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灰吹きから蛇が出る(3)

「間接的にめちゃくちゃディスられてるって?」


 柚子は大声で勝元の言葉を繰り返した。腕なし様が柚子に噛みつこうと頭を振り下ろしてくる。柚子は不自然にならない程度に急いでその場から離れた。


「間接的どころか直でめちゃくちゃディスってるつもりですけど?」


 柚子は嫌味っぽく言った。勝元はかなり気まずそうな顔をしながらブツブツと術を唱えている。


「私、加賀さんはちょっとどうかと思うって言ったよね?」


 腕なし様が勝元に噛みつこうとした。木ノ壁が攻撃を阻む。だが、腕なし様も再び同じ技にやられるほど馬鹿ではなかった。木ノ壁が現れた瞬間に首を傾げるようにして顔の向きを変え、木ノ壁の太い幹にガブリと噛みついたのだ。勝元が「ヒッ」と声を上げる。柚子は構わず叫んだ。


「ヤバい人どころか妖怪だったんですけど?」

「すいませェん!」


 勝元は木ノ壁に牙を立てて折ろうとしている腕なし様から目を離さないまま絶叫した。


「好意を向けられて悪い気はしないからキープしておくって?」


 柚子は勝元の腕を引っ張ってその場から離れながら強い口調で言った。


「自分が優位に立ってるつもりで実際は超簡単に妖怪の誘惑に負けてんじゃん!」

「返す言葉もございませェん!」


 勝元は喚いた。


「……」


 沙也香と椿は呆れた表情で二人を見つめている。柚子は勝元の腕を持ったまま溜息をついた。


 腕なし様の魂胆としては、もっと勝本の懐に入りこみ、彼の存在を柚子への復讐のために利用するつもりだったのだろう。その目論見自体は失敗している。だが、勝本は彼女の目的にまったく気付かないままそれなりに良い気分を味わっていた。心から魅了されていたとは言い難いが、結果的に陰陽師としてはかなり不甲斐ない結末を迎えたことになる。


「もーほんとに……」

「そこの子供たち! 危ないぞ!」


 突如女性の声が響き渡った。それから、何者かが柚子たちの元へ駆け寄り、四人を強い力で掴まえてその場から引き離した。腕なし様の牙がとうとう木ノ壁の幹を貫き、大木が折れて倒れながら消えていったところだった。


「超対一課の権限において、実力を行使する! 行くで!」


 続いて男性の吠えるような声が轟く。それから、数発の銃声が響いた。


「アアアア!」


 実弾だ。群治郎の使用する弾とは異なる、本物の銃。撃たれた腕なし様は呻き、痛みにもがいた。


 柚子は自分たちを腕なし様から引き離した人物を見上げた。黒髪ショートカットの女性だ。それから、銃を撃った人物の方を見る。そこには発砲した張本人を含めて三人の大人が立っていた。四人とも、みんな同じ制服を着ている。


「警察……!」


 思わず声を上げる。女性がニッと笑った。


「超自然的存在対策一課、九龍《くりゅう》隊! 私たちが来たからには安心だよ!」


 警視庁警備部超自然的存在対策、略して超対。妖怪が関係する事件の現地調査や戦闘行為を行うのが一課であり、情報管理に関する役割を担っているのが二課である。恐らく映画館に来ていた誰かが警察に通報したのだろう。陰陽団よりも先に彼らがここに出動してきたというわけだ。


「瑛玲那《えれな》、子供たちを頼むで! ちなみはまだ待機や。弘明、あいつが何の妖怪か分かるか?」


 発砲した警察官がそれぞれに指示を出す。彼がリーダーなのだろう。濃い顔立ちの、がっちりとした体格をした男性だ。髪はオールバックにまとめてある。言葉遣いは訛っており、関西弁を話すようだ。


「ほいよっ」


 柚子たちを守っている女性、瑛玲那が朗らかに返事をする。


「ぴえええええ何なんですかあの蛇! デカすぎますぅ……」


 ちなみと呼ばれた女性は小動物を思わせる小柄な出で立ちで、奇声を上げて震えている。


「記録にはいない奴ですね。蛇の妖怪はいろいろいるんで正直分からないです。ただ床が不自然に濡れてるんで……水を操るっぽいですね」

「オーケー了解。ちなみ、一旦動きとめるさかいその隙に頼むで」

「はいぃ……」


 弘明というらしい男性はひょろりとしており、リーダーの男性より背が高い。弘明の早口な説明に言葉を返すと、リーダーは続けてちなみに指示を出した。ちなみは震え上がっている。


