24話 大晦日の中で
「お兄ちゃーん、年越しそば食べないのー?」
リビングの扉が開き、咲がひょっこりと顔を出した。少し不満そうに眉をひそめている。
「……今行く」
今日は十二月三十一日。大晦日だ。
世間はすっかり正月ムードに包まれている。テレビからは慌ただしくも、どこか浮かれた雰囲気の特番が流れていた。
リビングのテーブルには、湯気を立てる二杯の年越しそばが用意されている。
「ほら、のびちゃうよ。早く食べな」
「……わかってる」
三は席につき、温かい出汁の香りが漂うそばを見下ろした。
二人は並んで箸を手に取る。
「「いただきます」」
声を揃えて手を合わせ、そばを啜る。
「今年もあっという間だったねえ」
汁を飲みながら、咲がしみじみと呟く。
「……おばあちゃんみたいなこと言うなよ」
「だって、今年一年がすごく早く感じたんだもん。それに、来年から受験生って考えると、余計に早く感じるし」
「……まあ、それはそうか」
「でしょ?」
「お前と同じ高校に通う実感が全く湧かないわ」
「私だってないよ」
「ないのかよ」
「だって、まだ来年の話だし」
「もう来年だけどな」
「そういうこと言わないでよ……」
咲が少し嫌そうに顔をしかめる。
「急に現実味が出てくるじゃん」
「自分で言ったんだろ」
「それはそうだけどさ」
三はそばを啜りながら、咲を横目に見る。
「まあ、来年になったら嫌でも考えることになるだろ」
「うわー……」
「なんだよ」
「お兄ちゃん、他人事だと思ってるでしょ」
咲が頬を膨らませる。
三はそんな妹を見て、わずかに口元を緩めた。
「……まあ、頑張れよ」
「はいはーい」
咲は拗ねたように言い、そばを啜る。
三はそんな妹を横目に、再びテレビへ視線を戻した。
そんな他愛のない会話を交わしているうちに、椀の中身はすっかり空になっていた。
時計の針は、午後十一時半を回ろうとしている。
年が明けるまで、あと少し。
「ふう、食べた食べた。ごちそうさま!」
満足そうにお腹をさする咲を横目に、三は立ち上がろうとした。
そのとき。
机の上に置いていたスマホが、突然ブルッと震えた。三は足を止め画面に目を向けると、そこにはグループLINEの通知が表示されていた。
クリスマスの夜、プレゼント交換をしたあとに作ったグループだ。
そういえば、あのときは優とまだLINEを繋いでいなかったことに、蓮や色晴が驚いていた。
『え、坂倉、まだLINE繋いでなかったの!?』
そんなことを言われて、その場で優とも連絡先を交換したのだった。
三はそんなクリスマスの日のことを思い出しながら、通知をタップする。
開いたグループLINEには、色晴からのメッセージが届いていた。
『もうすぐで年越しだね。みんな年越しそばは食べた?』
それに続くように、すぐさま蓮から返信が飛んでくる。
『後で食べるからまだ食ってない』
三は画面を眺めながら、片手でぽつぽつと文字を打ち込んだ。
『年越しそばは年越してから食べるとあんま良くないぞ』
送信。
数秒もしないうちに、蓮から返信が届いた。
『マジ?』
どうやら本当に知らなかったらしい。
三が返事を考えていると、別のアイコンからメッセージが送られてきた。
『年のうちに今年の厄を断ち切る意味があるから、年を越してからだとその縁起を担げなくなる……みたいなことだったはずです』
画面の向こうで、真面目な顔をして説明している優の姿がなんとなく想像できる。
そんなことを考えていると、蓮からメッセージが届いた。
『急いで食ってくるわ』
それからしばらく、他愛のないやり取りが続いた。
年越しまで、あと数分。
『あと五分くらいだな』
蓮がそう送る。
『もうそんな時間なんだ』
色晴が続いた。
『早いですね』
優からもメッセージが届く。
三は時計を確認する。
「……もうすぐか」
テレビでも、年越しの瞬間を待つ人々の姿が映し出されていた。
やがて、グループLINEにメッセージが届く。
『十秒前!』
蓮が勝手にカウントダウンを始めた。
『十!』
『九!』
『八!』
『七!』
『六!』
『五!』
『四!』
『三!』
『二!!』
『一!!!』
そして――。
『あけましておめでとう!』
一斉にメッセージが届いた。
テレビからも新年を告げる声が聞こえる。
「お兄ちゃん、あけましておめでとう!」
「ん。あけましておめでとう」
隣から聞こえた咲の声に返しながら、三はグループLINEにメッセージを送る。
『あけましておめでとう。今年もよろしく』
『今年もよろしくね!』
『よろしく』
『今年もよろしくお願いします』
それぞれから返事が届く。
すると、蓮から新しいメッセージが送られてきた。
『じゃ、俺はこれからあけおめLINE送ってくるわ』
『私も送らなきゃ』
色晴も続く。
『じゃあ、また後でな』
『うん!』
二人がそう言い残すと、グループLINEは静かになった。
三はスマホを伏せようとした。
そのとき、個人LINEにメッセージが届く。
送り主は優だった。
『あけましておめでとうございます』
三は少しだけ目を瞬かせた。
グループLINEでも同じ言葉を交わしたばかりだったせいか、改めて個人LINEで送られてくると、なんとなく不思議な感じがした。
『あけましておめでとう。今年もよろしく』
『今年もよろしくお願いします』
少しして、優からまたメッセージが届いた。
『三くんは、他の人には送らないんですか?』
『送る相手がいない』
『私もですけどね』
三が大勢にあけおめLINEを送るようなタイプではないことを、優も知っている。
だからこそ、そんなことを聞いてきたのだろう。
三はそのままLINEを続けていた。
『そういえば、最近は何してる?』
『最近ですか?』
『冬休みに入ってから』
『特に何もしてないですよ。家で過ごしてることが多いです』
『俺も似たようなもんだな』
『外、寒いですから』
『それもある』
しばらく、冬休みの過ごし方について適当に話す。
ふと、三は以前のことを思い出した。
『そういえば、茶白さんはどうなった?』
『茶白さん?』
『雪降り始めてから見かけるのかなと思って』
『最近は見かけないですね』
『やっぱりか』
『冬なので、私たちと同じで外に出たくないのかもしれません』
『人も猫も一緒か』
『暖かくなったら、また見かけるかもしれませんね』
『だな』
『元気だといいですね』
『多分元気だろ』
少し間が空き、次のメッセージが送られてきた。
『そういえば、初詣は行きますか?』
『行くよ。優も?』
『はい』
『この辺で初詣に行くなら、あそこだよな』
『そうですね』
『じゃあ蓮たちとも会いそうだな』
『色晴さんも行くって言ってました』
『じゃあ、みんなに会えるかもな』
『そうですね。人も多いですし、見つけられるかは分かりませんけど』
『みんなで会えたらいいですね』
『そうだな』
そんなやり取りをしているうちに、話はいつの間にか別のことへと移っていった。
それから、しばらく他愛のない話が続いた。
特別なことを話しているわけではないが、グループLINEで話すときとは少し違っていた。
二人だけのトーク画面に、少しずつメッセージが増えていく。
三は時計に目を向けた。
気がつけば、年が明けてから随分と時間が経っている。
『そろそろ寝ますね』
優からそんなメッセージが届いた。
『ん、分かった』
『三さんも、あまり夜更かししないでくださいね』
『優もな』
『はい。おやすみなさい』
『おやすみ』
三はスマホを伏せた。
なんとなく心地のいい時間だった。
そう思った。
三の新しい一年は、こうして始まった。




