灰吹きから蛇が出る(4)
「殺してやる!」
腕なし様が酷く耳障りな声で叫んだその瞬間、群治郎が再び腕なし様の口の中に弾を撃ちこんだ。
「グアアアア!」
腕なし様が痛みに悶える。群治郎は更に何度も腕なし様を撃った。超対一課の使用する通常の銃弾より、群治郎の呪術的処理が施された弾の方が妖怪に対しては効果的なのかもしれない。腕なし様がじたばたと激しく体を動かすせいで尾が売店のカウンターを直撃し、バラバラに割れる。柚子はその隙にその場から逃げ出し、警察官や陰陽師たちのいない方へと走った。
「そんな広いところに逃げたら危ないわ!」
椿の叫び声が聞こえてきた。勝元と沙也香と椿がついてきている。三人の姿を見て柚子は顔面蒼白になった。怒り狂った腕なし様は柚子のことを狙っているのだ。一緒にいたら三人も危ない。
「死ね!」
腕なし様は群治郎に開けられた穴を治しながら迷いなく柚子を追いかけてきた。まずい!
その時、誰かが強く床を踏みつける音が聞こえた。ありさだ。ありさは三枚の形代を右手の指に挟んでいる。ありさは腕なし様を睨みつけると勢いよく形代を弾いた。形代は猛スピードで飛び、腕なし様の背に貼りつく。その瞬間、腕なし様の滑る速度が一気に遅くなり、腕なし様は何かを振り払うような動きをし始めた。畳みかけるように群治郎が再び腕なし様の体に向けて銃を撃つ。腕なし様は更に苦しそうな声を上げた。
「なんでこんなに怒ってるの?」
ありさが問う。柚子は一瞬詰まった。
「いっ……いろいろあって、挑発しちゃいました。すみません!」
「なんでそんなことをしたの!」
あきらが呆れたような怒ったような声でそう言いながら近くまで駆けつけてきて、腕なし様に強力なパンチをお見舞いした。腕なし様は攻撃を受けてよろめいた。
柚子は唇を噛みしめた。自分の周りの人が狙われるより、自分だけが狙われた方がまだどうにかなると思ったと大きな声で言うわけにはいかない。
「こいつについて分かっていることをできるだけ手短に正確に伝えて!」
あきらは攻撃の手を緩めないままそう言った。回し蹴りで腕なし様の胴体を直接思いきり蹴りつける。
「恐らく妖堕ちした水神です! 子供たちがやった都市伝説のおまじないで力を蓄えてたらしいです。水を操ります!」
弘明が銃を構えながら走り、時折腕なし様に弾を撃ちこみながら大声で説明した。それを聞きながらあきらは力を利用して普通の人間とは思えないほど高く飛び上がり、腕なし様の脳天に向けて踵落としをくらわせている。腕なし様の体がぐらつき、その場に倒れこんだ。その瞬間、刀を持った三人の陰陽師たちが腕なし様の元へ走り、一気に体に斬りかかった。その中には香織の姿もある。
「超対の皆さん。子供たちをありがとうございます」
「いえいえ、仕事ですか……らッ!」
弘明は、突如足元にやってきた腕なし様の尾を慌てて避けながら声を上げた。
「……」
あきらは柚子と椿の報告を反芻しながら腕なし様を注意深く観察した。この腕なし様とやら。元は水神だったということはかなりの妖力を持っているに違いないが、現在怒り狂っている彼女は柚子を殺すことしか考えておらず単調な動きしか見せていない。恐らくこの妖怪はかなりの力を持ってはいるものの、戦いにはまだ慣れていない。あきらはそう判断した。
冷静になってこっちの動きを学習し始めたら大変ね。あきらは心の中で呟いた。短時間で集中して確実に仕留めなければ。
柚子に怒っている理由が他にないことを祈りながら、あきらは声を張った。
「ゴリ押しでいきます!」
「エッ? はい!」
陰陽師たちは素っ頓狂な声で返事をした。
「九龍隊! 全力で陰陽団の皆さんをサポートや!」
玄人が叫ぶ。
「はい!」
三人は声を揃えて返事をした。
「四人は見学!」
体を起こし始めた腕なし様から急いで離れながらあきらが声を上げる。柚子は目を見開いた。
「え? でも……」
「こいつは海の妖怪よりも危険よ!」
あきらは更に大声で言った。四人の体が固まる。人魚、そして磯撫で。彼らとの戦いで、柚子たちは初めて死傷者を見た。
どうしよう、どうしよう。みんなにバレずに腕なし様を引きつけて戦うにはどうすればいい?