 リーダーは素早くいくつもの弾を腕なし様に撃ちこんだ。腕なし様から距離を取ったまま歩いて位置を変え、何度も銃を撃つ。撃たれるたびに叫び声を上げていた腕なし様は、一度ぐったりして動かなくなった。


「ちなみ、今や!」

「ひょええええええ怖いいいいいいいい」


 ちなみはそんな声を上げながらも、かなり身軽な動きで腕なし様に近づいて飛び乗り、体を伝って走り出した。腕なし様がちなみを振り下ろそうと暴れるが、かなり運動神経がいいのか彼女は上手くバランスを取りながら駆け抜け、腕なし様の首元まで近づくとナイフのような短い刃物を鱗の上に突き刺す。


「すご」


 勝元が感嘆の声を漏らした。


「みゃああああああ」


 ちなみはほぼ泣きながら何度も腕なし様を刺している。その間にも、リーダーの男性は腕なし様に弾を撃ちこんでいた。


「ほらほら君たち、見てないでここから逃げるよ」


 瑛玲那が咎めるような声で言ったが、柚子たちは動こうとしなかった。


 自分たちが行った「腕なし様」のおまじないで怒らせ、結果的に暴れさせてしまった妖怪だ。恐らく腕なし様が暴走している本当の理由はそれとは異なり、狙いも柚子だけだが、一同には一種の責任感が芽生えていた。


「あの、私たち陰陽師なんです! 戦います!」


 椿が声を上げると、瑛玲那は眉をひそめた。


「でも君たちはまだ子供だ」

「どっちにしろ今は団服着てないし、オフならイコール一般市民だね。ここは警察に任せて君たちは帰りなさい」


 そう言いながら弘明も近づいてくる。


「めっちゃ関西弁喋りそうな人の方が標準語喋ってる……」


 弘明の吊り上がった細い目を見て、勝本が失礼なことを呟いた。


「あの……腕なし様は私に怒ってて……」


 柚子がそう言うと、瑛玲那と弘明がパッと柚子の方を向いた。


「ん? どういうこと? あの妖怪を知ってるの?」

「腕なし様、って?」


 二人の圧に気圧されつつ、柚子は続けた。


「水地小に伝わる都市伝説的なおまじないに出てくる神様です。そのおまじないで力を蓄えてたみたいで、前におまじないを中断した時にこの子に取り憑いて出てきて……その後、同級生に化けて近づいてきました。いろいろあって怒らせちゃって……」

「怒らせたって何をしたんだ……?」


 瑛玲那が呆れたような声を出す。


「ハルさん、そいつ神様です! 恐らく『元』神様!」


 弘明が声を張り上げた。


「了解や、ハルさんちょっと気合い入れるで!」


 リーダーの男性も大声でそう言った。


「なんで神様だって分かったの?」


 瑛玲那が腕を組む。


「咲夜さん……陰陽団の人に教えてもらいました」

「咲夜さんて……ああ、日下部さんか。君たちが陰陽師なのはマジなんだ。びっくりですわぁ」


 弘明は最後にわざとらしい口調で呟いた。


「……さっきもこの人から聞いたと思うけど、俺たちは超対一課の九龍隊。俺は葛谷《くずや》弘明。この人は東《あずま》瑛玲那。あのすばしっこいのが栗原ちなみで、あの京都弁喋ってる人が九龍玄人(はるひと)、通称ハルさんで俺たちのリーダー。陰陽団ならこれからも関わることがあるかもね」


 柚子たちが本当に陰陽師だと知って必要だと思ったのか、弘明はメンバーを一気に紹介してきた。相変わらず早口だ。


「私は九龍隊の副リーダーだよ」

「それ言ってるのあんただけですよ」


 瑛玲那の言葉に、弘明が鋭くツッコミを入れた。


 相変わらず、玄人とちなみは腕なし様との攻防を続けている。腕なし様が柚子のいるこちらを目指そうとしているのが分かった。だが、二人に足止めされているという状況だ。どうしよう。柚子は困っていた。腕なし様の狙いは自分だ。なんとか戦いに参加してどうにか解決させたい。だが、このまま人前で戦うとなると、腕なし様が自分の正体を明かしてしまうのではないか。そう考えたのだ。


「……」


 瑛玲那と弘明は黙って柚子たちを見下ろした。高校生たちが一向に帰るつもりがないということに気付いている。二人はここを離れるわけにもいかず、まるで監視するかのように柚子たちを見つめていた。


