眠れる森の勇者たち(3)
「どーしよっか?」
基地に戻り、いつもの部屋で柚子が声を上げる。
「妖怪がそんなに遠くに離れていないと仮定して、探しても出てこなかったということは……」
「……ガキがいねえから隠れてたんだろーな」
椿の言葉に、翼が続けた。
「つまり、妖怪を誘き寄せるには園児が必要ってことだね」
沙也香がそう言って頷く。
「妖怪が出てきた時雨が降っててみんなクラスにいたってことは、それなりに多くいないと出てこなさそうだなぁ」
柚子は園長の言葉を思い出しながら言った。
「園児を一箇所になるべく多く集めて囮にする作戦って……あまり喜ばれなさそうだな」
涼介が暗い声で呟く。
「そもそも園児たちが大人しくしててくれるかも微妙だねー」
勝元も憂鬱そうな声で言った。
「何かいい方法はないかしら……」
椿が唸った。
「……皆さん賢いんですね。問題点を明確にするのが早い……」
少し離れたところに座って見ていた貴史が呟く。
「ねー、すごいよね。後輩ちゃんたちみんな頭良いの」
その隣で体操座りをしていた香織が、唇を尖らせていじけたような声で返した。
「香織ちゃん、せめて話し合いに参加して」
ありさが困ったような声を上げた。
「えへ、ごめーん」
香織がばつの悪そうな顔をして舌をペロッと出す。それから貴史に小さく手を振って仲間たちの元へ戻った。貴史も彼女に手を振り返している。
「もー」
ありさが香織を見て呆れた声で言って息を吐く。そんな二人の様子を、柚子はじっと眺めていた。
「……送り拍子木の時みたいに、何かできないかな」
気付けば柚子はそう呟いていた。
「え?」
勝元が聞き返す。
「あの時も送り拍子木を誘き寄せるためにあんなことしたわけでしょ? ちょっと似てない? 何も知らない観客の気を引けて、私たちもすぐ戦えるように近くにいた……似たようなことできないかなぁ」
柚子はそう言って考え始めた。ルサルカの二人を見てあの時のことを思い出したのだ。園児たちの興味を引くことができ、その上でみんなを傷つけることなく安全かつ迅速に戦うことができるような作戦が必要だ。
「確かにちょっと似てるかも」
沙也香もそう言った。
「じゃあ……劇とかどうかな?」
香織が楽しそうな声を上げる。一同は香織の方を見た。
「私たちで劇をやって、園児の子たちの視線をこっちに向けつつ、妖怪が出てきたらすぐに対処できるように出番のない子たちが見張っとくの!」
「……天才じゃん」
ありさが呟いた。
「やったー! もっと褒めてー」
香織が嬉しそうに声を上げる。ありさは表情を変えないまま、大型犬を可愛がるかのように香織の頭を撫で始めた。
「……ちょっと厳しくないか?」
涼介が声を上げる。
「いやでも面白そうじゃね?」
翼が食いつく。
「作戦自体は悪くないかもしれないけど、実際やらせてもらえるかって言うと微妙な気がする……」
沙也香が考えこみながら呟く。
「いや、いいよ。僕が何とかしよう」
そう言いながら部屋に入ってきたのは太郎だ。
「いいんだ……」
勝元が驚いた声で呟いた。
「さっきも言ったけど、その妖怪の力は恐らく大したことない。君たちの力でどうにかなるだろうから、いい案が浮かんだならそれでやってみなよ」
太郎が言う。一同は顔を見合わせた。これでいいのだろうか? 園児たちに本当に危険が及ばないだろうか? 提案した本人である香織も少し不安げな表情を浮かべている。
「本番は明後日でいいかな?」
「エッ?」
太郎の言葉に、柚子たちはギョッとして大声を上げた。
「えっやば……早く決めないと!」
ありさが声を上げる。
「私たちもすぐ覚えられて、園児たちも退屈しないようにある程度は知っているような話にするべきですね」
椿が冷静に言った。
「何だろ……メンバーは八人……とりあえず白雪姫が無理なのは分かる……」
柚子は仲間たちをぐるっと見回しながらブツブツと呟いた。
「桃太郎は?」
勝元がのんびりとした声を上げる。
