37話 スキー合宿
冬休みが明け、数日が経った。
ようやく学校生活のリズムを取り戻し始めた頃。教室にもいつもの空気が戻り、生徒たちは未だ休み中の出来事を話しながらホームルームを待っていた。
そんな中、担任が一枚のプリントを手に教室へ入ってくる。
「今日は大事な連絡がある。全員、このプリントを後ろに回してくれ」
前の席から順番にプリントが配られていく。
三も受け取った紙へ何気なく視線を落とした。
そこには大きく『スキー・スノーボード合宿について』と書かれている。
「再来週、スキー・スノーボード合宿を行います」
担任のその一言で、教室中が一気にざわめいた。
「マジか! スノボーできるじゃん!」
「俺スキーしかやったことないわ」
「初心者でも講習あるらしいぞ」
「楽しそう!」
期待に満ちた声が教室のあちこちから飛び交う。
三は騒がしい教室の中で、もう一度プリントへ目を落とした。
スキー・スノーボード合宿。
雪山へ行くのは、随分久しぶりな気がする。
最後に滑ったのは、いつだっただろうか。
細かな記憶までは思い出せない。ただ、冷たい風を切って滑る感覚だけは、不思議と今でも体が覚えている気がした。
そんなことを考えているうちにホームルームは終わり、いつもの授業が始まる。
その日一日、教室では休み時間になるたびに合宿の話題で持ちきりだった。
◇
放課後。
静まり返った教室には、いつもの四人だけが残っていた。
「スキー合宿かぁ……」
色晴がプリントを両手で持ちながら、不安そうに眉を寄せる。
「どうしたの、色晴ちゃん?」
優が首を傾げると、色晴は少し照れくさそうに笑った。
「いや、私さ。スキーもスノボも人生で一度もやったことないんだよね。それこそ雪遊びくらいしかしたことなくてさ」
そう言ってプリントへ視線を落とす。
「ちゃんと滑れるかすごく心配なんだよね。転んだら絶対痛いじゃん」
「最初はみんなそんなものだって」
蓮が笑いながら言う。
「ちゃんとインストラクターの講習もあるんだし、何とかなるだろ」
「そうかなぁ……」
色晴はまだ少し不安そうだった。
「最初はゆっくり教えてもらえるみたいですし、きっと大丈夫ですよ」
優は優らしい穏やかな口調で付け加えた。
「そういえば、当日はスキーとスノーボード、どちらにするか決めないといけないんですよね」
優がプリントへ視線を落としながら言った。
「優ちゃんは初心者?」
「……いえ。一応、スキーは滑ったことがあって」
「そっかぁ……じゃあ、完全な初心者は私だけか」
色晴は苦笑いを浮かべながら肩を落とした。
三はそんなやり取りを聞きながら、手元のプリントの端を指先で軽く折る。
「俺なんて今から楽しみで仕方ないぜ」
「さすがスキー経験者は余裕だな」
三が呆れたように返す。
「別に最初は俺だって転びまくってたんだから」
「そうなんですか」
「ま、慣れたけどな」
蓮は得意げに笑った。
「じゃあ、みんなはもう決めたの?」
色晴がプリントを見ながら尋ねた。
「俺はもちろんスキーだな」
「私もスキーです」
「みんなスキーなんだ、三は?」
「……スノボー」
三が短く答えた。
その時何かを思い出したように、蓮の口元がゆっくりと吊り上がる。
その笑みを見た瞬間、三は嫌な予感しかしなかった。
「こいつ実は――」
三は反射的に席を立ち、蓮の口を片手で押さえつけた。
「んぐっ!?」
「……」
「え、何なに?」
色晴が目を輝かせる。
「三に何かあるの?」
三はすぐに手を離した。
「……こいつが余計なこと言おうとしただけ」
「余計って何ですか?」
「気になるじゃん!」
色晴は興味津々だ。
三は何も答えず、蓮へ鋭い視線を送る。
これ以上しゃべるな。
そんな意思を込めた無言の圧力だった。
蓮はその視線を受けると、やれやれと肩をすくめる。
「……なんでもない。忘れてくれ」
「絶対なんかあるじゃん!」
色晴が頬を膨らませる。
「ずるいです」
優も小さく苦笑していた。
三は気まずさをごまかすようにプリントへ視線を戻す。
「昔、少しやってたってだけ」
「少し、ねぇ……」
蓮が意味深につぶやく。
もちろん聞こえている。
それでも聞こえないふりをした。
わざわざ自分から話すようなことでもない。
昔のことは昔のこと。
今さら自慢するほどの話でもなかった。
「まあ、当日になれば嫌でも分かるって」
蓮が笑う。
「ほら、そろそろ下校時間だぞ」
三が話を切り上げると、色晴は「えー、気になるなぁ」と名残惜しそうに言いながらバッグをまとめ始める。
優もプリントを鞄へしまい、蓮は伸びをしながら立ち上がった。




