36話 雪玉合戦で
冬休みは、一瞬で終わった。
初詣に行ったくらいで、これといって特別なイベントもない。毎年この時期になるとやってくる焼き芋屋から、妹の咲に頼まれて買い出しに行かされた。思い返せば、それくらいだ。
ただ——
一月一日のあの日から、優とはなんとなく連絡を取るようになっていた。課題の進捗を聞いたり、お年玉の使い道を話したり。以前の三なら、まず考えられないことだった。
そんな曖昧で心地いい時間を過ごしているうちに、長かったはずの休みはあっさり幕を閉じた。
◇
新学期。
久しぶりの学校は、思っていた以上に疲れた。
授業自体はいつも通りなのに、休み明けというだけで身体が重い。
放課後、教室に残っていたのは四人だけだった。
「冬休み、終わるの早すぎない?」
鞄を持ちながら、色晴がぼやいた。
「分かる。始まる前はあんなに長く感じるのに」
同意するように蓮が頷く。
「でも、三週間くらいありましたよね?」
「三週間あっても足りないものは足りないの」
「蓮くんは一年あっても足りないって言ってそうですけど」
「……よく分かってるな」
蓮が参ったというように笑う。
「そういえばさ、休みの間は何やってたの?」
ふと思い出したように、蓮が訊ねてきた。
「家でゆっくりしてた」
「三らしいな」
蓮が知っていたと言わんばかりの顔をする。
「まあ、咲に焼き芋買いに行かされたくらい」
「そういえば言ってましたね、それ」
「焼き芋?」
首をかしげる色晴に、三は肩をすくめた。
「毎年来る焼き芋屋があってさ。妹に頼まれた」
「優しいお兄ちゃんじゃん」
色晴がイタズラってぽく笑う。
「別に普通だろ」
「そういうところだと思うけどなー」
からかってくる色晴に続いてニヤニヤする蓮を、三は適当にスルーした。
「蓮は?」
「俺? 俺は久しぶりに帰ってきた姉貴とか、家族と適当に過ごしてた感じかな」
「蓮くんのお姉さん、帰ってきてたんですね」
「おう。相変わらず騒がしくてさ」
蓮がやれやれと首を振る。
そんな他愛もない雑談をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
「じゃ、そろそろ帰ろっか」
色晴の言葉をきっかけに、四人は教室を出た。
校門までの道を歩く。
「私、こっちだから。また明日」
分かれ道で色晴が足を止めた。
「おう」
「また明日です」
「じゃあな」
手を振って去っていく色晴を見送り、残ったのは三と蓮、それから優の三人。聞き慣れた足音だけが、夕暮れの帰り道に響く。
「……疲れた」
蓮が盛大にため息をついた。
「まだ一日目だけどな」
「 久しぶりの学校ってだけで疲れるんだって」
「否定はしない」
「……確かにいつもより少し長く感じました」
優も静かに頷く。
「先生の話も長かったしなー」
「蓮、途中から聞いてなかっただろ」
「聞いてたって!……まあ、半分くらいだけど」
「ほらな」
呆れつつも、思わず笑いがこぼれた。
ちょうど公園の横に差し掛かった頃だった。
——バスッ!
「っ!?」
蓮の横顔に、白い何かが激突した。
「……いてぇ」
頬を押さえて振り返る蓮。見れば、公園の中に小学生くらいの子どもが四人ほど立っていた。どうやら、雪玉が当たったらしい。
「おいおい……」
蓮が雪を拾い上げる。
「やりやがったなー」
「蓮」
「一発くらい返してもいいだろ」
「子どもじゃないんだから」
三が言った、その瞬間。
——ボスッ。
「……」
今度は、三の横顔に雪玉が当たった。
振り返る。逃げ出そうとした三人とは別に、一人だけ残っている男の子がいた。
三は何も言わずにしゃがんだ。雪を拾い、固める。
「……三?」
蓮の声は聞こえない。そして、投げた。
シュッ。
「わっ!?」
雪玉は男の子に命中し、派手に砕けた。一瞬の沈黙。
「逃げろー!」
子どもが叫んだ。すぐには逃げようとしなかった。
「やり返されたー!」
その声に反応して、残りの三人も戻ってくる。手には雪玉。
「めっちゃやる気だな」
蓮が笑う。
「それー!」
一斉に飛んでくる雪玉。
「うおっ!?」
こうなると、もう帰り道どころではない。なし崩し的に、雪合戦が始まってしまった。
「三、挟み撃ちだ! 右のやつ頼む!」
蓮が叫びながら、左に突撃していく。
「無茶言うな」
言いながらも三は雪を丸め、迫ってくるガキどもを牽制した。投げられた雪玉を横ステップでかわし、間髪入れずに投げ返す。当たった男の子が「うわっ!」と声を上げて後ろに転がった。
「三くん、右です!」
優の声に反応して身体をねじる。直後、三の耳すれすれを雪玉が通り過ぎて行った。
「ナイス、助かった」
「任せてください!」
気がつけば優も小さな雪玉をいくつか手元に抱え、完全に前線に参加していた。ふだんの大人しい印象とは違って、目がキラキラしているように見えた。
「優ちゃん、弾薬補給よろしく!」
「はい! 三くん、これ使ってください!」
「おう」
優から手渡された硬めの雪玉を握り直し、三は物陰から顔を出した子どもに向かって投擲した。完璧な放物線を描いて胸元に命中する。
「お兄ちゃんたち強い……!」
「当たり前だ、伊達に高校生やってねぇよ!」
蓮がドヤ顔で叫ぶ。
「よし、これで引導を渡してやる!」
蓮が屈み込み、自分の頭ほどもある巨大な雪の塊を作り始めた。
「それは反則だろ」
三が呆れて言うと、蓮は悪ガキみたいな笑みを浮かべて走り出した。
「食らえ、超特大雪玉攻撃ー!」
「うわああ! 逃げろー!」
子どもたちが悲鳴を上げながら四方に散っていく。重すぎる雪玉は狙いが逸れて地面で豪快に砕け、子どもたちはすっかり降参モードだった。
しばらくして。
「はぁ……はぁ……死ぬ……」
「今日一番疲れたかもしれない……」
全員がベンチに倒れ込み、肩で息をしていた。吐く息が白く広がっていく。
「お兄ちゃんたち強かった! また勝負して!」
「おう、いつでも来い」
満足気な子どもたちは、手を振りながら公園の奥へ消えていった。
「……何やってんだ、俺たち」
空を見上げながら蓮が呟く。
「蓮が勝手に乗っかるからだろ」
三が疲れながら呟く。
「三もだろ。速攻でやり返してたじゃねぇか」
「……」
冷たい風が吹く。冬は、まだ続いてる。




