にてないふたご(5)
翌日、土曜日。食堂で鉢合わせ、遅めの朝食を食べ終えた後もダラダラと話しこんでいた柚子と勝元の元に群治郎がやってきた。
「おはよー」
「おはようございます」
「はざます」
「ここ座ってもいいかな?」
群治郎がそう言って、二人の向かいの椅子を引き出す。食堂は空いており、人はほとんどいない。柚子と勝元は何かを感じ取って一瞬固まったが、すぐに返事をした。
「いいですよ!」
「どーぞどーぞ」
「ありがとう」
群治郎は普段と変わらない穏やかな様子で礼を言うと、「よっこいしょ」と腰かけた。椅子に深く座り、一呼吸してから二人の方を見る。
「柚子ちゃんと勝元くん、昨日の夜どこかに出かけた?」
柚子と勝元の動きが再び止まる。二人は視線だけ動かして互いを見た。これは、正直に答えなきゃいけないやつ……。
「……はい」
「うん、だよね。西新陽の方?」
「はい……」
まだ正式に陰陽団に加入していないにも関わらず、また妖怪を倒してしまった。どうしようもない状況だった最初の戦いを除いて、これでもう三回目。とうとう本格的にお叱りを受けることになってしまったわけだ。柚子はギュッと目を瞑った。
「……相談してくれればよかったのに、どうして自分たちだけで行っちゃったのかな? 危険なことをしたって分かってる?」
「え?」
思わず顔を上げる。勝元もポカンとしていた。
「鎌鼬を倒しちゃったことを怒ってるんじゃないんですか……?」
柚子が恐る恐る尋ねると、群治郎は驚いた顔をしてから「いやいや」と手を振った。
「それもだめだけどね、それはあの敦くんが取り憑かれてたから結果的にそうなったわけでしょ。そうじゃなくて、どうして大人に相談せずにトラブルに飛びこんでいったのかって聞いてるの」
柚子は呆然と群治郎を見つめていた。相談しても止められるだけだと思っていたが、ちゃんと話せばこちらの気持ちを分かった上で一緒に来てくれる可能性もあったということだろうか。
「君たち二人は寮で暮らしてる未成年。陰陽団は責任を持って君たちをお預かりしているという立場であって、君たちを守らなければいけない。そんな状況で君たちは他人と共同生活をしていることになる。もちろん二人の行動すべてを制限するつもりはないけど、自分の行動が周囲にどんな影響を与えるのかはちゃんと考えないとね」
「は……はい。すみません……」
誰から自分を預かっていることになるのか、ということはさておき、群治郎の言っていることはもっともだと思った柚子は素直に謝罪した。
「……すみませんでした」
勝元も若干面倒臭そうに謝る。
「よし」
二人の謝罪を聞いた群治郎は満足げに頷くと、椅子から立ち上がった。
「急にびっくりしたね、ごめんね。じゃあねー」
朗らかな声でそう言って、小さく手を振りながら去っていく。その後ろ姿を見届けると、勝元が「うえー」と声を上げながら椅子に思いきりもたれかかった。
「まさかぐっさんに怒られるとは……」
勝元は群治郎のことを勝手にぐっさんと呼んでいる。そんな態度も受け入れてくれる優しいぐっさんに説教されたことが相当ショックだったらしい。気力のない声を上げていた勝元の横で、柚子は空の食器を前に未だに群治郎が去っていった方を見つめていた。……大人の男の人に怒られたの初めてだな。
「一橋翼です。新陽第一一年。あ、知ってる奴もいるけど椿の双子の弟っす。よろしく!」
髪は黒く、目は吊り気味。何もかもそっくりというわけではないが、一重の目元が似ている気がする。そんな翼の自己紹介を聞いて、太郎が手を叩いた。
「ありがとう! いやー、まさかあれから希望者が増えるなんてね! 僕としては嬉しいけどね。なんと六人。今年は本当に豊作だ!」
太郎の声は歓喜に満ちている。本当に嬉しそうだ。
今日は五月一日。四月が終わり、陰陽師の卵たちは始めの一歩を踏み出す時が来た。既に勝手に何歩も踏み出している者もいるが。
「では僕も改めて自己紹介しよう。僕は山川太郎。この陰陽団の団長を務めている。陰陽団基地本部は栃木にあるんだけど、僕は大体東京支部にいるよ。実質ここが本部みたいなものだね」
