にてないふたご(3)
「ックク……」
笑い声が廃工場に響いた。敦だ。一同はギョッとして彼を見つめた。なぜ笑っている?
「……おもしれーじゃん。陰陽師だって? じゃあ、ちょうどこいつが役に立つかもな」
敦がそう言った瞬間、翼がハッと息を呑んだ。それから、素早く柚子たちに声をかける。
「おいお前ら、早く逃げろ! こいつはやべえ! あのつじ――」
「お前は黙ってろ!」
敦が怒鳴り声を上げた。それから、敦はニヤニヤと笑いながら柚子たちを見下ろす。柚子は体を強張らせた。目が笑っていない。
「全員、俺が斬り刻んでやる」
その瞬間、敦の着ているゆったりとしたスウェットが両側の袖から勢いよく切り開かれてバラバラに破けた。驚いてその姿を見ると、敦の腕は大きな鎌になっている。顔立ちもどことなく動物のようになり、体からは大量の毛が生えている。更には、臀部から長い尻尾が垂れているのも見えた。柚子が正体を現した時のものとも異なる、人間と妖怪が融合したような奇妙な姿だった。だが、柚子には妙に見覚えがあった。
「……鎌鼬」
柚子は確信を持って呟いた。体中の毛がブワッと逆立つのを感じた。
それから、ハッとして柚子は声を上げた。
「もしかして、こいつが辻斬り事件の犯人?」
「そうだ!」
翼が叫ぶ。
「そいつが腹の虫の居所がわりい時に暴れ回ってたってのがあの事件の真相だよ!」
柚子は愕然とした。そんな幼稚な理由であんな事件を巻き起こしたというのか。
ニュース番組では、事故現場に残された凄惨な痕跡が報道されていた。何かを感じたのは、鎌鼬による攻撃だったからなのだろう。
「取り憑かれてる……? なんかおかしいな」
勝元が呟く。すると、鎌鼬が叫んだ。
「違う!」
敦の声と、男の声が重なり合ったかのような声だった。
「取り憑かれてなんかねえ……俺がこの力をコントロールしてんだ。この力は貰ったんだ。俺のものなんだよ!」
鎌鼬はそう言って両腕を振った。すると、真空の刃のようなものが実体化して柚子たちめがけて飛んでくる。慌てて避けると真空刃は廃工場の壁に当たって消え、壁には抉れたような亀裂が入った。
「当たったら一溜まりもない……!」
勝元が悲鳴のような声を上げた。
「街の方に行かせちゃだめ……ここで倒さないと!」
柚子が言う。
「やれるもんならやってみろ!」
鎌鼬は柚子めがけて空を切った。柚子はポケットから和紙を取り出すと、そこから素早く剣を引き抜いて真空刃を弾き飛ばした。
「団長、この剣持ち歩いた方がいいってさっき言ってましたけど、気軽には持ち運べないですよ。何かいい方法ないですか?」
柚子がそう言って太郎に助けを求めたのは、勝元とペアを組んだ日の翌日の夜のことだった。
肘をついて横になり、くつろいでいた太郎は、部屋にやってきた柚子をしばらく見つめてから「しょうがないなー」と面倒臭そうに体を起こした。
「方法ならあるよ」
「ほんとですか?」
柚子がパッと顔を輝かせる。太郎はそれを見ておかしそうに笑った。
「教える代わりに君の血をくれないかな。ちょっとでいいよ」
太郎の言葉に、柚子はサッと表情を変えて眉をひそめた。
「えっ……」
「変な意味じゃない!」
太郎が慌てて大声を上げた。およそ初めて見る姿だ。
「君の血が必要なんだ、この術を使うにはね」
太郎がそう言いながら立ち上がって、部屋の奥にある小さな襖を開けて何かを取り出した。柚子は半信半疑だったが、持ってきた剣を鞘から抜くと、刃に左手の人差し指を滑らせた。
「つっ」
一瞬の痛みに柚子は顔をしかめた。それから、太郎の差し出した墨壺の中に、傷口が塞がらないうちに急いで血を一滴垂らす。
「どうも」
太郎は嬉しそうに言うと、細い筆で墨壺の中をゆっくりと掻き混ぜた。壺の中の墨から、不思議な色をした煙のようなものが一筋立ち昇る。
太郎が指を動かすと、手品のように一枚の紙が現れた。小さな和紙だ。太郎はその紙に、柚子の血を混ぜた墨で紋様のようなものを書いた。漢字の「門」に似ている。
「これは『門の札』」
太郎はそう言って紙を掲げた。
「ここではない空間に何かを入れておくことができる。空間は有限だけど、そこそこ広いよ。開閉できるのは門の主人のみ。つまり、その墨に混ぜた血を持つ者だけってことさ」
太郎はそう言うと、門の札を柚子に手渡した。
「使ってごらん。その中はまだ空だ」
「あ、はい」
柚子は頷くと、門の札を受け取った。そして、鞘から抜いたままの剣を手に持つ。
「えっと……どうやって……?」
「そのまま、門に入れればいいだけだよ」
太郎は促すように首を傾けた。太郎の言葉にピンと来ないまま、柚子は恐る恐る「門」の文字に剣を刺してみた。すると不思議なことに、紙は破れない。突き刺したはずのその剣先は、どこかに消えてしまったかのように見えなくなっている。