「鬼たちが爺さん婆さんと同じ役者でいいなら行けそうだな」
「闇が深え物語になるじゃん」
涼介の言葉に、翼が笑いながら返した。
「じゃあ……眠れる森の美女は?」
ありさが言った。原作にはいくつかパターンがあるらしいが、柚子はアニメ映画を思い浮かべていた。急いで主要な登場人物の数を頭の中で数える。他の仲間たちも同じように数えているのか黙りこんでいる。ありさは構わず続けた。
「十二人の魔法使いを三人くらいにまとめて話をシンプルにすれば行けると思う」
「えっ……十二?」
翼がキョトンとして声を上げる。
「原作の童話ってそんな感じなんですか?」
勝元も驚いた声で言った。
「えっと……ってことはお姫様と王子様、王様王妃様、良い魔法使いが三人と悪い魔法使い、って感じでいいですか? ちょうど八人だ」
柚子が言うと、ありさは意味ありげな顔をして呟いた。
「良い魔法使いっていうか……本当は金のお皿が一枚足りなかったせいでこうなったから何とも言えないけどね。まあ招待されなかった腹いせにあんな魔法かけるのも酷いとは思うけど……」
「ごめんなさい、全然分かんない……」
突然童話の原典の話をし始めたありさに、柚子はそう返す他なかった。彼女はなかなかコアな知識の持ち主らしい。
「全員何かしらの役になるのはちょっと大変かもな。ナレーターがいた方が話をまとめやすいんじゃないか?」
「あ、確かに」
涼介の提案に柚子は頷いた。
「一人くらい演技しないでずっと待機しておく人がいた方がいいかも。何かあったら怖いし……」
沙也香も言う。柚子は再び人数を数えた。
「良い魔法使いを一人にしちゃえばいっか? あ、でも最後に残った一人が悪い魔法使いのかけた呪いを緩和させるんだっけ……じゃあ二人は必要かぁ……」
調整が難しい。柚子は唸った。
「……良い魔法使いは一人にまとめちゃっていいんじゃない? 美しさとかお金とかを魔法で与えられたって思うとなんかちょっと複雑だし!」
香織があっけらかんとした声で言った。
「そんな話なのかよ? 俺お姫様が寝てたってことしか知らねえ」
翼が素っ頓狂な声を上げる。
「……私も」
沙也香も呟いた。
「それじゃ、役はお姫様と王子様、王様王妃様、良い魔法使いと悪い魔法使い、であとはナレーターと待機係?」
「いいね」
柚子がもう一度確認すると、勝元が右手の親指を立てた。
「そんじゃさっさと役決めて必要なもんドンキに買いに行こーぜ。まずは主役のお姫様か?」
「いや、最初に王子様と王様決めた方がよくない?」
翼が言うと、沙也香がそれを制止した。
「男子がやった方がしっくり来るでしょ。三人しかいないんだから先に決めようよ」
「それもそうだな」
翼は納得した様子で頷いた。
「じゃあ、まずは王子様を決めよう!」
香織が楽しげに言う。すると、すぐさま勝元が口を開いた。
「俺パスで」
「……俺も」
涼介も言う。
「え、俺ぇ?」
翼は大声を上げた。それから、少し考えこむ。
「王子……かっけーシーンある?」
「かっけーシーン? 作ろうと思えば作れるんじゃない? お姫様助ける役なんだし」
柚子はそう返した。
「……ふーん……そっか……まあ、やってもいいけど……」
翼は満更でもなさそうにブツブツ呟いている。
「原作だと百年の眠りが覚めたタイミングで来ただけで大してかっけーこと何もしてないんだけどね」
ありさが静かに言う。
「映画でも妖精さんに助けられまくってたよね!」
香織が言うと、二人は笑い出した。翼の表情が曇る。
「え……全然かっこよくねーじゃん」
「まあ……オリジナルでかっこいいシーン作ればいいんじゃないの」
勝元が苦笑しながら言った。
「……かっこいいシーンもいいけど、キスシーンも大事よね」
椿が口を開く。その瞬間、翼の体が固まった。
「キッ……ええっ?」
「大事ー!」
香織が甲高い声を上げる。
「クライマックスだもんね! うまーくやらないとだよ!」
「いっいや……振りっすよね? 振りだけっすよね?」
