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第22章 さらわれた初代勇者アリア(なおまだ温泉回)

「アリアは、魔王軍にさらわれたよ」


 ウェンちゃんは、静かに言った。


「魔王軍はその子を殺そうとしたみたいだけど……なぜか殺せなかった。だからさらっていった」


「殺せなかった……?」


「あたしにも理由は分からない。でも、あの子には何かがあった。殺されるはずの瞬間に、なにか不思議な光がその子を包んで、魔王軍のモンスターたちを弾き飛ばしたの。……だから連中は、殺すのを諦めて、連れていった」


 不思議な光。

 それは――勇者の力か。

 初代勇者の才能が、無意識に発動したのかもしれない。


「どこに連れていかれたか、分かるか?」


「北東。あたしの水の目が追える範囲で言うなら、オデスド大陸の方角だったよ」


 オデスド大陸。

 やはり、魔王の本拠地だ。


「ウェンちゃん。魔王軍は最初から、アリアを狙っていたのか?」


「そう見えたよ。連中は真っ直ぐこの小屋にやってきた。偶然見つけたとか、通りがかりに襲ったとか、そういう感じじゃなかった。最初から、あの家族を――いいえ、アリアを目当てにやってきた」


「…………」


 最初からアリアを狙っていた。

 魔王軍は、アリアが勇者だと知っていて、先手を打ったんだ。 どうやって知ったのかは分からないが……いや、ジャスティアのあのセリフを思い出せ。


 ――勇者アリアがいない以上、人間の敗北は絶対だ。


 あいつは確信をもって言っていた。

 魔王軍は勇者の存在を知り、そしてその勇者を排除した。だから「人間の敗北は絶対」だと言い切れたのだ。


「アリアを助けたい」


 俺は、言った。


「狩人の夫婦はもう助けられない。だがアリアは生きているかもしれない。魔王軍にさらわれたアリアを助けに行きたいんだ」


「オデスド大陸に行くの? 遠いよ~? 海を渡らなきゃいけないし」


「それなんだけど、ウェンちゃん。水の精霊なら、海を渡る方法を知らないか?」


「んー?」


 ウェンちゃんは、人差し指を唇にあてて、わざとらしく考えるポーズをとった。


「あたしが直接運んであげたいのはヤマヤマなんだけどね。精霊はこの山から離れられないの。でも……ひとつだけ、教えてあげられることがある」


「なんだ?」


「水の船の作り方」


「水の……船?」


「そ。魔法で水を固めて船にする方法があるの。水をブロックみたいに固めて、組み合わせて、船の形にするの。頑丈だし速いし、水の上なら最強だよ。ま、それなりの魔力が要るけどね」


「おお! それ、いい! 教えてくれないかな?」


「いいよ~。あんた、あたしの温泉を壊さなかったしね。変化解除のときも、お湯を消さないように丁寧にやってくれたでしょ? あたし見てたんだから。だからお礼ってことで!」


 そう言ってウェンちゃんは、にぱっと笑った。

 なるほど、あのとき温泉ごと消しちゃわないように気を使ったのが良かったわけか。

 俺としては、温泉のお湯を消しちゃったら中にいるルティナ姫たちが丸出しになるから控えただけなんだけどね。


「ありがとう、ウェンちゃん。恩に着る」


「いいっていいって! ……あ、そうだ。ところでイケメンくん」


「ん?」


 ウェンちゃんは、にやにやと意味深な笑みを浮かべて、


「ここ温泉なんだけど? あんた、せっかく来たのに入らないの?」


「あ、いや。女性陣がいるから俺は――」


「エルド様!」


 声がした。

 振り向くと、ルティナ姫が温泉の中から身を乗り出し、両手を合わせて瞳をきらきらさせている。


「エルド様もぜひ! ぜひお入りになってください! お脱ぎになって!」


「い、いや待って」


「遠慮なさらないでください! わたしたちはまったく気にしませんから! ね、アイネス!」


「わ、私は気にしますが……! 気にしますが……エルドが入るなら、入るなら……そ、その……」


 アイネスの顔は耳まで真っ赤だ。

 もう拒否なのか容認なのか分からない態度で温泉の縁をぎゅっと掴んでいる。


「クロエも別に構わない。裸は自然だ」


「だから、そういう問題じゃなくて――」


「いいからいいから! そおい!」


 ルティナ姫が温泉から飛び出してきた。


「ちょ、ちょっと待て、ルティナ姫、あんた裸で――」


「エルド様、お脱ぎになって!」


「いやいやいやいやいや! いやあん(はぁと)」


 姫様が俺の服の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。

 服を脱がそうとしている。この姫様、なんでこんなときだけ力が強いの!?

 引っ張られ、足がもつれ、バランスを崩し――


 ぶくんっ!!


 服を着たまま、俺は温泉に突っ込んだ。

 ばっしゃああああ!と盛大な水しぶきが上がる。


「ぷはっ! な、なにするんスか!」


「あはは! 入っちゃいましたね、エルド様!」


「入っちゃった、じゃねえよ! 突き落とされたんだろうが! 服びしょ濡れだぞ!」


 だが、温泉の湯は心地よかった。

 身体の芯まで温まる、不思議な湯だ。


 さすが精霊の温泉、普通の温泉とは格が違う。

 疲れが、すうっと抜けていくような感覚がして――


 ――カッ!!


「な、なんだ!?」


 突如、ふところから、まばゆい光が放たれた。

 これ、時の宝玉じゃん。

 ずっと、ほぼ雑音しか出さなくなっていた時の宝玉が、いま、まぶしいほどの光を放っている。


「お、おい、なんだこの光――」


『おお! やはりそうじゃ! 宝玉が力を取り戻しておる!』


 その声は、もう雑音混じりじゃなかった。

 クリアに、はっきりと、俺の耳に届く。


「り、リプリカ様!?」


『水の精霊の温泉に浸かったことで、宝玉に魔力が供給されたのじゃ! 精霊の水は魔力の源。その温泉に宝玉ごと浸かったことで、一気に力を取り戻したというわけじゃ!』


「マジっスか!?」


 宝玉はますます強く輝き、光はやがて人の形になって――


「ふう。やっと来られたのう」


 温泉のふちに、銀髪の美少女が立っていた。

 真紅のローブをまとった、見た目13歳くらいの――しかし、その身に宿した魔力は桁違いの大魔女。


「リプリカ様! 今度は幻じゃなくて――」


「本物じゃ。宝玉の力が回復したことで、時間移動が可能になったんじゃ。だからわしは、こうしてこの時代にやって来た」


 リプリカ様は、満足げにうなずいた。

 そして周囲を見回し――温泉の中で仰天しているルティナ姫、アイネス、クロエ、そしてにやにやしているウェンちゃんの姿を確認してから、


「……ふむ。なかなか楽しそうな温泉じゃないか」


 リプリカ様はニヤッと笑った。


「自分も裸になって温泉に浸かっていいかの?」


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