* * *
ポポロ村の背後にそびえる、緑豊かなポポロ山。
元氷魔将軍スアイが経営するスキー場やサウナがあるリゾートエリアから少し外れた、自然豊かな獣道に、マモルとキャルルは身を潜めていた。
十メートルほど先の開けた場所に、マモル特製の『オカン練り餌』を仕掛けた網の罠を張ってある。
「マモルさん、静かに……。トライバードは警戒心が強いから、音を立てたら逃げちゃいますよ」
「分かってる。しかし、こんな山奥で二人きりだと、なんだか新鮮だな」
「ふたりきり……っ♡」
マモルの何気ない一言に、隣で茂みに隠れていたキャルルの顔がボンッと赤く染まった。
「そ、そうですね! 誰も邪魔する人がいない、マモルさんと私だけの世界……ここでなら、既成事実を作っても誰にも……ゴクリ」
「何か物騒な独り言が聞こえた気がするが?」
「な、なんでもないです! あ、ほら、来ましたよ!」
キャルルが前方を指差す。
茂みがガサガサと揺れ、獲物が罠に近づいてくる気配がした。
バサッ、バサバサバサッ!
何かが練り餌に飛びつき、それと同時に罠の仕掛けが作動して、丈夫なロープの網が獲物を下から一気に吊り上げた。
「かかった!」
マモルは立ち上がり、罠の方へと駆け寄った。
唐揚げ十人前くらいはある、丸々とした大きなトライバードを期待していたのだが――。
「ふぇぇ〜んっ! 助けてぇぇ! 私は美味しくないよぉぉ!」
網の中で暴れていたのは、鳥ではなかった。
純白のフリフリな衣装を身に纏い、背中には可愛らしい天使の羽を生やした、金髪の美少女だったのだ。
「……え? あんた、誰だ?」
マモルは、網にぶら下がってジタバタと暴れる少女を見上げて、完全に思考が停止した。
「あ、あの……! 私、通りすがりの者です! 怪しい者じゃありません!」
「怪しいだろ。どう見ても天使族じゃないか。なんで鳥の罠なんか引っかかってるんだよ」
マモルが冷たくツッコミを入れると、天使の少女は観念したように涙目で白状した。
「うぅ……私、キュララ! 天界からやってきたトップ『ゴッドチューバー』よ! 今日はポポロ山の自然を配信して撮れ高を稼ごうと思ってカメラ(通信石)を回してたら……茂みの中に、すっごく美味しそうな匂いのするお肉の団子(練り餌)があったから、つい……」
「……」
「お腹が空いてたの! 魔獣のお肉より、あのタレの匂いがたまらなくて! 一口だけ味見しようとしたら、ガバッて網に吊るされちゃったのよぉ!」
マモルとキャルルは顔を見合わせた。
「キャルル……天使族って、ここまでアホなのか?」
「いえ……ヴァルキュリア様をはじめ、天使族は規律と誇りを重んじる高潔な種族のはずなんですけど……この子はちょっと、特別みたいですね」
キャルルも呆れたように苦笑している。
「あーん、お願いだから降ろしてぇ! 私、ルナミス帝国でメイドのバイトしてた時は人気ナンバーワンだったのよ! 食べてもマズいから!」
「誰も食わないよ」
マモルはため息をつきながら、木に結びつけてあったロープを解き、網を下ろしてやった。
ドサッ、と地面に落ちたキュララは、「痛たた……」と腰をさすりながら這い出てきた。
よく見れば、純白の衣装は泥だらけで、羽には小枝が引っかかっている。トップ配信者と名乗る割には、ひどくみすぼらしい格好だった。
「ふぅ、助かったわ……。あ、そうだ! リスナーのみんな、生きてるよーっ!」
キュララは立ち上がるなり、空中に浮かべていた小さな魔導カメラ(通信石)に向かって、泥だらけの顔でピースサインを作ってウインクした。
『草』
『罠にかかる天使www』
『撮れ高最高やんけ』
『お肉団子につられるトップ配信者(笑)』
空中に浮かぶ半透明のウインドウに、凄まじい勢いでリスナーからのコメントが流れていく。
「……お前、その状態でまだ配信続けてたのか」
「当然よ! 配信者はいついかなる時もカメラを止めちゃダメなの! あ、貴方たちも映る? 私のチャンネル、同接十万人はいるから宣伝になるわよ!」
「結構だ。肖像権の侵害で訴えるぞ」
マモルは顔を隠し、カメラを手で遮った。
「変なのを獲っちゃったね、マモルさん」
「ああ。トライバードの唐揚げが、泥だらけのアホ天使に化けるとはな」
「アホって言わないでよ! 私、これでも月収二億は稼いでるんだから!」
「月収二億!?」
キャルルが驚愕の声を上げた。ポポロ村の村長である彼女の年収が千五百万であることを考えれば、とんでもない額である。
「でも、お財布落としちゃって……今は一文無しなの……。ねぇ、お兄さん。さっきの美味しそうなお肉の団子、貴方が作ったんでしょ? お願い、何でもするから美味しいご飯を食べさせてぇ!」
キュララはマモルの足元にスライディング土下座を決め、ボロボロの羽を震わせて懇願してきた。
既視感。
つい先日、レッドボアから助けたポンコツ人魚と全く同じ構図である。
「……俺は孤児院の院長じゃないんだぞ」
マモルは深く深くため息をついた。
しかし、こんな山奥で一文無しの少女(?)を見捨てるほど、彼のオカン気質は冷酷ではなかった。
「……はぁ。分かった、分かったから。とりあえず、俺の家に来い。泥だらけで家に入れられると困るから、まずは風呂だ。それから飯を作ってやる」
「本当!? やったーっ! お兄さん、神対応! スパチャ投げてあげたい!」
「金がないんだろうが」
こうして、休日の平穏な罠猟は、野生のトップ配信者を捕獲するというシュールな結果に終わったのだった。
そしてマモルはまだ気づいていなかった。
この『月収二億のゴッドチューバー』を家に連れ帰ったことが、留守番をしている『月収数千円の地下アイドル人魚』との間に、凄惨なキャットファイトを引き起こす原因になるということに――。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「鳥を獲りに来たら天使が釣れた笑」
「撮れ高至上主義のアホ天使キュララ登場!」
「マモル先生、また厄介な居候を拾う」
と少しでも楽しんでいただけましたら、
ぜひページ下部より【ブックマークに追加】と、
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価ポイントを入れて応援していただけますと幸いです!
皆様の応援が、マモル先生の家の食費(作者のモチベーション)になります!
次回、第12話「太客泥棒のキャットファイト」!
マイホームで、リーザとキュララの醜い争いが勃発します! お楽しみに!