「ちなみ!」


 突如玄人の声が響いて、一同は腕なし様の方を向いた。ちょうど腕なし様の体から落ちたちなみを、慌てて玄人が横抱きでキャッチしたところだった。


「にゅああああああハルさん私なんかのためにすみませええええん」

「アカン、そっち行く!」


 玄人が緊迫した声を上げる。彼はしっかりとちなみを抱きとめていたが、その代わりに腕なし様がこちらの方に近づいてきていた。ちなみは罪悪感からかひたすら喚いている。途端に瑛玲那と弘明が素早く銃を構え、腕なし様に向かって発砲した。腕なし様は銃による攻撃を躱そうとしたが、体が大きく、まだ動きもさほど素早くないためにまた弾を食らっている。だが、回復の速度は上がっているようだった。


 痛みに苦しむ声を上げてから、腕なし様は身を震わせ、スルスルと床を滑り柚子たちの元へ近づいてきた。瑛玲那と弘明が再び銃を撃ったが、その瞬間、腕なし様の体から大きな波が上がった。


「己壱顕現急急如律令――土ノ壁!」


 大きな波が六人を飲みこむ寸前に、沙也香が印を結び、先程柚子を助けた時のように土ノ壁で一同を守った。大量の水飛沫はかかったが、全員無事だ。瑛玲那と弘明は沙也香の能力の高さに対する驚きと、子供に庇われたことに対する悔しさの混ざったような表情で高校生たちを見つめた。


「貴様をただ殺すだけではつまらぬ」


 ふと腕なし様が低く唸った。


「貴様には我と同じ——否、それ以上の苦しみを味わわせてやる」


 腕なし様の視線は真っ直ぐに柚子に向けられていた。緊迫した空気が映画館を包む。九龍隊の四人でさえ、臨戦態勢ではありながらも攻撃をやめて腕なし様と柚子のことを見ていた。


 柚子は必死に頭を巡らせた。腕なし様は酷く柚子に腹を立てているが、咲也の話を思い出す限り、白面金毛の娘は彼女と何も関係がない。もしかしたら、腕なし様は柚子を白面金毛の娘とは認識しておらず、白面金毛本人だと勘違いしているのかもしれない。柚子はそう思った。そう考えれば辻褄が合う。彼女は自分と契約関係にあった人間たちを殺し、神格を奪った白面金毛に復讐しようとしているのだ。


 腕なし様の目的は、柚子に自分が感じた以上の苦しみを与えること。恐らく、柚子にとって身近な存在である人たちの命を奪おうとしている。始めは人間社会に溶けこんで勝元を殺そうとしたのだろうが、失敗したために正体を現した。そして、今柚子の目の前で柚子やその他の人々を殺そうとしている。


「貴様の連れている人間たちも喰ってやるぞ」


 腕なし様は楽しそうに言った。大きな太い体をしならせている。


「どれから喰おうか? 先に貴様を喰った方が此奴《こやつ》らは士気を失いそうだが、同胞《はらから》を殺されて自信に満ち溢れた貴様の顔が歪むところも見てみたい」


 どこからかバイクのエンジン音らしきものが聞こえてきた。外では今も一般人が普通に歩いているのだろうか? こんな繁華街の中心部にある映画館で警察と陰陽師が妖怪と戦っているなんて、誰も夢にも思わないだろう。バイクの音が近づき、やがて止まったことに気付いた柚子は、目の前にある腕なし様の顔に向かって太々しい笑みを浮かべた。


「やれるもんならやってみな」

「……僭上《せんじょう》な奴め」


 腕なし様が憎々しげに言う。


「私はあなたのことが嫌いなだけだよ」


 柚子は冷たく言い返した。


「人間相手には気を遣ってたけど、妖怪ならもう遠慮しないで思ったことを言ってあげる。いい加減ウザいよ!」

「そうか、ならばやはり貴様から喰ってやる!」


 腕なし様は怒った声でそう言うと、柚子にかぶりつこうと牙を剥いた。


 勝元たち三人が悲痛な叫び声を上げた。だが、柚子が喰われることはなかった。映画館の中に乾いた銃声が響く。


「アアアアア!」


 喉に穴を開けられた腕なし様が、痛みにのけぞりながら絶叫した。


 一斉に聞こえた銃声は四発ではなかった。五発だ。


「ぐっさん!」


 勝元がホッとしたような声を上げた。振り返ると、そこにはあきらと銃を構えた群治郎が立っていた。


「大丈夫?」


 群治郎は顔を青くして叫んだ。隣のあきらも厳しい顔をしている。


 やがて、ドタバタと複数人が走ってやってくるのが見えた。陰陽師たちがようやく到着したようだ。やはり、バイクの音の主はあきらだった。


 腕なし様が静かに声を上げる。一同は腕なし様の方を見た。腕なし様は体を起こしてこちらを睨《ね》めつけている。傷はもう治っていた。


「幾人増えても変わらぬ。全員喰い殺してやる!」


 腕なし様はしわがれた声で唸った。

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