翼は顔を真っ赤にしている。
「そりゃそうだけど……キスしてるように見えるくらいにはお姫様に接近しないと! きゃー、どんな感じになるかな? 楽しみー!」
香織は一人で盛り上がっている。翼は今や汗だくになっていた。黙って俯いている。
「……お、お姫様役は誰がやんだよ……?」
翼は声を絞り出した。なんとなく彼の視線が自分の方に向いているような気がした柚子は、お姫様役に興味があったが今回は辞めておいた方がよさそうだ、とぼんやりと考えた。
「一橋くん、相手が誰かでモチベが変わるの? 酷い男だねー」
勝元がわざとらしく言う。翼は慌ててガバッと顔を上げた。
「ちっ、ちげえよ! つ、つつ椿じゃ嫌だって意味だ!」
「……まあ、それは同意だけど」
椿が冷静な声で返す。
「えー、じゃあ王子様どうするー?」
ありさが声を上げた。翼は顔を赤くしたまま悩んでいる。勝元と涼介もあまり乗り気ではないようだ。
「早く準備しないと……」
椿も声を上げた。すると、部屋を出ていた太郎が何やら荷物を持って戻ってきた。
「使えそうなものが少しあったからあげるよ」
そう言いながら、太郎が何かを投げて寄越した。沙也香がそれをキャッチする。
「え、これ……かつら……?」
ありさが沙也香の手の中を覗きこんで声を上げた。彼女の言う通り、金髪のかつらのようだ。
「なんでこんなものが基地にあるんだ」
涼介が怪訝な顔をして言った。
沙也香はずっと黙って手の上のかつらをじっと見つめていたが、やがて何かに気付いたのかハッとして目を大きく見開いた。
「柚子、一旦髪まとめてもらってもいい?」
「え?」
急に話を振られた柚子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。まさか、と思いながら髪を一つにまとめて右手で押さえる。沙也香が柚子の頭上に優しくかつらを置いた。
「はい、誰よりもかっこいい王子決定!」
沙也香が大真面目な顔で高らかに宣言した。
「え、えー、王子様私?」
柚子は髪をまとめたまま驚いた声を上げた。一同が柚子の顔を見て納得している。
「可愛い系だね」
「爽やか!」
ありさと香織も絶賛だ。
「……まあ面白そうだしいっか!」
二人の言葉を受けて、柚子はそう言って笑顔を浮かべた。確かに、王子役も楽しそうだ。
「……藤原がこういう性格で助かったよな」
涼介がしみじみと呟いた。
やがて、それぞれの役が決まった。主人公である姫を演じるのは香織だ。良い魔法使いは椿、悪い魔法使いはありさ。王は涼介、王妃は沙也香に決まった。ナレーターは翼で、待機係は不知火の術を使うことができる勝元が担当することになった。
実際に演じるにあたって、物語も簡略化し、分かりやすいあらすじを作ることにした。とある王国にて姫が生まれ、誕生を祝う宴に一人の良い魔法使いが招待される。しかし、宴の途中で招待されなかった悪い魔法使いがやってきて、腹いせに姫は十五歳の誕生日に糸車の針を指に刺して死ぬという呪いをかけてしまう。そこで良い魔法使いが「姫は死ぬのではなく深い眠りにつき、真実の愛のキスで目覚める」と魔法で呪いを置き換える。やがて時が経ち姫は深い眠りに落ちてしまうが、話を聞きつけて助けにやってきた隣国の王子のキスで姫は目覚め、二人は結ばれるといったものだ。
香織とありさ、それから物語を大体覚えているという椿と男子代表の勝元が台詞を考えている間、柚子を含めた残りの四人は買い出しに出かけた。買ったものは主に衣装と、必要だと判断した道具だ。基地に戻ると、一同は衣装を着て早速練習を始めた。
作戦のために園児たちの気を引く手段として選んだ方法ではあるが、それでも準備を始めるとだんだん楽しくなってくる。やがて妙に演技にこだわり始めた柚子たちは、素人が即席で決めたにしてはなかなかの完成度の劇を作り上げることに成功した。
そして二日が過ぎ、作戦を決行する日がやってきた。