太郎は笑顔で頷いた。
「それじゃ、明後日から三泊四日で研修旅行だ。今年はゴールデンウィークが長くてよかったねえ、全部潰されずに済む。休日が予定で全部潰れると嫌じゃない? 僕最低でも一日は何もしない日が欲しいタイプなんだよね」
「何の話?」
急に関係ないことを語り始めた太郎に、柚子は小さな声でツッコミを入れた。
「この研修旅行は、君たちそれぞれの陰陽師としての戦い方を決めてもらうためのものになる。既に自分で分かってる人もいるだろうけど、そうでない人もいるよね。そういう人はいくつかのやり方を試せるよ。今後自分が何を武器としてこの世界で戦っていけるのかをここで見極めるんだ。まあ、何かあれば途中で変えてもいいし、そこまで深刻にならなくていいんだけどね」
太郎は更に続けた。
「陰陽師は人によってそれぞれ戦い方が異なる。それが研修旅行の時によく分かると思うよ。だから、どんな状況にも対応できるように陰陽師は班を組んで戦うんだ。班の仲間はここにいる六人。今回は人数が多いから、他の班との調整の必要もなさそうでありがたいねえ。そして、全員で戦えない時でも一人になることがないようにみんなにはペアを組んでもらう。そのペアも、研修旅行で相性を見て決めるよ」
柚子は隣に座る勝元の方を盗み見た。太郎からやらせのリクエストがあったことを、すっかり忘れていた。
「この相性ってやつの説明をすると、主に条件は二つある。一つは前衛と後衛の二人になるようにすること、もう一つは男女ペアにすること。前衛と後衛っていうのは、それぞれ接近戦を得意とする人と遠距離戦を得意とする人のことさ。例えば刀で斬りつける方が有効な妖怪もいれば、遠くから術で攻撃した方がいい妖怪もいる。二人でもできるだけ上手く立ち回れるようにするってことだね。そしてもう一つの方はどうしてかっていうと」
太郎はそこまで言うと、ニヤニヤと笑い始めた。
「妖怪にはそりゃもう圧倒的に、美しい女に化けて男を誑かす奴が多いから!」
太郎はなぜかすごく楽しそうだ。
「簡単に言うと、相方が妖怪に魅了されて鼻の下を伸ばしてても冷静な判断ができるパートナーが欲しいってことだ。悪いねえ」
「うわ、心配……」
柚子は勝元を見て呟いた。
「女性が恋愛対象の女性はどうなるんですか?」
沙也香が尋ねる。
「それがね、女性を誘惑する女妖怪の例がほとんどないんだ。多分女性の方が男性よりしっかりしててすぐには魅了されないんじゃないかと僕は思ってるけど……その辺奴らも同意見なのかもねえ」
太郎の答えに、沙也香は納得したようだった。男子たちは気まずそうな顔をしており何も言わない。
「さて、そして陰陽団は万年人材不足なので……君たちは研修旅行が終わったら自動的に陰陽師になれます」
太郎の力強い言葉に、柚子は目を丸くした。難しい試験などがあると思っていたのだ。
「へえ」
沙也香も驚いたように声を上げている。
「優秀な陰陽師になれるかどうかは、君たち次第だけどね」
太郎は皮肉っぽく付け加えた。
「研修旅行は適正診断のようなものも兼ねてるから、もしあまりにも向いてない……ってなった場合は陰陽師になれないけど、よっぽどのことがなければ大丈夫だよ」
太郎はそう言ってウインクした。
「と、まあ、研修旅行前の説明はこんなものかな。あとはその時にいろいろ教えてもらうことになるだろう。君たちは心構えをしておいてね。それじゃ、今日はここまで。またねえ」
太郎はそう言うと、にこやかに手を振って去っていった。
柚子は部屋の中にいる仲間たちを改めて見つめた。これからはこの五人と共に戦っていくことになる。柚子は小さく微笑んだ。きっと上手くやっていけるだろう。
お母さんを殺した鎌鼬はもういないけど、それでもまだ許せない。この世にあんな奴らがまだ残っているというのなら、私の手でみんな倒してみせる。同じような悲しみを背負う人をこれ以上増やしたくない。
柚子は決意を新たにそう心に誓ったが、その奥底には不安げな思いも揺らめいていた。
——私も妖怪だけど。




