7話 涼しい図書館で
本を貸した日から数日後、テスト期間が始まった。
一学期の中間テスト。高校に入って最初の定期テストということもあり、教室内はどこかピリピリとした、殺伐とした空気に包まれていた。
三にとって、この数日間はいつも通りの毎日だった。教室では優のいる窓際の方を特に意識することもなく。優の方も、教室ではいつも通りの賑やかなグループの中にいて、視線を送ってくるような真似はしなかった。
ここ数日、どうにもスマホの画面を見るのすら億劫だった。誰とも関わらない時間が、なぜか妙に退屈で、どことなく物足りないような気がしてくた。
(……まぁ、テスト前だからか)
その感情を間近に迫ったテストの憂鬱のせいにして片付けた。
普段なら放課後はさっさと帰宅して自堕落な生活を送っていたが、今回ばかりはそうもいかない。リビングで寝転がってスマホをいじっていると、母親から「最初のテストくらい少しは机に向かいなさい」と無言の圧力を受けるからだ。
家庭内での面倒ごとを避けるため、渋々、休日の図書室へとむかう。
重い木製の扉を開けると、ひんやりとした静寂と、古い紙の匂いが鼻をくすぐる。そこまではとても良いのだ。
テスト期間の図書室は、普段は寄り付きもしないような生徒たちが集まりそこそこに混み合っていた。
(……やっぱり家でやればよかったな)
引き返そうかとも思ったが、それも面倒だ。鞄を肩にかけ直し、できるだけ人が少なくて目立たない、図書室の最奥にある自習スペースへと向かう。
高い本棚に囲まれた、半個室のようになっている窓際の席。
そこへ滑り込もうとーー
先客がいた。
窓から差し込む午後の光を浴びて、真剣な表情で机に向き合っている横顔。古暮優だ。
三は、条件反射的に一歩後ろへ下がった。
いつも通り、面倒な関わり合いを避けるためのアンテナが働く。あの一件からまだ数日しか経っていないのだ。
しかし、不運なことに、三が身を引こうとしたその瞬間、床の古い木の板が「ギィ」と小さな音を立てて軋んだ。
優が、ふと顔を上げた。
あ、というように、彼女の大きな瞳が三を捉える。
図書室は私語厳禁だ。少しでも声を出せば、入り口のカウンターにいる司書の先生から鋭い視線が飛んでくる。もちろん、近くの席で勉強している他クラスの生徒たちにも丸聞こえだ。
二人は、完全に無言のまま、数秒間見つめ合う形になった。
優はいつも通り淡々とした様子で、小さくコクンと頭を下げた。
三も、ぎこちなく首を縦に振った。
これで終わりにして立ち去るつもりだった。
だが、優は手元に視線を戻すと、シャーペンを置き、自分のノートの脇に置いてあった「あるもの」にそっと指先を添えた。
それは、地味な布カバーしたある本だった。
優はそれを、三に見せるようにして、机の端の方へと少しだけスライドさせた。
厚みのある文庫本の、ちょうど半分くらいのページに、小さな紙のしおりが挟まっていた。
声は一切出さない。けれど、その真っ直ぐな瞳としおりの位置が、雄弁に三に語りかけていた。(テスト勉強の合間に、読んでいますよ)と。
三は心の中で小さく息を吐いた。
わざわざそんなアピールをしなくていい。っていうか、テスト勉強の場にラノベを持ってきて大丈夫かよ。
心の中でそう激しくツッコミを入れつつ俺と違ってあたまいいからできる芸当なんだろう、と自虐気味に付け足す。
凡人の自分が同じ真似をしたら、次のテストの点数は下がるわ母親からの説教の時間が増えるわで、負の連鎖へと陥る。
そんなくだらないことを考えながらも、三の足は、なぜかその場から動けなくなっていた。
目の前の席以外でどこか空いてる席を探しても良いが、図書館をうろちょろする変な人と思われたくない。
三は小さく息を吐くと、優の斜め向かい、本棚の影になる席に腰を下ろした。
優はそれを見届けると、再び数学のワークへと視線を落とした。
カリカリ、と静かな空間にシャーペンの音が戻る。
直接言葉を交わしたわけではない。ただの偶然で、たまたま席が近くなっただけだ。
それでも、お互いの存在が視界の端に入るその距離で、三は英語の単語帳を開いた。
いつもなら周囲の目を気にして逃げ出すところだが、なぜか、あの日蓮に見つかった時のような焦りはなかった。
ただ、静かで、、けれど妙に落ち着く沈黙。
声を出すことを許されない図書室の片隅で、二人だけの奇妙な自習時間が始まっていた。
ーー中間テストが終われば、学校は一気に初夏の熱気に包まれる。
だがそれ以上に抗えない熱が校舎に覆い被さる。
クラス全体が強制的に巻き込まれる、あの一大イベントだった。