「えっ、すごい!」
柚子は目を輝かせながら剣を門の札にしまいこんだ。
「取り出したい時も、同じように門を開くだけでいい。開けって言ってもいいし、念じてもいい」
柚子は一瞬考えてから、少しおどけた声を上げた。
「オープン」
すると、今度は剣の柄が門の札から突き出してきた。その柄を持って思いきり引き抜いてみる。剣は簡単に取り出すことができた。剣にも門の札にも、変わったところは何もない。
「わー、マジですごい! ありがとうございます!」
「戦ってる時はもう少しかっこいい感じで言ったらどうかなー」
太郎は論点のずれた言葉を返した。
「団長、一体何者なんですか?」
柚子は剣を再び門の札にしまいながら尋ねた。太郎はニヤッと笑った。
「僕は呪術師みたいなものさ。僕の家系の者は戦いに役立つ力をあまり持っていないから、こうやって呪術を使ってみんなのサポートをしてる」
「なるほど?」
この世界のことはよく分からないが、妖怪も陰陽師もいるのだから、呪術師というものが存在してもおかしくない。柚子はそう思った。
「君も強い妖怪だから呪術を扱えるかもね……」
太郎は神妙な顔をしてそう言ったが、すぐにいつも通りのふてぶてしい笑みに戻った。
「でも僕の役目がなくなってしまうから、教えないでおこう。何枚か札を作っておくから、なくなったら言ってね。手出して」
「……はい」
太郎が数枚の和紙に「門」と書いては柚子の差し出した両手の上に載せていく。柚子はその様子をぼんやりと眺めながら、「ありがとうございます」と囁いた。
柚子は門の札をしまいこんだ。この紙には、そんなちょっとした秘密があるのだ。
「この場合って、どうすればいいのかな!」
柚子は、鎌鼬が真空刃を放つたびにそれを剣で受け流しながら声を上げた。
「取り憑かれてるわけじゃないって言ってるけど!」
「ごめん、俺も分からない……力を貰ったってどういうこと?」
勝元も不思議そうに声を上げた。
椿と翼が、柚子たちから目を離さないまま少しずつ動いて隅に逃げようとしている。しかし、鎌鼬は途中で気がつき、「逃がすかよ!」と声を上げながら双子に向かって鎌を振った。
「あっぶねえ!」
翼が大声を上げて、椿の腕を引っ張って自分の方に引き寄せ、攻撃から避けようとした。
「痛っ……」
椿がそう言って頬に手を当てた。恐る恐る手を離すと、掌には血が滲んでいる。見れば、真空刃がかすってしまったのか、椿の右頬がパックリと割れていた。
「あ……っ」
翼の顔が青くなる。
「おい、大丈夫か」
「大丈夫……」
「ハッ! シスコン」
姉弟を見ていた鎌鼬が嘲笑うように言い捨てて、再び真空刃を放つ。二人は身構えたが、今度は柚子が二人の元に駆けつけたので平気だった。柚子が弾いた真空刃が跳ね返って天井にぶつかる。天井に穴が開き、屋根の一部が大きな音を立てて落ちてきたのを見て、柚子は顔を引きつらせた。上に弾いちゃだめ! 自分に言い聞かせる。廃工場の中はもうめちゃくちゃだ。
椿は、リュックからハンカチを取り出して頬に当てた。リュックの中身をちらりと見た翼は、嫌そうな表情をしてから視線を外した。
「クソッ……」
翼が舌打ちする。それから、柚子たちに向かって大声を上げた。
「おいお前ら! 敦は多分、自分から無理矢理鎌鼬に取り憑かれてる状態になってる。普通妖怪が取り憑いたら妖怪が自分の意思で離れねえ限りどうにもできねえけど、鎌鼬にそのつもりがねえなら逆に無理矢理追い出せると思う!」
「何それ? どういう流れでそんなことになったの!」
勝元は声を裏返らせた。
「詳しいことは俺も分かんねえ! あいつ、貰ったとしか言わねえから! でも多分行ける。取り憑かれてる側の体を使用不能にすれば、鎌鼬は出てくる!」
「使用不能って?」
柚子が声を上げた。
「敦を死なねえ程度にボコボコにしろ!」
「死なない程度にボコボコにしろ?」
柚子と勝元は仰天して声を揃えて繰り返した。そして、互いの顔を見る。
「剣じゃどうやったって傷つけちゃうよ。死んじゃう!」
「火行の術もやりすぎたら死んじゃうな。……ここは柚ちゃんのパワーに任せるしか……」
「ええっ」
勝元の呟きに、柚子は思わず悲痛な声を上げた。それから、勝元にしか聞こえないくらい小さな声で囁く。
「いやもう厳しいよ! 普通の女子高生はあんなキックできないでしょ!」
「行ける行ける。手加減して、高く跳んだりしなければ誤魔化せるって!」
「他人事だと思って……」
柚子は歯ぎしりした。あー、もうやるしかない!
「援護お願いね!」
柚子はそう言って鎌鼬に向き直ると、剣を構えて鎌鼬の方へ走っていく。
「もちろん!」
勝元が威勢よく返事をした。