「椿!」
突然聞き覚えのある声が映画館に響いた。見れば、椿の梓弓と矢を持った翼が出入口から駆けこんできていた。その横には涼介もいる。なんと彼は制服姿だ。
「来てくれたんだね!」
柚子は嬉しくなりながら声を上げた。慌てて二人の元へ走る。
「まーな。おら、こいつ!」
「……はあっ……ありがとう」
翼は軽い声で返すと、椿に素早く弓矢を手渡した。椿が息切れしながら礼を言う。翼は「おう」とだけ答えると、そのまま自身の得物である刀を構えた。
「都くんもありが……」
柚子が礼を言い終える前に涼介は無言のままいきなり走り出し、凄まじい形相で跳び上がりながら二枚の手裏剣を投げた。六人の元へとやってくる腕なし様の両目に、見事手裏剣が突き刺さる。
「……とう」
腕なし様の悲鳴を背に、柚子は礼の続きを言った。
「ん」
涼介は腕なし様の方を見たまま言った。それから柚子たちは六人でその場から離れて走り出した。腕なし様は両目から血の涙を流しながら頭を振り回している。
「あれが腕なし様ってマジ?」
「マジ」
翼の質問に勝元が簡潔に答える。
「やべーな……あいつら知ったらちびるぜ」
翼は腕なし様を横目に見ながらそう言った。
「あなたたち! どうして来たの? できるだけ離れていなさい!」
あきらがこちらを見ながら声を張り上げている。だが、柚子たちは言うことを聞かなかった。あきらと視線を合わせないようにしながら走り続ける。
「新人陰陽師さんたちはえらい積極的だなー!」
弘明がわざとらしく大声を上げたのも聞こえてきた。玄人は京都人らしいが、勝元も言っていたようになんだか弘明の方が京都出身のように見えてくる。
「私たちを守ろうとしてくれてるってのは分かるけど……」
柚子は呟いた。
「『腕なし様』やったのは俺たちだしな。せっかく陰陽師になったんだから、責任取らせてほしーぜ。ずっとこれだと俺たちも成長できねーしな!」
翼が調子に乗った声を上げた。
「ええ。陰陽師になった意味がないわ」
椿も熱のこもった声で言う。
「俺はその『腕なし様』のことは知らないけど……」
「……巻きこんでスマン」
涼介の言葉に、翼はばつの悪そうな声を返す。
「……そんなに言うなら応募条件に義務教育終了済みじゃなくて成人済みを入れろって話だな」
涼介は不満げだ。
「都くんがやる気満々なの意外だね」
沙也香がからかうように言う。
「お前も人のこと言えねーぞ」
「はあ?」
翼が唇をふざけて尖らせながら言うと、沙也香は怒ったような声を上げた。
「ま、俺はめんどいしほんとは戦わなくていいなら戦いたくないけど……」
勝元は顔をしかめて嫌そうな表情で腕なし様を見上げた。
「……でも、まあいいこともある」
勝元はそう言って立ち止まった。そのもったいぶる様子に、柚子は焦ったくなってきた。
「いいことって何?」
続きを待ちきれずに柚子が続きを促すと、勝元は振り向いた。
「俺たちが腕なし様をやっつけたら、多分階級が上がる」
勝元はそこまで言うとニヤッと笑った。
「そうすればもう陰陽師になったのに戦うなとかいう理不尽なことも言われなくなるよ」
勝元はそう言うと腕なし様の方へと向き直った。腕なし様の両目には涼介の手裏剣が突き刺さったままだ。消耗しているのか、目の傷を癒すまで力が間に合っていない。
「なるほど」
涼介はどことなく嬉しそうな声を上げた。
「守られてばかりじゃ意味がねえ……頼りにするから、守ってくださいよ!」
翼は威勢よくそう言って、刀を構え直した。




